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第六章 氷を繰る敵対者
第45話
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状況は悪い。
勝機は見えない。
足の負傷と〈ゲイル〉を失ったのは大きな痛手だ。
だがそんな状況に関わらず、ふと覚えたいくつかの違和感に、冬鷹は捕われかけていた。
それは怜奈の言動だ。
敵の目的は『郡司冬鷹と郡司雪海の身柄』だったはず。それは橋に来る前の三人組による強襲や、逃げようとしていたにも関わらず、冬鷹を見付け次第襲い掛かってきた『研究所の人間』たちの動きでも明らかだ。
だが、怜奈はどうだろうか。
彼女は冬鷹を明らかに『敵』とみなしている、『攫う標的』ではなくだ。その証拠に怜奈ははっきりと冬鷹を〝壊し〟にかかっている。あるいは退けようとも。
そう考えると、橋の一部崩落を招いたあの巨氷は怜奈の仕業によるものだろう。
薄々はそうではないかと感じてはいたが、もしそうならば仲間の研究員を見捨てた事になる。故に確信には至っていなかった。
だがそもそも目的が違うのであれば何処か納得できなくはない。研究員たちとは『仲間』ではなかった可能性もわずかに出てくる。
そしてもう一つの違和感。
それは『何故「逃亡」に全力を注がないのか』という事だ。
戦闘は恐らく全力だろう。だが彼女の目的は、少なくとも『雪海の身柄』。ならば『奪取』『逃亡』にこそ全力を注ぐべきだ。
距離を取り、巨氷で橋の中腹を壊されれば、追い付く事はできない。
あるいは、アイスゴーレムを積極的に戦闘に出せば冬鷹を圧倒できるはずだ。
〈ゲイル〉が破壊した今、アイスゴーレムに乗ってただ逃げるだけでも、十分に逃げられるはずだ。
なのになぜ?
中学生とは思えない破格の強さを誇っているから、過信しているのか?
いや、そんなふうには見えない。むしろ、慢心せず徹底するようなタイプに思える。
でも、だった ……………………ッ!
冬鷹は一つの答えに辿り着く。
「……ああ、そうか。そうだよな。凄すぎてうっかり忘れてた」
立ち上がると冬鷹は〈黒川〉を構えた。
「何ブツブツと。というか、しつこいわ」
冷たく言い放つ怜奈は、腕を前にかざし、弾となる氷柱を造り出す。
ただ、僅かにだがその光景は先程とは違う。
ほんの些細な違いだ。
しかし、それが冬鷹の導いた答えを確信へと変えた。
氷柱が放たれ、スカジも撃つ。
冬鷹は〈パラーレ〉を張り、〈金剛〉とリンクした。
『攻撃』でも『接近』でもなく、『防御』に重きをおいた運用。
だがそれでいい。
冬鷹は一歩も近付けない。攻撃も届いていない。だが代わりに無傷だ。
怜奈は呆れた声を漏らす。
「何かに気付いたと思ったら、守りの大切さ? それでなんになるの? 一生続ける気?」
「ああ。別にそれでもいいさ」
「は? ホント、アンタバカね。私がそんなのに付き合うと思う?」
「ああ、無理だろうな。まだまだ成長期の怜奈ちゃんには」
その言葉に、余裕を見せていた怜奈の顔に陰りが見えた。
「内心、焦ってるんだろ? だって俺はこうしてじっと耐えてればいい。それだけで、君は〈生命子〉を徐々に失っていく〟んだから」
「は? 何言って――、」
「アイスゴーレムの長期運用。橋を壊す程の大きな氷の塊。狙いをつけ矢を撃つ程の細かい事ができる傀儡術、氷の陣、氷柱の弾丸、の同時使用。『制御』や『出力』――怜奈ちゃんの才能に目が行って、見落としてた。どんなに凄くても君はまだ中学生だ。〈潜在生命子量〉はたかが知れてる。その証拠にさっきより氷柱の数が減ってるよね?」
〈魔素子〉の元にもなっている〈生命子〉は、『人の生命力』と言い変える事ができる。
これは単純な話で、〈潜在生命子量〉は筋肉や体力のように年齢と共に増減してゆく。どんなに鍛えようとも大人顔負けの芸当で消費を続ければ、いくら天才中学生といえども生命子切れが目前に迫るのは自明の理だ。
