19 / 29
第二節 暑くなってきたきせつ
第19話 七月のおわり頃
しおりを挟む
睡蓮は儚く美しい。
今でもやはりそう思う。
しかし明日香の睡蓮は、本物の睡蓮よりもずっと魅力的だった。
二つの愛情を乖離させたままでいようと決めた時から、より一層それぞれを愛せるようになっている気がした。
大学の池に浮かぶ睡蓮を見て想いに耽っていると、彼女が現れた。
「おはよう」
明日香が向けてくれた笑顔は睡蓮に引けを取らない――と慎太郎は感じた。
最近、明日香の様子が変わったような気がする。以前はぎこちなかった笑顔が、今では自然になった事はもちろんなのだが、慎太郎が近くにいなくとも雰囲気が明るくなりつつあった。
交際を始めた当初は学内で不意に見かけるといつも暗く、声をかけても少し明るくなる程度だった。それが交際が進むと、次第に慎太郎の前では自然な笑顔でいるようになり、今では不意に構内で見かけたときにも二人でいる時に見せる柔らく優しい雰囲気が出ているように見えてきた。そのせいだろうか、最近ではいくつかの講義で話すようになった友人ができたという。
〇
「最近何か良い事でもあった?」
「え? う、うん……」
突然尋ねられ明日香は返答に困った。
『最近』だけではない。慎太郎と出会ってからというもの、明日香には最良の時間が続いている。
自分でも分かる程に明るく振舞えるようになり、友人とまではいかないかもしれないが話す様になった知人もできた。しばらくは心配していた姉も、「最近明るくなったわね」と喜んでくれた。「今度あんたの彼氏に会わせなさい」とまで言われて、少々困っているくらいだ。
それに、もう一つ――。
ずっと待ってたけど、もう諦めかけていた事が――。
「どうした? 言えない事?」
言い淀んだものの感情は漏れていたらしく、彼も嬉しそうな表情で、更に尋ねてきた。
だが明日香には、『これ』という一つに絞れず、また全てを言い切る事もできない。
だから手を握り「うん」とだけ答えた。
「そっか。いつか教えてよ」
慎太郎が明日香の手をゆっくりと握り返す。
「うん――――ありがとう」
彼がくれた時間の全てが、明日香にとっての『良い事』だった。
今でもやはりそう思う。
しかし明日香の睡蓮は、本物の睡蓮よりもずっと魅力的だった。
二つの愛情を乖離させたままでいようと決めた時から、より一層それぞれを愛せるようになっている気がした。
大学の池に浮かぶ睡蓮を見て想いに耽っていると、彼女が現れた。
「おはよう」
明日香が向けてくれた笑顔は睡蓮に引けを取らない――と慎太郎は感じた。
最近、明日香の様子が変わったような気がする。以前はぎこちなかった笑顔が、今では自然になった事はもちろんなのだが、慎太郎が近くにいなくとも雰囲気が明るくなりつつあった。
交際を始めた当初は学内で不意に見かけるといつも暗く、声をかけても少し明るくなる程度だった。それが交際が進むと、次第に慎太郎の前では自然な笑顔でいるようになり、今では不意に構内で見かけたときにも二人でいる時に見せる柔らく優しい雰囲気が出ているように見えてきた。そのせいだろうか、最近ではいくつかの講義で話すようになった友人ができたという。
〇
「最近何か良い事でもあった?」
「え? う、うん……」
突然尋ねられ明日香は返答に困った。
『最近』だけではない。慎太郎と出会ってからというもの、明日香には最良の時間が続いている。
自分でも分かる程に明るく振舞えるようになり、友人とまではいかないかもしれないが話す様になった知人もできた。しばらくは心配していた姉も、「最近明るくなったわね」と喜んでくれた。「今度あんたの彼氏に会わせなさい」とまで言われて、少々困っているくらいだ。
それに、もう一つ――。
ずっと待ってたけど、もう諦めかけていた事が――。
「どうした? 言えない事?」
言い淀んだものの感情は漏れていたらしく、彼も嬉しそうな表情で、更に尋ねてきた。
だが明日香には、『これ』という一つに絞れず、また全てを言い切る事もできない。
だから手を握り「うん」とだけ答えた。
「そっか。いつか教えてよ」
慎太郎が明日香の手をゆっくりと握り返す。
「うん――――ありがとう」
彼がくれた時間の全てが、明日香にとっての『良い事』だった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

出生の秘密は墓場まで
しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。
だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。
ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。
3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。


アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる