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第三章 妹
第18話
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「どうかしたぁ?」
落ち込む後輩を心配したのか、根本が眠たげに尋ねてきた。
だが、冬鷹が事情を話すと、彼は途端に「いやぁ、平和だねぇ」と大きな欠伸を洩らした。
「どこが平和なんですか。大事件ですよ」
「それが事件ならぁ、全国のきょうだいはみぃんな事件だろうねぇ」
どうやら完全に興味が失せてしまっているようだ。
「そういえば根本先輩も妹さんがいますよね?」
「うん、中三のが一人ねぇ。僕と違ってしっかり者で、『しゃきっとして』とか『ふわふわしないで』って僕がいっつも怒られてるよぉ。でもきっとこれって、だいぶ兄妹仲良い方なんだよねぇ、たぶん」
「そう、なんですか?」
「うん。サルは妹が二人と弟が一人いるけど、よく上の妹とケンカしてるらしいしぃ、それに比べたら僕の家は十分に仲が良い。そんな僕ン家と比べて、冬鷹君のとこはすっごく仲良いからねぇ。もぉ、平和と呼ぶしかないよぉ。普通、休日に妹と遊ぶなんてないしぃ」
薄々は解っていた。学校の友人に、『妹と遊ぶ兄』も、『兄と遊ぶ妹』もいない。話せば酷く珍しがられる。だけど、それをどこか遠い世界の話のようにしか受け止めていなかった。
だが今朝、雪海の本音を聞き、いわゆる「普通の兄妹」と自分の感覚とのギャップに、ようやく実感として気付かされた。
「……なんだか、寂しいですね」
「そんなふうに言えるのはすごいね。まぁ、妹さんが少し変わったからといって冬鷹君まで変わる必要はないんだからぁ、元気だしなよぉ。世の中には仲の良いきょうだいもいっぱいいるし、シスコン、ブラコンだって別に悪い事じゃないでしょぉ」
根本は今一度欠伸をすると、「じゃあ今日は頼んだよぅ」と、肩をトントンと叩いてきた。
「家族は大切だけど、仕事も大事だよぉ。それにこれは冬鷹君が願った仕事なんだから」
そうだった――。
それに冬鷹にとっては、仕事で成果を上げる事が、妹を救う事に繋がっている。
冬鷹は両頬を強く二度叩き、「はい」と気合を入れた。
十時十五分。落ち合う場所となっていた西区商店街の噴水前に冬鷹たちが着くと、約束の時間の十五分前にも関わらず、怜奈はすでにそこにいた。
「ごめん。お待たせしてしまったみたいで」
「あ、いえいえ。ちょっと近くを見て回っていたので。まあ、こんな感じなんで、あまり見るところがなくて、時間が余っちゃいましたけど」
快活に応えた怜奈の目線が、申し訳なさそうに街へと向けられる。
壊された店、調査中の軍の隊員、眉間に皺を寄せ話し合う商店街の面々。
彼女の言う通りで、昨日化け物が暴れまわった街並みは、野次馬でなければ面白みを酷く欠いたものだろう。
場所を移す事にした。事件があった商店街の中央から少し離れところにある喫茶店。
コーヒー二つにオレンジジュースを頼むと、冬鷹主導ですぐに本題に入った。ちなみに、オレンジジュースを頼んだのは根本だ。
「わざわざお時間を取らせてしまってすみません。ご協力感謝します。早速ですが、いくつか質問させてください。昨日の町で暴れていた氷の人外、あれに何か心当たりは?」
「いいえ、何も」と、怜奈はしっかりとした口調で答えた。
「以前に遭遇した事は?」
「昨日が初めてです」
「最近、誰かに恨まれる・狙われているなんて事は?」
「ない、と思いますけど……自分ではよく解りません」
確かに完全に『ない』と言い切るには、ある種の無神経さが必要なのかもしれない。
「ですよね。それでは、伊東さんの〈異能〉について伺っても?」
個人の有する異能については、例え事情聴取という形を取っても憚られる事が少なくない。プライバシーはもちろんだが、家の秘術、仕事上の機密に関わるなど、『重大』または『重要』な情報である事が多いからだ。
だが怜奈は二つ返事で「はい」と、快く応えてくれた。
「第一異能分類は?」
「普通に生活していて〈異能具〉を使う事もありますけど、基本は〈魔術〉だけです。両親や兄の影響で、主に医療系魔術を中心に学んでいます」
「系統は?」
「決まったものは特には。色々な系統の魔術から医療系のだけを取り入れている感じで、」
「それってぇ、魔素子はどうしてんのぉ?」と根本が眠たそうに質問を投げた。
〈魔術〉の基本エネルギーである〈魔素子〉は、神道なら神道、ケルトならケルト、ブードゥならブードゥ、といったように魔術の系統ごとに合わせたものを精製しなくてはならない。
「基本的には一種類の魔素子で使えるように、元の魔術を自分の系統に合わせてアレンジしてます」
「すーごいねぇ。そんな事できるんだぁ」と言う根本の横で、冬鷹も感心した。
怜奈は「いえいえ、そんなっ」と体の前で両手を振った。
「父が生前まとめてくれいたのを、兄が私に教えてくれたんです。だから私は全然。それに複雑なものや高度なものは、魔素子の方を合わせたりもしてますし」
「へえ、その歳で魔素子の使い分けもしてるんだぁ? 僕なんて軍用規格と生活規格のしか使えないよぉ」
「あ、いえ、その……兄の教えが良かったんだと思います」