「アイスゴーレムもきっともう雪海を運びながらの素早い移動はできないんでしょ? じゃなきゃ、逃げるなり、もっと攻撃してくるなりできるはずだ」
「……………うるさい」
はじめは小さな呟き。
だが瞬く間に、堰は決壊し、感情が顕わになる。
「うるさい。うるさい! うるさい、うるさい、うるさいッッ!」
『余裕』でも、『焦り』でもない。絶叫にも似た少女の声には『必死』な『怒り』を感じた。
「だったら、黙ってさっさと寝てなさいよッ!」
氷柱を放たれ、スカジが撃つ。
だが、結果は変わらない。冬鷹は無傷。怜奈は生命子を減らしてゆく。
「なんで、なんでよ! あと少しなのにッ! 邪魔しないでッ!」
効かないと解っているはずだ。それでも攻撃を止めない。
だが、氷柱は徐々に本数を減らし、スカジは徐々に綻び、その形を保てなくなってきている。氷の陣も次第に範囲を狭めていた。
「もうッ! 早く倒されてよッ!」
叫びと共に怜奈は巨大な一本の氷柱を作り出す。
だがこれは明らかに悪手だ。
小さな複数本の方がずっと避けにくかった。
冬鷹は動く。横に避け、やり過ごす様に躱す。
冬鷹の進行を阻むべく、スカジが立ち塞がるように迫ってきた。
だが――。
「届くなら、斬れる」
リンクした〈黒川〉の一閃がスカジの胴を上下二つに分かつ。
「来るな! 来るるなアアアアアッ!」
氷柱が地面から生える。だが陣はもはや怜奈から三歩程度まで範囲を狭めていた。突然地面から生える白く透明な障害も、避ける、あるいは斬るだけで、冬鷹を阻めない。
怜奈の陣に入る。足の痛みなどとうに忘れた。あと一歩で届く。
そこに、守護者のごとくアイスゴーレムが彼女の背後から腕を伸ばしてきた。
それは数週間前に死を感じた巨大な拳。
己の無力を感じた苦き記憶。
しかし、冬鷹はもうそこにはいない。
それはすでに『過去』になっている。
冬鷹は〈黒川〉とリンクし、振るった。
氷の巨腕は一刀のもと、肘の辺りから切り離された。
氷の巨人は悲鳴を上げない。
代わりに、怜奈は嘆きにも似た叫びを漏らす。
ただ少女にもう次の手はない。
出させる暇は与えない。
「ごめん」
〈黒川〉の柄頭が怜奈の腹部に強くめり込む。
伊東怜奈は苦悶の息を漏らし、崩れる様にその場に倒れ込んだ。
勝機は見えない。
足の負傷と〈ゲイル〉を失ったのは大きな痛手だ。
だがそんな状況に関わらず、ふと覚えたいくつかの違和感に、冬鷹は捕われかけていた。
それは怜奈の言動だ。
敵の目的は『郡司冬鷹と郡司雪海の身柄』だったはず。それは橋に来る前の三人組による強襲や、逃げようとしていたにも関わらず、冬鷹を見付け次第襲い掛かってきた『研究所の人間』たちの動きでも明らかだ。
だが、怜奈はどうだろうか。
彼女は冬鷹を明らかに『敵』とみなしている、『攫う標的』ではなくだ。その証拠に怜奈ははっきりと冬鷹を〝壊し〟にかかっている。あるいは退けようとも。
そう考えると、橋の一部崩落を招いたあの巨氷は怜奈の仕業によるものだろう。
薄々はそうではないかと感じてはいたが、もしそうならば仲間の研究員を見捨てた事になる。故に確信には至っていなかった。
だがそもそも目的が違うのであれば何処か納得できなくはない。研究員たちとは『仲間』ではなかった可能性もわずかに出てくる。
そしてもう一つの違和感。
それは『何故「逃亡」に全力を注がないのか』という事だ。
戦闘は恐らく全力だろう。だが彼女の目的は、少なくとも『雪海の身柄』。ならば『奪取』『逃亡』にこそ全力を注ぐべきだ。
距離を取り、巨氷で橋の中腹を壊されれば、追い付く事はできない。
あるいは、アイスゴーレムを積極的に戦闘に出せば冬鷹を圧倒できるはずだ。
〈ゲイル〉が破壊した今、アイスゴーレムに乗ってただ逃げるだけでも、十分に逃げられるはずだ。
なのになぜ?
中学生とは思えない破格の強さを誇っているから、過信しているのか?
いや、そんなふうには見えない。むしろ、慢心せず徹底するようなタイプに思える。
でも、だった ……………………ッ!
