黒柴犬召喚

長田弐円

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第一章 増える黒柴犬

29話 黒柴犬

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 ダンジョン誕生から5ヶ月が経った。
 ダンジョンの誕生は春だったが、今はもう長い夏の終わりに差し掛かっている。

 封印ダンジョンでのオーブ集めは順調だ。
 複数のダンジョンでマッピングも進めて、レベルも上がって、階層間転移も可能となっている。

 階層踏破や階層ボス討伐の称号は、どこか一つのダンジョンで貰うと、他では貰えないようだった。
 一度だけ、封印ダンジョンの10階層の女神像まで俺自身が足を運んで試したが、ダンジョン間の転移など、役立つ機能は何も開放されなかった。
 拠点の作成は可能だったが、全てのダンジョンで一箇所のみ。
 俺が他のダンジョンに潜るメリットは、今のところ皆無。まあこれも試すまでもなく分かってはいた。長距離転移が可能になるなら、ダンジョン閉鎖して放置するわけ無いもん。

 なので、家で大人しくだらだらと変わらない日々を俺は過ごしていた。

 唯一変化と言えるものは、黒柴犬の数が増えて増えて増え続けて、強くなり続けているくらいだろう。

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*しばらく他者視点*

 八大ダンジョンにおいて、日本政府の冒険者育成は順調に進んでいる。
 1~3階層は銃器があれば誰でもレベリングが出来るし、授かった祝福やオーブスキル次第では、銃器すら必要ではない。

 4~6階層の攻略も、今はもう銃器を使用できるようになっていた。
 相手が同じ武器を持って現れるなら、その銃では貫通できない防弾装備で対応すればいいだけなのだ。一方的に撃ち殺すことが出来る。
 先進諸国は武装をコントロールすることで、CやUCの隊員でも重傷者を出すことなく、レベリングとオーブ捜索、魔石やゴブリンの牙の収集を効率化していた。

 ボスゴブリンや、7~10階層は祝福やオーブスキルに頼らざるを得ないが、しかし優秀な冒険者に寄生させることで、誰でも突破させることが可能だ。

 その日、岡本康夫は久しぶりに鳥取の実家へと帰省していた。
 警視庁のセキリティポリスである彼は、【UC盾】という微妙な祝福を授かったが、逆に微妙であることが政府に安心を与えたのかもしれない。
 優先育成冒険者に選抜されて、UR冒険者の引率でダンジョンの10階層まで潜ってオーブを獲得。政府の指示で【気配察知】を取得していた。

 だから偶然気づいてしまった。
【闇の衣】を発動させて駆けていく、その存在に。

 犬だ。
 中型犬がいる。
 それ以上のことは分からないが、見えない犬が今俺の横を走り抜けていった。この気配は【闇の衣】で間違いない。
 触れるような距離を走り抜けて行ったから気づけたが、訓練で感知していた同僚の【闇の衣】よりも繊細で高度な【闇の衣】だった。

 犬を見送った後、岡本は冷や汗を流しながら、その場で上司に電話。
 これが黒柴犬を日本の行政が認識した始まりだった。

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 ダンジョン災害発生から数日の間は、多くの民間人が拉致されたり、ドサクサでダンジョンに侵入して、祝福を授かっていた。その大半は国で把握できているが、全ての人を捕捉できたわけではなかった。
 ダンジョン発生から5ヶ月経った現在も、数百人は政府が把握できていない在野の冒険者が居るだろうと推測されている。

 そのような人物の情報を掴んだ場合は、まず鑑定できる人間を派遣して、秘密裏に祝福の確認を行う。
 有益な能力を持っていれば接触、そうでないなら警察の監視対象とし、犯罪を起こすまでは放置する。
 冒険者法が成立するまでは拘束する法的根拠がないし、祝福を授かっただけの人物は、極一部を除いて実のところそれほど怖くはない。
 ダンジョンに入れなければレベルも上がらないし、オーブも手に入らない。ゲームで言えばキャラメイクを終わらせログインしだだけの状態だ。
 捨て置いても大した脅威ではなかった。

