東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第三章 妹

第19話

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 簡単な聞き取りなのでそう時間はかからないと思っていたが、根本がちょくちょく脱線した質問をしたので思いのほか時間がかかってしまった。しかし、脱線したおかげでだいぶ打ち解けた空気になったのも事実だ。

 日を開ければ、何か思い出すかもしれないと、次の日取りも決め、聞き取りは終えた。

「それじゃあ、家まで送ってくよ」
「いえいえ! そんなイイですよ! それに、これから中央区に行こうと思ってるんで」
「遊びに行くのぉ?」
「いえ。転校したからノートなんかを一斉に買い換えようって思ってたんですけど……」
「あー、そっかぁ。西区の文房具や壊されちゃったもんねぇ」
「はい。まあでも、家を出たついでなので、足を延ばす良い機会ですし、久しぶりの中央区をゆっくり見て回ろうと思います」
「一人で大丈夫? もし良かったら案内しようか?」

 重陽町は川が多い。だがその割に橋は決して多くはない。
 対岸に気になる店を見つけても渡る橋が見当たらないという事が、土地勘のない者には往々にしてある。また、船を利用する交通網も慣れない者にとってはハードルが高いように思えた。

 怜奈は数年前に住んでいたと言っていたが、当時は初等部の一、二年生程度。街の変化や記憶の齟齬そごなど故に、初めて訪れた街と考えても差支えないのでは、と冬鷹は心配になった。

「いえ。お仕事があるでしょうし、申し訳ないです。大丈夫です。もう中一ですから」

 怜奈は強気に微笑む。だがその言葉が、却って冬鷹を余計に心配させた。
 すると根本が――。

「遠慮しなくていいよぉ? 僕らも軍本部に戻るとこだしぃ。それに着く頃にはちょうどお昼休みだし、案内なら冬鷹君に任せて大丈夫だよぉ。冬鷹君、街のこと結構詳しいからぁ」
「えっと、その……本当に、良いんですか?」

 怜奈の目に輝きが灯る。



 異能界では、百貨店や量販店というものを全くと言っていいほど見かけない。

 流通の関係で薄利多売が向かない経済市場だというのが専門家の見解らしい。だが、冬鷹は単純に『市民に求められていないからないのではないか』と思っている。

〝N〟の物は、少し〝N〟に足を伸ばせば、安くて良い物が買える。異能界の物は、個人店同士が意識し合い、時には協力し合い、良い商品を揃えてくれている。百貨店や量販店がなくて困ったという人は見かけないし、あっても冬鷹は恐らく行かないだろう。

「懐かしい。なんか昔とあまり変わりませんね。町の産業だからか、相変わらず異能具系の店が多い。さすが、全国で一番異能具工房と異能具販売店が多い街ですね」

『長崎ライフアイテム』の前を過ぎたあたりで怜奈は目を細めてそう口にした。

 アクセサリー系異能具店・洋服店・小物雑貨店・生活系異能具店・旅行代理店・喫茶店・小物雑貨系異能具店・魔道書専門店・魔石専門店・武具系異能具店・靴屋・精肉店・八百屋・異能具も置いてある雑貨店――といった具合に少し歩けば異能具店にぶつかる頻度だ。

 町を歩きながら冬鷹は利用した事ある店については簡単な説明を加えていき、怜奈はそれを熱心に聞く。根本は冬鷹の肩に手を置き半分眠りながら後ろを付いて歩いていた。

「ちょくちょく区画整理されたり、橋が増えたり、川幅を広げたり細くしたり、巡行船のルートが変わってたりするんだけどね。雰囲気はそのままなのかも」
「はい。『帰ってきた』って感じますね。――あ、文房具屋さんありました」

『文具店SHIBATA』と書かれた看板を見つけ、怜奈は立ち止まった。

「ありがとうございました。もう大丈夫です。帰りは一人でも平気ですから」
「いやいや、別に。それに、この後も街案内するよ?」
「あ、いえ、その、明日から学校なので、準備とか色々あって」
「あー、ごめん。そうだよね」

 そういうところが気が回らないっていうのっ!
 ――と、頭の中の雪海と杏樹が声を上げ、冬鷹は項垂れてしまいそうになった。

「そ、それじゃあ、俺たちこの変で。帰りに気を付けてね」
「あ、あのッ!」

 去ろうと伸びた足が止まった。

「あの、もし良かったらでいいんで、また街の案内、頼んでも良いですか?」

 まっすぐな怜奈の瞳が、冬鷹の胸にかかる雨雲を少しだけ晴らしてくれた。
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