東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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終章 水都に湧く想い

第56話

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 黒く大きな扉を二つ潜ると、何時間ぶり――いや、寝ていたのだか『何日』ぶりだろうか、やっと言葉を交わす事ができた。

 部屋に入り名前を呼んだ。すると彼女のクリッとした瞳は驚きに大きく開いた。

「え? ……お兄、ちゃん? ……うそ? お兄ちゃ――ぶほっ!」

 床に描かれた陣の中にいる雪海は、陣の外に出ようとすると壁にぶつかったかのように酷い声をもらし仰け反った。感動の再会もこれでは台無しだ。

「これが〈特呪功陣〉ってやつか」

 歩み寄り、そっと触れようと手を伸ばす――が、スッとすり抜けた。

「あれ? どうなってんだ?」
「『高い〈水氣〉』だけを外に逃がさない様にするものなんだって。ホンット、全く融通効かないんだよコレ」

 雪海は音もなく陣の境界を叩く。

〈特呪功陣〉の設置は、異能的補助施設でもある『雪海の部屋』が破壊されたためであった。
 部屋と同じ様な異能的補助も受ける事ができるようだが、どうやら、身体の維持に重点をおかれたようだ。これでは、〈水氣〉の塊とも言える存在の雪海は、分身も外には出せない。

「それでも、今はこれが雪海を助けてくれてるんだ」
「そんなのわかってるし」

 雪海はプッと膨れる。
 ――が、それはゆっくりと、悲しげに萎んでいった。

「…………ねえ、お兄ちゃん、私――、」
「雪海は何も悪くない」

 雪海の言葉を冬鷹はそっと、包み込むように遮る。

「雪海はいつだって悪くない。ちゃんと真面目に、普通に生きてきただけだ。誰にも文句を言われる筋合いはない」
「でも、私は普通じゃない。普通じゃない私がいたから、お兄ちゃんやお姉ちゃん、街の皆に迷惑をかけて」

 雪海は冬鷹の言葉を塗りつぶすかの様に想いを――彼女にとっての真実で上書きする。

「俺は迷惑だなんて思ってない。姉さんだって――、」
「怜奈ちゃんも私が普通だったら、きっとこんな事しようと思わなかったはず」
「それは関係無い。それに、そもそも雪海のせいじゃない。元を正せば俺たちを攫った奴らの――、」
「もしかたら、また同じような事が起こるかもしれない」
「そうなったら何度だって俺がたす――、」
「私、もういない方がいいのか――、」
「雪海ッ!」

 冬鷹は雪海の両肩を掴む。ウンディーネの時とは違い、しっかりと掴む事のできたその身体は普通の人と変わらない。悲しみに震えていた。

「お兄ちゃん……私、怖いよ」

 妹の頬を伝う雫は、ただの水でも、精霊の一部でもない。間違いなく涙だ。

「私、何も……どうする事もできなかった。なのに、私のせいで、みんなを……。もう、消えたい……大好きな人たちを傷付けちゃう前に、自分からいなくなりたい」
「大丈夫だ、雪海」

 冬鷹は雪海をそっと抱きしめる。服に浸み込む涙は暖かく、冬鷹の胸に妹の哀しみを伝えた。

「いつか俺が、雪海を治してやる。だから、それまで待っててくれ。それまでにまた何か起きても、全部俺がなんとかするから、だから、少しの間、待っててくれ」

 雪海は何も応えない。すすり泣く声が聞こえるばかりだ。

「でも、それでもな、どうしても待てなくて、皆の前からいなくなりたくなったら……雪海、その時は俺も一緒だ。一緒に行こう」

 どこへとは言わない。
 例え、黄泉や冥府でも付いて行くつもりだ。

 禁忌の術に手を出さないでいられるか?
 己の身に宿る強大な力に震える妹を前にして、冬鷹の心は脆く揺れる。

 愛の前に正しさなどか弱いと、心からそう思った。

 だが――。

「……、ありがとう……でも……お兄ちゃんは、死んじゃイヤ……生きてて、」

 嗚咽混じりの声は、愛と正しさの両方を教えてくれている気がした。

「ああ。雪海が元気なら、俺は死なない。ずっとそばにいる。だから待っててくれ」
「うん……待ってる……お兄ちゃん、今まで、ずっと、ずっと、見ててくれて、ありが、とう。本当は、大好きだよ」
「ああ、俺も雪海が大好きだ」
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