東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第一章 冬鷹

第6話

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        〇

 四年前、冬鷹は家族でいるところを何者かに襲われ、妹と共に攫われた。
 そして、違法な研究施設で人体改造をされ、実験に参加させられる事となった。

 おとなしく従っていれば妹は無事でいられるぞ――。

 静かに告げられた脅しによって、冬鷹は一切抵抗できなくなった。

〈アドバンスト流柳るりゅう〉――違法施設の研究員たちは冬鷹に施した改造をそう呼んでいた。研究員たちの会話でそれが改造によって冬鷹に植え付けた異能の名称なのだと知った。

 ――だが正確には、その認識には誤りがあった。

 攫われてからおよそ三ヶ月後、帝都北方自警軍により冬鷹と雪海は解放された。
 そしてまもなく、冬鷹は三つの事実に衝撃を受ける。

 一つ目は、〈アドバンスト流柳〉とは改造によって冬鷹に植え付けた異能などではなく、冬鷹自身が〈アドバンスト流柳〉を構成する一要因だったということ。

 つまりは、〈アドバンスト流柳・・・・・・・・という異能具のパーツ・・・・・・・・・・として冬鷹が使われたのだ。

 人としての扱いを無視した所業故か、酷く無理な施術が行われたらしく、元通りに治す事は非常に困難且つ危険を伴うと、軍の研究員には言われた。
 だが、幸いにも人間としての機能には全くと言っていい程問題は無かった。
 弊害もそれまで有していた〈水流操作〉の〈超能力〉が完全に使えなくなっていた事ぐらいで、あとの二つに比べればまだ良かった。

 二つ目は、両親が他界していたこと。
 冬鷹と雪海が攫われた際に、殺害されたとの事だった。
 聞いた瞬間の冬鷹は、悲しみよりまず、事実だと受け止める事ができなかった。

 そして三つ目――最も衝撃的だった。
 それは、雪海も冬鷹と同様、非人道的な人体改造を施されていたという事だった。

 約束は守られなかった。
 ――のではなかった。

 冬鷹と雪海はほぼ同時期に施術されていた。
 ――つまり、はじめから騙されていたのだ。

 ただ、衝撃はそれだけでは済まされなかった。

〈精霊化〉という現象がある。
 主に〈超能力者〉や〈特異体質者〉が、『自身』と『自身の能力』との境界を見失い『自身』と『能力』とが一体化してしまうというものだ。
 だがそれには『高い異能の〈制御力〉』によって『制御を失った事で引き起こされる〈暴走〉』を制御しきる、という大きな矛盾がいるらしい。
 それ故か、〈精霊化〉は異能が日常に横行する異能界に於いても眉唾まゆつば扱いされている。

 冬鷹も精霊化の存在については懐疑的だった。
 しかし、似た現象ならあると、現在の冬鷹は知っていた。

 違法施設の研究員が雪海に施した人体改造。押収した研究レポートによれば、それは水の精霊〈ウンディーネ〉との融合だった。
 しかし施術後まもなく、雪海の『人間としての身体』は、『精霊』の浸食により完全に失われた。

 雪海は、『水の身体』に『人の魂』という〈半精霊〉になってしまったらしい。

 違法研究員たちの基準では『成功』との事だったようだ。
 だが、精霊の身体を操るのはあくまで『人』。ましてや雪海は当時初等部の三年生。とても高度な制御ができる訳がなく、施設の補助術式によりやっと『身体』を維持できていた。

 その状況は違法な研究施設から『軍』に移ってもさほど変わらなかった。

 雪海は、帝都北方自警軍の施設内に特設された部屋で暮らす事となった。押収したレポートを元にし、さらに重陽町の〈水氣〉を利用する事で、雪海に負担の少ない環境が作られたのだ。
 ただそれでも、施設の外に出ては身体を維持するのが困難な事には変わりない。

 兄妹共に救出されてすぐにあらゆる事実を告げられる。正直、子供ながらも暗い未来しか見出せなかった――そんな時だ。佐也加の父である帝都北方自警軍最高司令官・郡司胤蔵たねくらが冬鷹と雪海に郡司家の養子になる事を提案してきたのだ。

 両親は他界し、父方の祖父母もすでに亡くなっていた。母方の祖父母は存命だが、遠方のため、重陽町から離れている。となれば、雪海が暮してゆける環境を引っ越し先で確保しなくてはならない。
 だが、そんな事は一般の人間には不可能だ――それは幼い冬鷹にも容易に理解できた。おそらくは、胤蔵もそんな事情を見かねて申し出てくれたのだろう。

 冬鷹は雪海と共に申し出を受け入れ、二人の姓は『郡司』となった。
 ――冬鷹が十一歳、雪海が八歳の時の話だ。

        〇

 それから四年が経った現在。
 雪海は日々の訓練により自身の容姿を、服装や髪型程度なら簡単に、且つ精巧に作り変えられる様になった。また肌の色や感触も人のそれにとても近く再現できている。
 それに加え、自分の分身を作り出す事もできる様になり、分身との五感共有も高度なレベルで可能となった。施設の補助術式があるとはいえ、制御[A+]ランクの所業だ。

 だがそれでも、一度施設の補助を失ってしまえば、雪海だけでは最大で二時間程しか身体を維持する事ができない。

 ただ、高度な分身を作れるようになったの非常に大きな成果だ。
 本体さえ補助内に入れば時間の制約は無いに等しい。
 また、擬似的ではあるものの限りなく実体験に近い外出が可能になった事で、中等部で復学を果たす事ができた。

 冬鷹と雪海の身体の事を知る者は、軍上層部の一部と新たな家族、そして杏樹と英吉だけ。その他の者にバレた様子は全くない。
 雪海自身もまるで自分の過去には何事もなかったかのように、快活に振る舞っている。

 そんな妹をずっとそばで見続けてきた。
 だからこそ、冬鷹の胸には、いつしかある一つの夢が宿っていた。

 妹の身体を治す――。

 軍の研究員には過去に「冬鷹を治すより遥かに絶望的だ」「はっきり言って現代技術で不可能と言わざるを得ない」と告げられていた。
 だが三年前、英吉からある噂話を聞かされて以来、冬鷹は希望を捨てないと決めた。

 特能課の職員は「異相図書館」の入室権限を持っているらしい――。
 異相図書館とは、異能界が培ってきた叡智が集められる場所で、そこには古今東西の禁呪や禁忌実験の詳細も数多保管されているのだとか。

 もしかしたらそこに妹の体を治す方法があるかもしれない――。
 その想いが冬鷹を動かしている。
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