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第五章 繋ぐ
第36話
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作戦は英吉が最初に出した案の通り、トイレを借りるフリをして奇襲をかける。
第一目標は『やり過ごし』。それが無理なら『気絶狙い』。
先輩隊員二人を相手にするのはただでさえ難しい。冬鷹・英吉ともに〈ゲイル〉を破壊された現状では相当困難だろう。
だが、英吉ほどの優秀で息の合ったサポートがあれば何とかなるかもしれない。
――傲りがある事は自覚している。だがやるしかないのだから、そう思い込む他無い。
冬鷹たちは短い打ち合わせで覚悟を決め、先輩たちに近付く。
「あのー、先輩。扉壊れてて、その……開いちゃいました」
だいぶ遠くから声をかけて、敵意が無い事をアピールした。
「あの、それで杏樹がトイレ行きたいそうなんで、その……良いですか?」
先輩たちは軽く目を合わせてから頷く。「俺たちもついでにしておこう」と英吉の打ち合わせ通りの台詞で、三人は入口近くの扉まで難なく近付けた。
合図は、杏樹がトイレの扉を閉めたら。
冬鷹がリンクした〈黒川〉で扉を斬り、一気に駆け抜ける。英吉は根本・去川の妨害に対するカウンター。
緊張が鼓動を高める。〈アドバンスト流柳〉としては好都合だが、身体がイメージ通り動かせるか心配だ。
「それじゃお先に」と杏樹がトイレの扉を開け、身体を潜らせる。
視線で気取られないよう、冬鷹は軽く項垂れる。少し落ち込んでいる感を装い、視線を自然と下げて先輩たちの足や手の緊張具合に意識を向けた。
トイレの扉がまもなく閉じる。
冬鷹の右手は〈黒川〉の柄に飛びつく準備に入る。
まだか――。
扉が閉まるまでが長く感じる。
身体が強張ってしまっているのが判る。
冬鷹は瞬間的に力を抜き、入れ直す。
扉がゆっくりと閉じてゆく。
時が膨張してしてしまったか、〝その時〟がまだ来ない。
それでも、じっと待ち続け――とうとう閉まった。
――その瞬間、冬鷹は〈黒川〉を握りリンクを繋いだ。
だが――その時にはすで、根本と去川は射氣銃を抜き、構えていた。
しかし、銃を構えた根本・去川の腕が、互いに向け交差している。
「あれ?」「は?」と、先輩二人の声が重なる。
「ん?」「え?」と、数瞬遅れて冬鷹と英吉の頭にも疑問が広がった。
「おいおい根本、寝ぼけてんのか? 銃を向ける相手がちげえぞ」
「眠たいのは確かだけどぉ、僕は夢との区別は人一倍はっきりしてるよぉ。サルこそ、なんで僕に銃向けてんのぉ? まだ手柄云々を怒ってるのぉ?」
「んなわけあるか。俺はただ……」
「ただぁ?」
「……根本、お前もか?」
「うーん……たぶんねぇ」
去川はフッと笑う。それを合図に二人は銃を下した。
根本が「冬鷹君」と呼び、射氣銃を差し出してきた。
「君は僕の隙を突いて射氣銃を奪ったぁ。そして脅して〈ゲイル〉も奪って逃走した」
「…………え?」
訳が分からず、冬鷹はどう反応すれば良いのか判らなかった。
「あぁッ!? 根本、後輩に背負わせんのか? 卑怯だな」
「別に卑怯じゃないよぉ。これからもバディとして続けていくには二人して泥をかぶるのは良くない。僕が潔白なら、僕が冬鷹君を許せばまたバディとして続けていけるかもしれない。そうすれば、また何かと支援できる」
「う~ん、そうかもだけどよお…………いや、やっぱ、どっか卑怯だな~」
そう言いながら去川は〈ゲイル〉の仕込まれた靴をバディである後輩に差し出す。だが英吉ですらこの状況には戸惑いを見せていた。
「先輩方は、その……協力していただけるのですか?」
「当たり前だろ。規則を破ってでも妹を助ける後輩と、規則を破ってでもそんなダチを助ける後輩、んな後輩たちを助けねえ理由はねえだろ?」
