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終章 水都に湧く想い

第52話

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 命令違反、備品であるバイクの無断使用、先輩隊員への暴行未遂――冬鷹が犯した罪は消える事はない。

「故に相応の処罰が必要となる。これは他の隊員への示しでもある――だってさぁ」
「はい、重々承知してます」

 ベッド脇で書面を読み上げる根本は相変わらず眠たそうだ。ちゃっかり『先輩隊員への暴行未遂』が追加されている事については特に意見がないようだった。

「それで、処罰の内容はなんて書いてあるんですか?」

 減俸ならさほど問題無い。食べさせてもらっている学生の身分では、どうしてもお金が必要な時というのはほとんどない。
 謹慎でもまだいい。どうせ、ケガが原因であと何日か休まなくてはならなそうだ。
 しかし、除隊だけは勘弁してほしい。そうなっては夢を追うのに大きな痛手となる。

 だが、待機を命じられた際、佐也加からは『除隊も覚悟しておけ』と言われていた。にも関わらず、数々の違反行為を重ねて妹を助けに出たのだから、除隊も十分に考えられる。

 うぅんとねぇ、と根本は書面を読んでゆく。文面を探す瞳が左右に動く様を見守る冬鷹は、気が気ではなかった。

「あぁ、あったぁ。えっとぉ、『此度こたびの貴君の働きは受勲に値するものと考えられる。故に処罰の内容は、受勲の取り消し、とする』だってさぁ」
「……………………え?」
「簡単に言えば『相殺』って事さぁ。結構高くついちゃったねぇ」
「え? …………いやいや、……え!? 受勲ですか!?」

 聞き間違いか? それとも根本先輩の読み間違いか?
 しかし根本は平然と「うん、ほらぁ」と文面を指し見せてきた――確かに書いてある。

「え? え!? ……いやいや、納得できません! 受勲なんて!」
「そうかなぁ? だって、街救ったんでしょぉ? 何があったのか詳しくは知らないけどさ。でも、あのまま川の荒れが納まらなかったら絶対に死傷者が出てたし、ヒドイと復興なんて考えられないくらい街はボロボロ――っていうかぁ、もう『街』じゃなかったかもしれない。それに冬鷹君が駆けつけなきゃ、妹ちゃん連れ去られてたかもしれないしぃ」
「そんな、俺はただ、雪海を助けたかっただけで――、」
「それでも、結果として君は街と街のみんなを救ったんだよぉ。本当はヒーローになったっておかしくないのにね。受勲取り消しじゃぁ、きっと公表もされないだろうねぇ」
「ヒーローだなんて! そんなそんな! 俺はただ一人で暴走して、全然そんな、」

 冬鷹が焦ると、根本は眠たそうな顔を柔らかく綻ばせた。

「謙遜してもしかたないのにぃ」
「いえホントに、振り返ってみるといくつも障害があって。俺一人じゃ絶対――根本先輩や皆の助けが無きゃどうする事もできなかったってしみじみ思います。その…………ありがとうございました」

 冬鷹は頭を下げる。いくら感謝しても足りないくらいだ。

「別にいいよぉ。僕は僕で打算があった訳だし」
「えっと……それって『俺が出世したら昼寝の時間を作る』、とかってやつですか?」 

 そうそう、と根本は当たり前のように頷く。

「でもそう考えるとぉ、勲章もらえれば出世が早まったかもしれないしぃ、やっぱりもったいないねぇ」

 ……確かに。
 夢への階段を五、六段は飛び上がっていたのかもしれない。それを思うと、『もったいない』という言葉が深く胸に刺さる。

「…………まあ、でも、仕方ないですね」
 冬鷹はすぐに気持ちを切り替えた。

「これから地道にコツコツと頑張りますよ」
「うんうん、応援してるよぉ。それにさぁ、勲章はなくなっちゃったけどぉ、冬鷹君の名前と今回の働きはぁ、ベテラン隊員やお偉いさんたちの記憶にも残ったはずだよぉ。きっとこれから活躍の場はいくらでもあるさぁ」
「そう、ですかね?」
「あれぇ? あんまり望んでない?」
「あ、いえ、そうじゃなくて! ……ただ、俺みたいな一人じゃ何もできない奴が、目をかけてもらえるのかなって」
「なんだかぁ、君の見る世界はきっと過酷なんだねぇ」
「え?」

 言葉の意味が解らなかった。
 根本はほとんど目を瞑ったまま、ゆるく言葉を紡ぐ。

「だってぇ、新人なんて一人でできないのは当たり前じゃん。だから先輩とバディ組むんだしぃ。それにぃ、冬鷹君はきっと伸びるよぉ。誰かのために、って想いが強い人は皆そうさぁ」
「そう、ですか? えっと……そうだと、嬉しいです。ありがとうございます!」

 励ましやお世辞かもしれない。
 ただ、彼の持つ雰囲気が肩の力を抜いてくれたのか、少し気持ちが楽になった。

「うんうん。それじゃぁ、このあと用事があるんでしょぉ? 僕はもう行くけど、途中まで送ってこうかぁ? まだ歩くの大変なんでしょぉ?」
「あ、いえ、ねえさ――郡司佐也加副本部長が来てくれるはずなので、ありがとうございます」
「そう? それじゃ、お大事にねぇ」
「あ、去川先輩に今度お礼に伺いますと伝えてもらえますか?」
「ただつけ上がるだけなんだしぃ、お礼なんてしなくていいよぉ」

 仄かに顔を綻ばせ手を振ると、根本は医務室を後にした。



 根本が去ってから三十分ほどたった頃、冬鷹は佐也加と共に薄暗い階段を下りていた。

 目指すは地下六階。
 普段ならばエレベーターを使うのだが、現在は事件の余波を受けたせいか使用できない。もっとも、『普段ならば』と言うが、冬鷹自身は初めて訪れるフロアだ。

 辿り着いたそこは黒一色だった。廊下の壁、床、天井は鏡面のように磨き上げられている。重苦しくはないが、無理矢理背筋を正されるような堅苦しさがあった。

 廊下の端にいた口元を黒いマスクで覆った隊員がこちらに向かい敬礼をしてくる。佐也加は手短に要件を伝えると、彼は随伴してきた。

 一本道を進んだ先には、道を塞ぐように格子がかけられている。
 その向こうにも黒マスクの隊員の姿。
 隊員同士が要件を繋ぐと、冬鷹たちは格子のすぐ手前にある部屋へと案内された。

 黒一色の質素な部屋。
 部屋を分断する透明な板。
 板を挟むように設置されるカウンターと椅子。

 まもなく、部屋の向こう側の扉から黒マスクに連れられ、伊東怜奈がやってきた。

「郡司佐也加副本部長、その……」

 冬鷹の意を察してくれたのか、佐也加は頷いた。

「すまないが二人にさせてやってくれ」
「いくら副本部長といえども、そういう訳にはっ、」
「頼む。何かあった時には私が責を負う」
「し、しかし――、」
「頼む」

 頭を下げる佐也加。黒マスクたちは狼狽えた。
 固い沈黙が時に重圧をかける。

 そして耐えかねたかのように、黒マスクたちは目を合わせ、頷いた。

「……わかりました」
「すまない、感謝する。冬鷹、私は階段の前で待っている」
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