東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第三章 妹

第22話

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「ほんっと、冬鷹の話聞いてると一生分の溜め息を吐き出しそうだわ」
 メンテナンスの手を止めた杏樹は盛大な溜め息を工房内に漏らした。

 冬鷹がずぶ濡れになった後、そのままで街を回るわけにもいかず、まもなく『案内』はお開きとなった。その後の予定が入ってなかった冬鷹は、同じく予定が空いていた英吉に連れられ黒川工房に来ていた。

「雪海の気持ちがわからないって、そのまんまじゃん。『私と約束したのに先に他のコ連れて行くんだ』――それが答えよ」
「いや、だからそれの何がまずいんだ?」
「理由がいる? んー、英吉なんか例え出してあげて」

 えー? 無茶ぶりだな。と言いながらも英吉は微笑んでいた。

「そうだな。……じゃあ、冬鷹が雪海ちゃんから映画に誘われたとしよう。だけど約束の前日、冬鷹と見るはずだった映画を、雪海ちゃんが他の人と観に行った。どんな気分だ?」
「……『あれ? 俺と約束したよな?』ってなるな……たぶん」
「ナイス英吉。つまりはそういう事よ。雪海の事だから楽しみで、明日の下見でもしようとしてたんでしょ。したら知らない女の子とアイス食べてるところに遭遇して――ほんっと、アンタって気が回らないって言うか、間が悪いっていうか」

 どっちもだろうな、と反省し、項垂うなだれた。

「…………ん? ……あッ!」
 不味い事に気が付いた。

「あの、えっと……すまん、杏樹ッ!」

 ドリーミンアイスへ行く約束は杏樹ともしている。しかも、日取りは決めていなかったものの一番早くにその話をしていた。

「へえ、自分で気付けたか。若干遅いけど、まあちょっとは成長したのかな?」
 杏樹は口の端を釣り上げた。面白がっている様だ。

「ちなみにこれって、連れてく順が前後しても、『私を下見に使ったんだ』的な事を思う女子っているからね。まあ私は、そもそもおごってもらいたいだけだから『別にどうでもイイ』だけど。でも、雪海はねえ。あのコ、アンタにべったりだから」
「べったり? そうか? さっきも話したが、この前――、」
「あーもう! これ素なの? 真面目に言ってんのコレ?」

 目を剥き問う杏樹に、英吉はさらに破顔した。彼は彼で大層楽しんでいるようだ。

「二人といると本当に飽きないな」
「あのなー、俺は真剣に相談してんだぞ」
「真剣なの? 真剣に考えて、それなわけ?」

 杏樹を止めてくれ、と英吉に視線で訴えるが、彼は笑っただけだった。



『とにかく、「全部自分が悪いです。自分が馬鹿で鈍感なせいで、雪海様には大変不快な思いをさせてしまいました。どんな罰でも受けますから、どうぞなんなりご申しつけください」って事を、アンタの言葉で誠心誠意伝えなさい』

 ――との、ありがたい教えを胸に、帰宅した冬鷹は雪海の部屋を訪ねた。

「雪海入っていいか?」

 返事がない。二、三度繰り返しても同じで、仕方なく許可を待たずに扉を開けた。

 雪海はツンとした表情で机に向っていた。黙々とノートにシャーペンを走らせ続けている。
 だが、気付いているはずだ。冬鷹は視界に入るように、足を折り曲げ視線を低くした。

「なあ、雪海、聞いてくれないか?」

 雪海は露骨に顔を背ける。冬鷹はそれに合わせて少し体をずらした。
 雪海はまた顔を背ける。冬鷹はまた身体をずらす。すると雪海は――。
 
「ああああ、もうッ!」

 雪海は水化し、瞬く間にプールの向かい側の壁付近に移動してしまった。
 冬鷹は近付くのを諦めて、プールサイドに膝嘛ついた。

「なあ、雪海。ごめん。俺が無神経なせいで雪海に嫌な想いをさせた。俺、全然そういう事に気が回らなくさ、これからは本当に気をつける。ちゃんとがんばる。今回の事は全部俺が悪い。だから、お詫びをさせてくれ。何でもいい。俺の財布が許す限りの事はするから、ほしい物やしたい事が言ってくれ」

 冬鷹は床に額を擦る勢いで頭を下げる。
 しかし、雪海からは何の返事もない。

「雪海、その、」

 と、冬鷹はさらに何か言葉を紡ごうと口を開く――その時だった。
 部屋の扉が開いた。
 扉の向こうに誰もいない。すぐに雪海が水を使って開けたのだと察した。

 出て行け、って事か……。

「……わかった」
 冬鷹は重い身体を起こし、出口へと足を向けた。

 だが、扉を潜ろうかという時だ。耳元で声がした。

「三時半にお店の前」

 冬鷹はさっと振り返る。雪海の姿はどこにもいない。ただ、床には水溜りが出来ていた。
 この部屋の何処かにいるはずだ。冬鷹は無人に見えるプールに返す。

「わかった。ドリーミンアイスに明日の三時半待ち合わせな」

 自身でも判るくらい明るい声が水面に触れると、どこかで『ちゃぽん』と水が鳴った。
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