照れているのだろうか。怜奈は頬を赤らめ少し俯きながら、お下げの赤いリボンをニギニギとし始めた。
落ち込む後輩を心配したのか、根本が眠たげに尋ねてきた。
だが、冬鷹が事情を話すと、彼は途端に「いやぁ、平和だねぇ」と大きな欠伸を洩らした。
「どこが平和なんですか。大事件ですよ」
「それが事件ならぁ、全国のきょうだいはみぃんな事件だろうねぇ」
どうやら完全に興味が失せてしまっているようだ。
「そういえば根本先輩も妹さんがいますよね?」
「うん、中三のが一人ねぇ。僕と違ってしっかり者で、『しゃきっとして』とか『ふわふわしないで』って僕がいっつも怒られてるよぉ。でもきっとこれって、だいぶ兄妹仲良い方なんだよねぇ、たぶん」
「そう、なんですか?」
「うん。サルは妹が二人と弟が一人いるけど、よく上の妹とケンカしてるらしいしぃ、それに比べたら僕の家は十分に仲が良い。そんな僕ン家と比べて、冬鷹君のとこはすっごく仲良いからねぇ。もぉ、平和と呼ぶしかないよぉ。普通、休日に妹と遊ぶなんてないしぃ」
薄々は解っていた。学校の友人に、『妹と遊ぶ兄』も、『兄と遊ぶ妹』もいない。話せば酷く珍しがられる。だけど、それをどこか遠い世界の話のようにしか受け止めていなかった。
だが今朝、雪海の本音を聞き、いわゆる「普通の兄妹」と自分の感覚とのギャップに、ようやく実感として気付かされた。
「……なんだか、寂しいですね」
「そんなふうに言えるのはすごいね。まぁ、妹さんが少し変わったからといって冬鷹君まで変わる必要はないんだからぁ、元気だしなよぉ。世の中には仲の良いきょうだいもいっぱいいるし、シスコン、ブラコンだって別に悪い事じゃないでしょぉ」
根本は今一度欠伸をすると、「じゃあ今日は頼んだよぅ」と、肩をトントンと叩いてきた。
「家族は大切だけど、仕事も大事だよぉ。それにこれは冬鷹君が願った仕事なんだから」
そうだった――。
それに冬鷹にとっては、仕事で成果を上げる事が、妹を救う事に繋がっている。
冬鷹は両頬を強く二度叩き、「はい」と気合を入れた。
十時十五分。落ち合う場所となっていた西区商店街の噴水前に冬鷹たちが着くと、約束の時間の十五分前にも関わらず、怜奈はすでにそこにいた。
「ごめん。お待たせしてしまったみたいで」
「あ、いえいえ。ちょっと近くを見て回っていたので。まあ、こんな感じなんで、あまり見るところがなくて、時間が余っちゃいましたけど」
快活に応えた怜奈の目線が、申し訳なさそうに街へと向けられる。
壊された店、調査中の軍の隊員、眉間に皺を寄せ話し合う商店街の面々。
彼女の言う通りで、昨日化け物が暴れまわった街並みは、野次馬でなければ面白みを酷く欠いたものだろう。
場所を移す事にした。事件があった商店街の中央から少し離れところにある喫茶店。
コーヒー二つにオレンジジュースを頼むと、冬鷹主導ですぐに本題に入った。ちなみに、オレンジジュースを頼んだのは根本だ。
「わざわざお時間を取らせてしまってすみません。ご協力感謝します。早速ですが、いくつか質問させてください。昨日の町で暴れていた氷の人外、あれに何か心当たりは?」
「いいえ、何も」と、怜奈はしっかりとした口調で答えた。
「以前に遭遇した事は?」
「昨日が初めてです」
「最近、誰かに恨まれる・狙われているなんて事は?」
「ない、と思いますけど……自分ではよく解りません」
確かに完全に『ない』と言い切るには、ある種の無神経さが必要なのかもしれない。
「ですよね。それでは、伊東さんの〈異能〉について伺っても?」
個人の有する異能については、例え事情聴取という形を取っても憚られる事が少なくない。プライバシーはもちろんだが、家の秘術、仕事上の機密に関わるなど、『重大』または『重要』な情報である事が多いからだ。
だが怜奈は二つ返事で「はい」と、快く応えてくれた。
「第一異能分類は?」
「普通に生活していて〈異能具〉を使う事もありますけど、基本は〈魔術〉だけです。両親や兄の影響で、主に医療系魔術を中心に学んでいます」
「系統は?」
「決まったものは特には。色々な系統の魔術から医療系のだけを取り入れている感じで、」
「それってぇ、魔素子はどうしてんのぉ?」と根本が眠たそうに質問を投げた。
〈魔術〉の基本エネルギーである〈魔素子〉は、神道なら神道、ケルトならケルト、ブードゥならブードゥ、といったように魔術の系統ごとに合わせたものを精製しなくてはならない。
「基本的には一種類の魔素子で使えるように、元の魔術を自分の系統に合わせてアレンジしてます」
「すーごいねぇ。そんな事できるんだぁ」と言う根本の横で、冬鷹も感心した。
怜奈は「いえいえ、そんなっ」と体の前で両手を振った。
「父が生前まとめてくれいたのを、兄が私に教えてくれたんです。だから私は全然。それに複雑なものや高度なものは、魔素子の方を合わせたりもしてますし」
「へえ、その歳で魔素子の使い分けもしてるんだぁ? 僕なんて軍用規格と生活規格のしか使えないよぉ」
「あ、いえ、その……兄の教えが良かったんだと思います」
照れているのだろうか。怜奈は頬を赤らめ少し俯きながら、お下げの赤いリボンをニギニギとし始めた。
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