僕は軍に任せた方が良いと思うけどねぇ。と、根本は眠たげに漏らす。
「ただそれでも、大切な人を助けたいと想う気持ちは止められない、っていうのも、なんとなく解るよぉ。だから、はぁい」
根本も〈ゲイル〉を脱ぎ、射氣銃〈ERize-47〉と共に冬鷹に手渡す。
「すごく出世したらさ、いつか昼寝の時間作ってよぉ」
「え? えっと、その…………ありがとうございます!」
戸惑いつつも、冬鷹は精一杯の感謝を込め、差し出された異能具を受け取った。今は助けになるものならば何でも欲しい。
「うん、どういたしましてぇ。あー、それでねぇ。僕らが知ってるのはぁ――、」
と根本は平時の口調で以下の情報を伝えてくれた。
街にはアイスゴーレムが未だ十体以上はいること。
アイスゴーレム以外にもテロリストのうち何名かは戦闘に長けている者がいること。
街の運河を所々凍らせる事で集団機動力が下げられていること。
先三つの理由故に、奪還に全力を注げるわけではなく、手こずっているだろうこと。
帝都北方自警軍は非常に優秀だ。組織力、軍事力は日本異能界でもトップレベルと言える。
ただ、敵もそれはわかっているはずだ。
状況から、周到に用意がなされていたと考えられる。当然、簡単に奪還できるとは思えない。考えたくはないが、最悪、逃がしてしまう事も想像できなくない。
それに仮に、敵を捕らえる事ができてももう一つのハードルがある。
雪海はその身体の性質上、傷付く事はほとんどない。だが、特異な身体ゆえに、長時間に渡る本体の外出ができない。
最大で二時間程度。
それを越えれば、軍の特別施設により受けていた異能的効果が切れ、補助を失った雪海は身体を維持する事ができなくなってしまう――というのが軍の上級研究員の見解だ。
雪海が攫われてからすでに十分以上経過している。
少なく見積もって、残りはあと一時間と少し程度。
他にも根本・去川から追跡班が向かっている方角など色々な情報を得ると、もう一度礼を述べ、冬鷹・英吉・杏樹はすぐにその場を後にした。
第一目標は『やり過ごし』。それが無理なら『気絶狙い』。
先輩隊員二人を相手にするのはただでさえ難しい。冬鷹・英吉ともに〈ゲイル〉を破壊された現状では相当困難だろう。
だが、英吉ほどの優秀で息の合ったサポートがあれば何とかなるかもしれない。
――傲りがある事は自覚している。だがやるしかないのだから、そう思い込む他無い。
冬鷹たちは短い打ち合わせで覚悟を決め、先輩たちに近付く。
「あのー、先輩。扉壊れてて、その……開いちゃいました」
だいぶ遠くから声をかけて、敵意が無い事をアピールした。
「あの、それで杏樹がトイレ行きたいそうなんで、その……良いですか?」
先輩たちは軽く目を合わせてから頷く。「俺たちもついでにしておこう」と英吉の打ち合わせ通りの台詞で、三人は入口近くの扉まで難なく近付けた。
合図は、杏樹がトイレの扉を閉めたら。
冬鷹がリンクした〈黒川〉で扉を斬り、一気に駆け抜ける。英吉は根本・去川の妨害に対するカウンター。
緊張が鼓動を高める。〈アドバンスト流柳〉としては好都合だが、身体がイメージ通り動かせるか心配だ。
「それじゃお先に」と杏樹がトイレの扉を開け、身体を潜らせる。
視線で気取られないよう、冬鷹は軽く項垂れる。少し落ち込んでいる感を装い、視線を自然と下げて先輩たちの足や手の緊張具合に意識を向けた。
トイレの扉がまもなく閉じる。
冬鷹の右手は〈黒川〉の柄に飛びつく準備に入る。
まだか――。
扉が閉まるまでが長く感じる。
身体が強張ってしまっているのが判る。
冬鷹は瞬間的に力を抜き、入れ直す。
扉がゆっくりと閉じてゆく。
時が膨張してしてしまったか、〝その時〟がまだ来ない。
