上 下
9 / 12

#9 『スカウトマン新山楽斗、カメラマン鳩羽真央』

しおりを挟む
「ちょっと、連れに手出さないでくれるかな?」

 北海道・旭川あさひかわ空港のロータリーで、御厨みくりやしずくは突然、肩を力強く抱き寄せられた。
 気が付けば、隣には近くの売店に飲み物を買いに行っていた連れの姿が。
 すると、目の前にいるスーツ姿の男性は驚きながらも、余裕のある笑みを浮かべる。

「あれ? 男連れて来てんの? しかも……結構イイ男じゃん。ま、俺ほどじゃないけど」

 スーツ男は、しずくの隣にいる人物を上から下までじっくりと眺めてから、笑みを深くする。
 確かに、一緒に来たカメラマンの人物は、女性からの受けが良い。
 しかし――。

「あ、あの、二人とも待ってください」

 しずくの言葉に二人は揃って疑問符を浮かべる。

「えっと、まず勘違いです。私は、ナンパされてるわけでも、男連れで仕事に来たわけでもありません」

 その説明で、合点がいったのかもしれない。
 二人は「あ、ああ~」「え? ってことはもしかして」とそれぞれ声を漏らした。

 ただ、礼儀として、しずくは二人の仲を取り持った。

「こちら、高校の二つ上の先輩で、現在、日本異能界安全保障省に勤めている新山にいやま楽斗がくと先輩です」
「ども、新山楽斗っす」

 楽斗はまた余裕のある笑みを浮かべ、握手を求める手を差し出した。
 しずくとは二年ぶりと久々に会ったのだが、物怖じを全く見せないそのフランクさは、昔と全く変わっていなかった。
 トレードマークだった金髪のツーブロックもそのままだ。

「そしてこちらは、海連社かいれんしゃで現在『週刊小奇譚』を主に担当してらっしゃるカメラマンの鳩羽はとば真央まおさんです。職場では二年先輩になります」
「鳩羽です。よろしくお願いします」

 真央は、冷静に淡々と握手に応える。普段は落ち着いた明るさのある人物なのだが、先程の威嚇も相まってか、今は完全に対外モードみたいだ。
 しかし、楽斗の方にはそれでも全く気にした様子はない。

「御厨の二年先輩って事は、タメでイイんだよな? 俺、二十六」
「私も二十六です」
「そっかー。じゃあ全然タメ語でイイから。俺もそれでイイよな?」
「ええ、構いません」

 と言いながらも、真央は仕事モードから抜けようとしていない。
 ただやはり、楽斗はそれも意に介さないようだ。

「いや~、御厨からは『美人を連れて行く』って言われてたからさ、てっきり女が来るかと思ったんだけど――てか、普通そうだよね?」
「そうですね。美人じゃなくてすみません」
「いや、そっちが謝ることないっしょ。日本語解ってない御厨が――、」
「あ、あのっ」

 しずくは思わず口を挟んだ。

「えっと、その、新山先輩、まだ勘違いしていませんか?」
「……は? 何が?」

 全くわかってないようだ。

「あの、真央さんは――」

 しずくが言葉に仕切る前に、真央は動いた。

 場所は春前の北海道。冬の冷たさが残る寒空。
 そんななか、真央は防寒にかぶっていたニット帽を脱ぐ。
 すると、顔の横にふわっと長い黒髪が降りてきた。

 普段はポニーテールにまとめられている髪をそのままに、真央はすっと相手の瞳を捉える。
 ――仕事モード、と思っていたものは、実は怒っていたのかもしれない。

「改めまして、鳩羽真央、女です」

 楽斗は目を点にして、数秒固まっていた。

        〇

 楽斗の運転する車に乗り込む三人。空気は先程から気まずいままだ――楽斗を除いては。

「いや~、真央ちゃんがこんな美人さんだなんて、俺としたことが、一生の不覚だわ~。つか、こんな美人がカメラマンとか、どっちかっつーと、撮るより撮られる側でしょ」

 真央が女――しかも美人だと判ってからというもの、楽斗の軽口が止まらない。
 美人や可愛い女性に積極的な点も、昔と変わらないようだ。

 真央は不機嫌さはなくなってきたものの、今度は若干引いている。

「こっちも、日本異能界安全保障省にあなたみたいな人がいるなんて意外です。しずくがお世話になった高校の先輩だって言うから、もっと真面目そうな人かと思ってた」
「世話した、っつっても、インターンでちょっと絡んだだけだからね。高校時代は全く接点ナシ。な?」

 はい。と、しずくは頷いた。

「大学二年生と三年生の夏休みに日本異能界安全保障省のインターンを受けた際に、同じ高校出身だった新山先輩と初めてお会いしました。それからも何度か、就活の相談に乗っていただいて、」
「へえ、しずくって省庁勤め考えてたんだ」
「一応、選択肢の一つとして。結局迷った末に今の職を選びましたけど」

 もともと異能を知る前の、非異能界――〝N〟の学校に通っていた時は、親の勧めもあり、省庁勤めを目指していた。その流れで、異能界に来ても、はじめは同じように考えていた。
 しかし異能界で色々なものに触れてゆくうちに、いつしか、『〝N〟出身者である自分の目から見た異能界――を伝えたい』と思ったのだ。

 楽斗が何気なくいった様子で訊いてきた。

「省庁への未練とかあったりするのか?」

 楽斗が訊いてきた。何気ない様子だ。
 しかし、しずくは力強く答えた。

「『もし――』みたいな感じで思った事は何度かあります。ですが、そっち方が良かったと思った事はありません。今の職を選んでよかったです」
「そっか。まあ、ちゃんとやれてるならイイんだけどよ」

 楽斗はバックミラー越しに小さく笑った。
 ――かと思えば、大きな溜め息をついた。

「でもよー、世話になったと思ってんならもっと連絡よこせよ。就職決まったって一回礼に来て以来ぱったりとか、まあまあ寂しいぜ」
「すみません。以後気を付けます」

 しずくは後部座席で頭を下げる。
 すると、楽斗はたちまち破顔した。

「冗談冗談。インターンで絡んだくらいでイチイチ絡んでたら、こっちだってメンドーだわ」
「いえ、本当にすみません。こちらに用事がある時ばかり、一方的に連絡する形で、」
「イイってイイって。こんな美人とお近づきになれんなら、いくらでも俺を使ってくれイイからよ」

 バックミラーに映る楽斗の目がしずくの隣の真央を捉える。
 真央は露骨に溜息をつき、話題を逸らした。

「それより、今回の『スカウト対象』について教えてくれませんか?」

 楽斗の勤める日本異能安全保障省の業務の中には、『スカウト』と呼ばれるものがある。
 それは、〝N〟において異能者・及び異能者の疑いがある者を、調査・検査し、異能界への移住と称した保護を促すものだ。
 今回しずくは、その様子を記事にすべく、久々に楽斗に連絡を取り、今に至るのだった。

「まあまあ。北海道異能大学に着いたら詳しい話が聞けるから、それまで、ゆっくり世間話でもしよーよ」
「いえ、仕事で来たので、」 
「そんなこと言わずにさ。仕事を円滑にするにはある程度、お互いのこと知っておくべきでしょ?」

 確かに一理ある。と、思ったのかもしれない。
 渋々、といった面持ちを隠そうとはしないものの、真央は楽斗の話に付き合い始めた。
 すると、楽斗の方はさらにノリノリになる。
 しずくはというと、そんな二人が少しでも噛み合うように、目的地に着くまで、なんとか仲を取り持とうとした。 
しおりを挟む

処理中です...