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第六章 氷を繰る敵対者

第40話

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 佐也加は冬鷹を一瞥すると、刀に付いた血を掃い、残り二人の敵を静かに睨み付ける。

「よくもビガットをオオオオッ!」

 ナッチの水晶から新たな氷蛇が出現した。
 二本、五本、十本――と瞬く間に無数の太い長い氷がナッチの前に並ぶ。

 その全て一律に鎌首をもたげる。
 そして次の瞬間、一斉に佐也加に向けて突進してきた。

 しかし、佐也加には一切焦った様子がなかった。

「[A]ランク異能具……だが、いかなる異能を持とうが、それを繰るのは所詮は人」

 氷蛇は思い思いにうねりながら高速で接近してくる。避ける隙など一部も無い。
 ――かのように思われた。だが、佐也加はその全てを、ただ冷たく敵を睨めつけながら颯爽さっそうと躱しきった。

「強大なのは『異能』であって、『貴様ら自身』ではない」

 佐也加はワームの一本に飛び乗ると、根元に向けて〈ゲイル〉で急加速する。

「く、来るなああああああッッ!」
 男は叫びながらまた新た氷蛇を呼び出し、自らの身に纏わせた。

 速度の乗った佐也加の切先が、貫かんと氷蛇に突き刺さる。
 だが、刃は数センチと進まない。
 間髪入れず佐也加は二の太刀を浴びせた――が三、四と切っても結果は同じだ。

 氷の中の男は安堵に表情を緩ませる。
 しかし――。

「遠隔術式班、合図と共に放て。――三、二、一」
 素早い指示。その直後集中する、紫電、火球、閃光、氣弾などの数々。

「隙を与えるな。終わった者は即時、次弾準備。詠唱がいらぬ者を挟め。サポート班は通信で合図を取り合い攻撃を途絶えさせる」
 家の屋上、ビルの窓、建物同士の隙間にはいつの間にか多くの隊員の姿があった。

「出番だ。武本隊員、頼んだ」

 大きな体と、その巨漢に負けぬ巨大なパイルバンカーを右腕に備えた武本はゆっくりとした足取りで、攻撃の集中する氷塊の前に立った。
 氷の中にいる男の様子は、攻撃のせいで見えない。だが、冬鷹ならば間違いなく恐怖、あるいは絶望や後悔を感じているはずだ。

 武本はゆっくりと構える。

「はあああああ」

 生命子を練り、その身に、そして武器に纏わせる時間はたっぷりとある。武本ほどの操氣術そうきじゅつの熟練者にそんな時間を与えれば、結果など火を見るより明らかだ。

「あああああ――ふんんんッ!」

 力強く放たれる右腕。それだけで氷に幾本もの大きなひびが刻まれる。
 そして直後発射された巨大な杭の一撃は氷解を貫き、粉々に破壊した。
 杭が辿り着いたのは氷塊内に籠城していた男の腹部だ。
 強烈な一撃。ナッチと呼ばれた男はぐったりと地面に投げだされている。
 命があるのかも判らない。

 そこへ、巨大な氷の手が地面を叩きつけ割り込んできた。

 佐也加と武本が避けると、氷の手は拳を作りすぐに起き上がる。手の中にはナッチの姿があった。

「逃がさ――、」
「よ~くも、ナッチを~ッ!」

 倒されたはずの大男が、佐也加に向けタックルを仕掛けてきた。
 斬り落とされたはずの大男の手足は再生している。
 ――のではなかった。氷によって新たな四肢を造り出していたのだ。

「ほう。器用な事もできるのだな」

 さらりと躱した佐也加は、一連の動きの中で刀を構える。
 だが、巨大な氷拳が迫ってくると、それを躱すのに専念した。

「衛生班、二ノ村隊員の様子は?」
「無事です。短時間氷に捕われただけだったためか、ダメージはほとんどありません」
「そうか。――で、冬鷹、何故貴様らがここにいる?」

 敵を見据えながら佐也加の圧が飛ぶ。

「それは……」

 冬鷹は言葉を詰まらせる。
 手段なのか。動機なのか――どちらを訊かれているにしろ不味い。
 正直に答え続ければ必ず協力者たちに迷惑が掛かる事になってしまう。

「……相応の覚悟がある、そういう事だな?」

 獲物を射殺すような一瞥が冬鷹をすくませた。
 だが、それに負けじと冬鷹は「はい」と力強く頷く。

「…………ならば行け。奪還については、現在、追跡班が外河川前で交戦中だ。貴様らはこの部隊における先行部隊としての任を命ずる。現場に到着するまでの間、敵に動きがある際には攻撃を許可する」
「…………え?」

 先程まで力ずくでも止めようとしていた佐也加からの思わぬ返答に、冬鷹は戸惑う。

「……あっ、あのっ、行かせてもらえるのですか!?」

 だが彼女は眼力を強める様に目を僅かに広げるだけで、冬鷹を黙らせた。

「二度言わせるな。見ての通り、この部隊は規模故に機動力に欠けている。それ故に目の前の敵を鎮圧せねば先へは進めそうにない。二ノ村隊員、動けるな?」

 英吉は若干よろよろとしながらも、「はい」と凛々しく敬礼を見せる。

「うむ。では急げ」

 言い終えると佐也加はすぐに戦線に復帰した。状況は、二メートル級のアイスゴーレムが二十数体ほど現れ、激化している。

「冬鷹、行くぞ」
 英吉に背中を叩かれ、冬鷹はすぐに切り替えた。

 そうだ、戸惑っている時間なんてない――。

 バイクは二人を乗せると、激しい戦音を背に雪海のいる外河川前へと走り出した。
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