 要人の警護やブラックリストに乗っている組織や人物の監視。各種犯罪の捜査。やるべき仕事は山積みなのだ。
 しかしまだ、それらに対応できる祝福を持つ人材は少ない。
 八大ダンジョンの1つで1日にドロップするオーブの数は100~1200程度。
 多いように感じるが、利用人数で割ると30人に1人が拾える割合になる。
 特に10階層オーブを取得できた優先育成冒険者は、未だ100人程度で、つまらない事件に割く余裕はなかった。

 ただ、警視庁の冒険者犯罪対策部は、【闇の衣】を発動させた犬の情報を、軽視しなかった。
 何故なら闇魔法を取得するには10階層のオーブが必要だ。
 祝福で闇魔法を授かっている可能性もあるが、その場合は犬の使役手段を別途覚える必要がある。

 犬を召喚して尚且つ闇魔法か類似する隠蔽手段を持つ冒険者は、政府が作成した冒険者リストの中には存在していない。

 この謎の犬はどのような存在なのか。
 最初に頭の浮かんだのは海外の工作員だ。
 が、工作員だとすれば、鳥取で何をしようとしていたのか。

 鳥取にあるダンジョンは1つだけだ。

 江島大橋の頂上に出来たそのダンジョンは、軍用の頑丈なシャッターで完全に封鎖されている。
 ダンジョン災害時に拉致された人間は76人だが、その大半が乗用車の中から拉致されていた。無人となった車同士の事故が連鎖して、橋上で大火災が発生した。
 消火活動に多大な時間を取られて、ダンジョン内への救助は遅れに遅れた。
 生存者は4名。全員が祝福に目覚めた自力脱出だった。
 生存者の所在地と祝福は国が把握済み。

 ダンジョン災害時の状況を考えると、江島大橋に民間人が忍び込むのは不可能だ。
 橋の上という特殊な立地で、大火災もあって封鎖は完全になされていた。

 つまりは【闇の衣】を発動させた犬は、どのような存在であろうとも、鳥取県外からやってきている。

 何をしに?
 分からないが、だからこそ調べる必要がある。

 冒険者犯罪対策部は、【闇魔法】を取得している1人の捜査官を派遣した。

 スパイにしろ、冒険者にしろ、今の鳥取で用があるのは江島大橋ダンジョン以外に考えにくい。
 捜査官は「【闇の衣】の壁抜けでダンジョン内に入って調べてこい」という命令に無表情で敬礼。普段やらされている犯罪組織や宗教団体の密偵業務と比べれば、安全な仕事だ。と言い切るには不明な点が多いので、喜ぶことも悲しむこともしない。
 ダンジョン災害以降もっとも割りを食っている公務員に、この対策部のエリートたちは含まれるだろう。上司も部下も上から下までそろそろ感情が摩耗しかけていた。

 冒険者が取得できる能力数には限りがある。
 7~9階層でドロップするオーブは、【祝福強化】【生存強化】で固定されているので、祝福+オーブスキル3つが最大だ。
 対象の冒険者は、すでに犬を操る能力と、闇魔法を取得している。
 察知系を持っている可能性は相対的に低くなるし、もし取得していた場合は、戦闘系が必然的に手薄になる。

「だから大丈夫って言われてもさぁ。大丈夫と言われて死にかけたこと何回あると思ってるんだよ」

 冒険者犯罪対策部では、不思議なことにまだ死者が出ていない。そのせいで過酷な任務が改まらないし、政治家たちは無茶な要求を追加してきやがる。

 捜査官はぶつぶつ文句を呟きながら米子鬼太郎空港行きのANAに乗って、深夜までホテルで寝てから、【闇の衣】で江島大橋ダンジョンに侵入。
 侵入後はMPの消費を2に減らす。
 脱出の為のMPも計算して、調査に費やせる時間は2時間だ。

 町中では【闇の衣】を発動している犬も、人の目のないダンジョン内ではMPの消費を抑えるために、必ず【闇の衣】を解除するだろう。
 だからここなら、一方的に観察することが可能となるという目論見で、ダンジョン内の調査が決定されていた。

 予想通り、犬はダンジョン内に侵入していて、そして闇の衣を解除していた。

 彼はそこで風のように駆け抜け、ゴブリンを瞬殺する黒柴犬を複数目撃する。 
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