上 下
52 / 58
終章 水都に湧く想い

第51話

しおりを挟む
 多数のアイスゴーレムが出現する事に始まり、街全体の危機にまで発展した一連の騒動。
 運河が張り巡らされた特徴上、街全体で浸水被害が多数出ており、復興にはしばらくの時間が必要と思われる。

 町民の負傷者、重軽傷者――多数。
 しかし、障害が残る、または死亡してしまうような被害者は、幸運と、帝都北方自警軍の迅速な対応により「0」だと公表される。

 一方、犯行グループ総勢三十二名の内、逮捕者二十七名、死亡者五名。
 帝都北方自警軍は『希少な異能を有する者を狙った誘拐目的によるテロ事件』と発表する。だが、新聞やニュースなどに郡司冬鷹と郡司雪海の名が出る事はなった。

 しかし、軍内部の一部の関係者達には詳細が開示された。

 そのなかでも重要だったのは、『郡司冬鷹・郡司雪海の情報の出所』についてだ。
 犯行動機の原因とも言えるそれは、何処から犯人たちにもたらされたのか。それが明らかになったのは事件の二日後、『研究所の人間』に部類される犯人の一人の証言によるものだった。

 曰く、ある日彼らの所属する研究所に一人の男が入所してきた。その男が入所の手土産に情報・・をもたらした、と。

 帝都北方自警軍は至急、特別強襲部隊を編成し、犯人グループの施設に乗り込んだ。
 しかし、新たに捕らえた者の中に、その情報をもたらしたという男の姿はなかった。
 四年前、郡司冬鷹・郡司雪海(当時「滝本」姓)を攫った違法研究組織の残党の可能性も視野に入れ、現在捜査中とのこと。



 事件から数日。

 帝都北方自警軍は連日、大忙しだった。町民や情報機関への説明、復興支援の配備、インフラ修理の手配、取り調べや尋問、軍本部の修繕。

「英吉、アンタ新人なのに大変そうね」

 杏樹が心配そうに声をかけると、英吉は微笑みながら首を横に振った。その目元にはクマが出来かけている。

「そんな事はないさ。杏樹こそ、壊れた設備の修理であちこち飛び回ってるんだろ?」
「私の場合、それが商売だから。不謹慎な話だけど、書き入れ時なのよ」
「そんな事言ってるけど、実質タダに近い額で引き受けてるんだろ?」
「まあ、それが師匠――っていうかおじいちゃんの方針だからね。『困ってる時はお互い様』ってね。そのせいか、明らかにウチに回ってくる仕事が多いのよね」

 杏樹は困り顔を見せる――が、一瞬でそれは頼もしげな笑顔に変わった。

「ま、修業にもなるし、それで感謝されるんだから悪い気もしないけど」
「それなら僕も一緒さ。こっちは仕事で・・・復興の手伝いしてるのに、『ありがとう』って感謝される。僕一人じゃ大した事できてないのに。身に余る言葉だ」
「一人ひとりがやれば『大した事』になる。それが『復興』ってもんでしょう。――なんだからさあッ!」
「ウオおッ! ……あ……あが……」

 杏樹に突然叩かれ、ベッドに横たわる少年は悶える。叩かれたのは右もも――氷の矢が刺さった場所だ。

「ッテェなッ! 何すんだッ!」
「街の皆が一人ひとり頑張ってる時に、ベッドで何日も休んでいる奴がいたら、そりゃ叩きたくもなるでしょ、普通」
「普通はベッドで休んでる怪我人を叩かねえよッ! それに、こっちだってこう見えて、早く仕事に戻れるように頑張ってんだッ! 入院が伸びたらどうすんだッ!」

『入院』と言うが、実際にはここは病院ではない。
 軍本部施設内にある特別医務室。事件の日から冬鷹はこの部屋にいる。
 ――というよりも、特別医務室から一歩も出ていない、どころかベッドからも降りてない。つい五、六時間程前に目に目覚めたばかりだからだ。

「伸びるわけないでしょ。足も肩も治ってるって、さっき軍医の人が言ってたし」
「それでもイテぇもんはイテぇんだよッ!」
「はいはい。それじゃあ、そろそろ歩く練習始めるわよー」
「くそぉ。さっきはあんなに心配してくれたのによ」

        〇

 杏樹は、冬鷹が目覚めて一時間するかしないかの頃に駆けつけてくれた。

 ちょうど軍医からの説明を終え、佐也加や母と会話をしていた頃だった。
 血相を変え、息を切らせた作業着姿の杏樹が、勢いよく扉を開け入ってきたのだ。

 いつもと違う様子の杏樹に、冬鷹はなんて声をかければ良いのか咄嗟には言葉が出てこなかった。
 だが杏樹は、冬鷹が戸惑っている間にも、佐也加や母に目もくれずにぐんぐんと近付いてきた。
 ――そして、ガバッと抱き付いてきた。

 よかった……よかった……。

        〇

 肩越しに聞こえてきた、鼻をすすりながらの涙声は、今も鮮明に耳に残っている。

「普通の女子高生は、何日も目を覚まさない幼馴染が目を覚ましたら泣くもんなの。あんなの自然現象よ」
 杏樹はなんともあっさりと言い除ける。恥ずかしがる素振一つ見せない。

「ほら、歩けるようになって雪海に会いに行くんでしょ」

 雪海は現在、自室内に緊急設置された〈特呪功陣とくじゅこうじん〉というものの中にいるとの事だ。

 一刻も早く妹に会いたかった。
 しかし――。

「ああ、そうなんだけど……その前にすぐにでも会っときたい奴がいるんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

異能レポーターしずくの小さな記事録

右川史也
ファンタジー
主人公の御厨(みくりや)しずくは、東京の異能都市で出版社に勤めて二年目の新米記者。 彼女の担当する情報誌は、異能界で起きた旬なニュースばかりを取り扱うのではない。 異能界で暮らす人々が引き起こした日常的なハプニングから人間ドラマ。 妖怪やドラゴンなどの異能生物にまつわる事情。怪異や異能などが絡む事件・事故・災害の振り返り。それらについての専門家の対策。 政治・経済など、異能界のあらゆる情報を取り扱う。 しずくの日常や取材などをオムニバス形式で描く『日常パート』 しずくの担当したニュースなどを読者感覚で楽しめる【記事パート】 2つのパートを通して、異能界の今を知る! ※この作品は、『東京パラノーマルポリス』『水都異能奇譚』と同じ世界設定です。 ※この作品は、『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しています。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...