冬鷹は一つの答えに辿り着く。
「……ああ、そうか。そうだよな。凄すぎてうっかり忘れてた」
立ち上がると冬鷹は〈黒川〉を構えた。
「何ブツブツと。というか、しつこいわ」
冷たく言い放つ怜奈は、腕を前にかざし、弾となる氷柱を造り出す。
ただ、僅かにだがその光景は先程とは違う。
ほんの些細な違いだ。
しかし、それが冬鷹の導いた答えを確信へと変えた。
氷柱が放たれ、スカジも撃つ。
冬鷹は〈パラーレ〉を張り、〈金剛〉とリンクした。
『攻撃』でも『接近』でもなく、『防御』に重きをおいた運用。
だがそれでいい。
冬鷹は一歩も近付けない。攻撃も届いていない。だが代わりに無傷だ。
怜奈は呆れた声を漏らす。
「何かに気付いたと思ったら、守りの大切さ? それでなんになるの? 一生続ける気?」
「ああ。別にそれでもいいさ」
「は? ホント、アンタバカね。私がそんなのに付き合うと思う?」
「ああ、無理だろうな。まだまだ成長期の怜奈ちゃんには」
その言葉に、余裕を見せていた怜奈の顔に陰りが見えた。
「内心、焦ってるんだろ? だって俺はこうしてじっと耐えてればいい。それだけで、君は〈生命子〉を徐々に失っていく〟んだから」
「は? 何言って――、」
「アイスゴーレムの長期運用。橋を壊す程の大きな氷の塊。狙いをつけ矢を撃つ程の細かい事ができる傀儡術、氷の陣、氷柱の弾丸、の同時使用。『制御』や『出力』――怜奈ちゃんの才能に目が行って、見落としてた。どんなに凄くても君はまだ中学生だ。〈潜在生命子量〉はたかが知れてる。その証拠にさっきより氷柱の数が減ってるよね?」
〈魔素子〉の元にもなっている〈生命子〉は、『人の生命力』と言い変える事ができる。
これは単純な話で、〈潜在生命子量〉は筋肉や体力のように年齢と共に増減してゆく。どんなに鍛えようとも大人顔負けの芸当で消費を続ければ、いくら天才中学生といえども生命子切れが目前に迫るのは自明の理だ。
「アイスゴーレムもきっともう雪海を運びながらの素早い移動はできないんでしょ? じゃなきゃ、逃げるなり、もっと攻撃してくるなりできるはずだ」
「……………うるさい」
はじめは小さな呟き。
だが瞬く間に、堰は決壊し、感情が顕わになる。
「うるさい。うるさい! うるさい、うるさい、うるさいッッ!」
『余裕』でも、『焦り』でもない。絶叫にも似た少女の声には『必死』な『怒り』を感じた。
「だったら、黙ってさっさと寝てなさいよッ!」
氷柱を放たれ、スカジが撃つ。
だが、結果は変わらない。冬鷹は無傷。怜奈は生命子を減らしてゆく。
「なんで、なんでよ! あと少しなのにッ! 邪魔しないでッ!」
効かないと解っているはずだ。それでも攻撃を止めない。
だが、氷柱は徐々に本数を減らし、スカジは徐々に綻び、その形を保てなくなってきている。氷の陣も次第に範囲を狭めていた。
「もうッ! 早く倒されてよッ!」
叫びと共に怜奈は巨大な一本の氷柱を作り出す。
だがこれは明らかに悪手だ。
小さな複数本の方がずっと避けにくかった。
冬鷹は動く。横に避け、やり過ごす様に躱す。
冬鷹の進行を阻むべく、スカジが立ち塞がるように迫ってきた。
だが――。
「届くなら、斬れる」
リンクした〈黒川〉の一閃がスカジの胴を上下二つに分かつ。
「来るな! 来るるなアアアアアッ!」
氷柱が地面から生える。だが陣はもはや怜奈から三歩程度まで範囲を狭めていた。突然地面から生える白く透明な障害も、避ける、あるいは斬るだけで、冬鷹を阻めない。
怜奈の陣に入る。足の痛みなどとうに忘れた。あと一歩で届く。
そこに、守護者のごとくアイスゴーレムが彼女の背後から腕を伸ばしてきた。
それは数週間前に死を感じた巨大な拳。
己の無力を感じた苦き記憶。
しかし、冬鷹はもうそこにはいない。
それはすでに『過去』になっている。
冬鷹は〈黒川〉とリンクし、振るった。
氷の巨腕は一刀のもと、肘の辺りから切り離された。
氷の巨人は悲鳴を上げない。
代わりに、怜奈は嘆きにも似た叫びを漏らす。
ただ少女にもう次の手はない。
出させる暇は与えない。
「ごめん」
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