東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

文字の大きさ
上 下
57 / 58
終章 水都に湧く想い

第56話

しおりを挟む
 黒く大きな扉を二つ潜ると、何時間ぶり――いや、寝ていたのだか『何日』ぶりだろうか、やっと言葉を交わす事ができた。

 部屋に入り名前を呼んだ。すると彼女のクリッとした瞳は驚きに大きく開いた。

「え? ……お兄、ちゃん? ……うそ? お兄ちゃ――ぶほっ!」

 床に描かれた陣の中にいる雪海は、陣の外に出ようとすると壁にぶつかったかのように酷い声をもらし仰け反った。感動の再会もこれでは台無しだ。

「これが〈特呪功陣〉ってやつか」

 歩み寄り、そっと触れようと手を伸ばす――が、スッとすり抜けた。

「あれ? どうなってんだ?」
「『高い〈水氣〉』だけを外に逃がさない様にするものなんだって。ホンット、全く融通効かないんだよコレ」

 雪海は音もなく陣の境界を叩く。

〈特呪功陣〉の設置は、異能的補助施設でもある『雪海の部屋』が破壊されたためであった。
 部屋と同じ様な異能的補助も受ける事ができるようだが、どうやら、身体の維持に重点をおかれたようだ。これでは、〈水氣〉の塊とも言える存在の雪海は、分身も外には出せない。

「それでも、今はこれが雪海を助けてくれてるんだ」
「そんなのわかってるし」

 雪海はプッと膨れる。
 ――が、それはゆっくりと、悲しげに萎んでいった。

「…………ねえ、お兄ちゃん、私――、」
「雪海は何も悪くない」

 雪海の言葉を冬鷹はそっと、包み込むように遮る。

「雪海はいつだって悪くない。ちゃんと真面目に、普通に生きてきただけだ。誰にも文句を言われる筋合いはない」
「でも、私は普通じゃない。普通じゃない私がいたから、お兄ちゃんやお姉ちゃん、街の皆に迷惑をかけて」

 雪海は冬鷹の言葉を塗りつぶすかの様に想いを――彼女にとっての真実で上書きする。

「俺は迷惑だなんて思ってない。姉さんだって――、」
「怜奈ちゃんも私が普通だったら、きっとこんな事しようと思わなかったはず」
「それは関係無い。それに、そもそも雪海のせいじゃない。元を正せば俺たちを攫った奴らの――、」
「もしかたら、また同じような事が起こるかもしれない」
「そうなったら何度だって俺がたす――、」
「私、もういない方がいいのか――、」
「雪海ッ!」

 冬鷹は雪海の両肩を掴む。ウンディーネの時とは違い、しっかりと掴む事のできたその身体は普通の人と変わらない。悲しみに震えていた。

「お兄ちゃん……私、怖いよ」

 妹の頬を伝う雫は、ただの水でも、精霊の一部でもない。間違いなく涙だ。

「私、何も……どうする事もできなかった。なのに、私のせいで、みんなを……。もう、消えたい……大好きな人たちを傷付けちゃう前に、自分からいなくなりたい」
「大丈夫だ、雪海」

 冬鷹は雪海をそっと抱きしめる。服に浸み込む涙は暖かく、冬鷹の胸に妹の哀しみを伝えた。

「いつか俺が、雪海を治してやる。だから、それまで待っててくれ。それまでにまた何か起きても、全部俺がなんとかするから、だから、少しの間、待っててくれ」

 雪海は何も応えない。すすり泣く声が聞こえるばかりだ。

「でも、それでもな、どうしても待てなくて、皆の前からいなくなりたくなったら……雪海、その時は俺も一緒だ。一緒に行こう」

 どこへとは言わない。
 例え、黄泉や冥府でも付いて行くつもりだ。

 禁忌の術に手を出さないでいられるか?
 己の身に宿る強大な力に震える妹を前にして、冬鷹の心は脆く揺れる。

 愛の前に正しさなどか弱いと、心からそう思った。

 だが――。

「……、ありがとう……でも……お兄ちゃんは、死んじゃイヤ……生きてて、」

 嗚咽混じりの声は、愛と正しさの両方を教えてくれている気がした。

「ああ。雪海が元気なら、俺は死なない。ずっとそばにいる。だから待っててくれ」
「うん……待ってる……お兄ちゃん、今まで、ずっと、ずっと、見ててくれて、ありが、とう。本当は、大好きだよ」
「ああ、俺も雪海が大好きだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...