それでも、じっと待ち続け――とうとう閉まった。
――その瞬間、冬鷹は〈黒川〉を握りリンクを繋いだ。
だが――その時にはすで、根本と去川は射氣銃を抜き、構えていた。
しかし、銃を構えた根本・去川の腕が、互いに向け交差している。
「あれ?」「は?」と、先輩二人の声が重なる。
「ん?」「え?」と、数瞬遅れて冬鷹と英吉の頭にも疑問が広がった。
「おいおい根本、寝ぼけてんのか? 銃を向ける相手がちげえぞ」
「眠たいのは確かだけどぉ、僕は夢との区別は人一倍はっきりしてるよぉ。サルこそ、なんで僕に銃向けてんのぉ? まだ手柄云々を怒ってるのぉ?」
「んなわけあるか。俺はただ……」
「ただぁ?」
「……根本、お前もか?」
「うーん……たぶんねぇ」
去川はフッと笑う。それを合図に二人は銃を下した。
根本が「冬鷹君」と呼び、射氣銃を差し出してきた。
「君は僕の隙を突いて射氣銃を奪ったぁ。そして脅して〈ゲイル〉も奪って逃走した」
「…………え?」
訳が分からず、冬鷹はどう反応すれば良いのか判らなかった。
「あぁッ!? 根本、後輩に背負わせんのか? 卑怯だな」
「別に卑怯じゃないよぉ。これからもバディとして続けていくには二人して泥をかぶるのは良くない。僕が潔白なら、僕が冬鷹君を許せばまたバディとして続けていけるかもしれない。そうすれば、また何かと支援できる」
「う~ん、そうかもだけどよお…………いや、やっぱ、どっか卑怯だな~」
そう言いながら去川は〈ゲイル〉の仕込まれた靴をバディである後輩に差し出す。だが英吉ですらこの状況には戸惑いを見せていた。
「先輩方は、その……協力していただけるのですか?」
「当たり前だろ。規則を破ってでも妹を助ける後輩と、規則を破ってでもそんなダチを助ける後輩、んな後輩たちを助けねえ理由はねえだろ?」
僕は軍に任せた方が良いと思うけどねぇ。と、根本は眠たげに漏らす。
「ただそれでも、大切な人を助けたいと想う気持ちは止められない、っていうのも、なんとなく解るよぉ。だから、はぁい」
根本も〈ゲイル〉を脱ぎ、射氣銃〈ERize-47〉と共に冬鷹に手渡す。
「すごく出世したらさ、いつか昼寝の時間作ってよぉ」
「え? えっと、その…………ありがとうございます!」
戸惑いつつも、冬鷹は精一杯の感謝を込め、差し出された異能具を受け取った。今は助けになるものならば何でも欲しい。
「うん、どういたしましてぇ。あー、それでねぇ。僕らが知ってるのはぁ――、」
と根本は平時の口調で以下の情報を伝えてくれた。
街にはアイスゴーレムが未だ十体以上はいること。
アイスゴーレム以外にもテロリストのうち何名かは戦闘に長けている者がいること。
街の運河を所々凍らせる事で集団機動力が下げられていること。
先三つの理由故に、奪還に全力を注げるわけではなく、手こずっているだろうこと。
帝都北方自警軍は非常に優秀だ。組織力、軍事力は日本異能界でもトップレベルと言える。
ただ、敵もそれはわかっているはずだ。
状況から、周到に用意がなされていたと考えられる。当然、簡単に奪還できるとは思えない。考えたくはないが、最悪、逃がしてしまう事も想像できなくない。
それに仮に、敵を捕らえる事ができてももう一つのハードルがある。
雪海はその身体の性質上、傷付く事はほとんどない。だが、特異な身体ゆえに、長時間に渡る本体の外出ができない。
最大で二時間程度。
それを越えれば、軍の特別施設により受けていた異能的効果が切れ、補助を失った雪海は身体を維持する事ができなくなってしまう――というのが軍の上級研究員の見解だ。
雪海が攫われてからすでに十分以上経過している。
少なく見積もって、残りはあと一時間と少し程度。
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