黒柴犬召喚

第二章 セカンドシーズン

55話 ダンジョン行脚

　一番近い災害円の温泉街に到着。
　災害円に入れるすべての道路は封鎖されている。

　ここまでも通行止めになっていたり、放置車両に塞がれていた道はあった。でもまあ、俺も黒柴犬と同じくガードレールや壁くらいは走れる。何もない場所すら【闇の手】を繋いで橋を通すことが可能だ。つまり空も走れるのだ。【闇の衣】で壁抜けだって出来る。
　なので、封鎖されていても問題はない。

　そもそも直径10キロの外周は半径×半径×3.14なわけで、78.5キロメートルもある。
　全周を完全封鎖なんて出来るわけもなく、入ろうと思えば誰でも入ることが可能だ。
　道路の封鎖も大半は移動可能のバリケードだしな。
　前もって目立たない侵入経路は黒柴犬に決めてもらっていたので、そこからお邪魔する。

　災害円に入る瞬間、薄い膜を通過するような、ほんの僅かな違和感を感じる。
　球形に存在するこの境界は、バリアのようになっていて、どちら側からの攻撃も通さない。石を投げる分には普通に通るのだが、攻撃意思を持って投げるとはじかれる。

　この中には数万匹のゴブリン達がいるが、俺が目にする数は少ない。
　接触しそうなゴブリンは黒柴犬が排除してくれているからね。
　むしろゴブリンよりも、居るかも知れない人間への警戒を続けながら、温泉街を進んでいく。

　立派な老舗旅館に到着。
　この中にダンジョンが出来ている。
　当然のように中規模利用されていたので、黒芝犬はセカンドシーズンが始まるまで此処に来たことはなかった。
　今は温泉街のあちこちで、黒柴犬のくつろぎ風景が見られる。
　人のいない廃墟みある温泉街を我が物顔で歩き、温泉に浸かる黒芝犬の集団は、とても絵になっていた。BGMにはゴブリンの断末魔。
　すでに20本少々の動画がフォルダに保存されているが、まだアップはしていない。
　ダンジョン11階層を解放して、俺がこの地域を去って数日してから順次投稿していく予定だ。
　……にしても多いな。随分とお前ら集まってるな。
　3000匹が集まってる？　まじか。まあ良いけど。

　この温泉街はダンジョンを攻略しないで人が入れない状況を維持して、黒柴犬帝国にしたいと黒柴犬が欲望を伝えてきた。
　物凄く気に入ったようだが、人の作った温泉街なんて人の手を離れたらどんどん廃墟化してくるぞ。
　俺たち以外の祝福持ちも、どうせ攻略するならこういう場所がいいから集まってきそうだしな。

　温泉を継続的に利用したいなら、むしろ誰よりも早く攻略して権利者に恩を売った方がいいと思う。
　何なら責任者を探して交渉したらどうだ？
　優先的にダンジョンを攻略する代わりに、黒柴犬おれにも温泉を使わせろってさ。
　召喚獣だから毛が抜けて浮くこともないし、町としては用心棒として歓迎するんじゃないか？
　いっそ旅館や温泉の権利を買うって方法もあるぞ？　お前ら金持ちだし、こんな状況になったし廃業を考えている人もいるだろうから。お前達好みの温泉宿を新しく建てるのはどうだ？

　良いなそれ、と黒柴犬から返事。
　俺を振り返って楽しそうに尻尾をぶんぶん振る姿に苦笑する。

　とりあえず母さんにでも相談すると良い。色んな業界にコネがあるし、スタッフも優秀だからお前たちの希望にそってまとめてくれると思う。

　頼んでくる、と黒柴犬はうなずいた。
　さっそく母さん担当の黒柴犬たちが母さんを囲んで交渉を開始したようだ。

　小さく笑ってから気持ちを引き締め、破壊と血の跡の残る旅館内を歩く。
　人の死体はない。
　俺の目に入らないように黒柴犬がアイテムボックスに回収してくれている。
　順次、外の公的な人に預けられる。

　ダンジョンに入り、バイクを出して、1階層の女神像に移動して、10階層の女神像に転移。
　このダンジョン11階層は、『和風』『温泉』『山』となっていた。

　黒芝犬は迷うことなく『温泉』の扉に俺を誘導。
　ちなみにだが、有馬ダンジョンに向かう途中に、我が家ダンジョンの11階層で下り階段を発見して黒柴犬たちは12階層に進出している。
　12階層に登場する敵も、少し強くなったスライムと研究者ゾンビゴブリン。
　ダンジョン構成も今のところ変化なし。
　20階層まで『科学』が継続するのか、途中で選び直しがあるのかは、まだ不明。
　もしも召喚獣だけで進めないギミックが頻繁に登場するようだと、複数ダンジョンの攻略は俺たちだけでは厳しくなる。その時は治安部隊と協力するしかないか。

　有馬温泉11階層に黒柴犬を送り出して、俺は次のダンジョンに向かう。

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　尼崎に到着。
　甲子園球場を見上げる。

　甲子園のダンジョンは日本でもかなり早くに封鎖処理が施されていた。
　ダンジョンが出来て1週間の間に2回の突入事件が起きて、三桁の逮捕者と二桁の死者を出したせいだ。
　野球興行は中止されていたが、どんどんと人が集まって流れ込んでしまった。
　半数近いダンジョンを誰も入れないように厳重に封鎖する流れは、その事件の影響が大きいだろう。

　公衆トイレくらいのコンクリート建造物が、アルプススタンドに鎮座している。
　入り口は鉄板で溶接した後にコンクリートで塗り固めてある。その前には献花台があり、しおれた花束が置かれている。

　軽く手を合わせて黙祷してから、【闇の衣】で侵入。

　甲子園ダンジョンの選択肢は、『和風』『闘技場』『草原』だった。
　『野球』や『球場』では無いんだな。
　黒柴犬の意見も聞いて、『闘技場』を選択。

　兵庫県にある最後のダンジョンは、姫路城だ。

　しかし姫路城は封印ダンジョンではなかった。
　つまり黒芝犬は最近まで近寄らないようにしていた。
　有馬温泉も同じくセカンドシーズンまで黒芝犬は立ち寄っていなかったのだが、セカンドシーズン以降に黒柴犬たちが吸い寄せられたからね。数日で11階層の扉が発見されていた。
　しかし姫路ダンジョンは逆に黒柴犬の滞在数が少なく。
　現在、3階層を探索中。
　黒柴犬たちが俺から目をそらしている。
　まあ良いよ。のんびり行こう。
　姫路ダンジョンは帰りに立ち寄れば良い。
　先に他県の封印ダンジョンを開放していこうか。

　大阪、奈良、京都にはそれぞれ8大ダンジョンがある。
　ネット情報では一部の部隊が攻略を開始しているみたいで。
　ベテラン冒険者に出会って絡まれても勧誘されても懇願されても襲われても面倒だしな。
　俺たちは広島方面に向かおうか。