すいれん

右川史也

文字の大きさ
上 下
3 / 29
第一節 雨が多いきせつ

第3話 六月のとある水曜日 -その2-

しおりを挟む
 明日香は傷をさらすとしばらくの間、空気に当てた。
 幼い頃からの事とはいえ、包帯の拘束が苦にならなくなる事は無い。外した時はいつも解放感がある。だからその時間をなるべく長く味わう為に、包帯を交換する際はできるだけ屋外の人気の無い場所を選ぶようにしていた。

 屋根は無く、木陰でもない。雨の時は使えず、夏は暑い。その上、飲み物を買おうとするだけで不便さを感じる。ほとんどの学生はその辺りの事情が充実している食堂館や学内ラウンジ等を利用している。辺鄙へんぴとも言えるこの場所に好んで居るのは、明日香の他には大学に住み着いている猫たちくらいだった。

 誰もいないよね――。

 一応の確認を済ませ、明日香は長い後ろ髪を左右に分け束ねた。顕わになったうなじ――そこに貼ってある掌ほどの大きさの絆創膏ばんそうこうをゆっくりと剥がす。
 その瞬間、傷に空気が触れ、清涼感に意識を飲まれそうになった。
 快感とも言える感覚に身を任せ、自分の意識の全てがそこに集約されていくような錯覚を、しばし堪能した。

 しかし、あまり長くはそうしていられない。
 ほんの些細な時間、じっと楽しむと明日香はズボンのすそを捲り右足の包帯も外し始めた。

        〇

 慎太郎は痺れが止まらなかった。彼女から次々に睡蓮が顔を出す。

 睡蓮の花は儚く美しい。
 しかし花弁の取れた睡蓮の姿からは、得体の知れないものへの危険を感じる。

 だがそれもまた魅惑的だった。

 慎太郎は植物が好きだった。
 ――そして愛してもいた。

 慎太郎は睡蓮に対し、『色恋のたかぶり』と『恐怖への好奇心』が混合されたような感情を抱いていた。
 どれだけ異常な事か、解っているつもりだった。それ故に、果たされぬ情欲だともずっと理解していた。
 しかし、奇跡が今、目の前にある。
 慎太郎は興奮していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...