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第16章 ソランスター王国の危機

第217話 国境への進軍命令

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 その日の夕方、王国親衛隊を除く全軍4万8千名に、王国東北部国境へ進軍せよと国王からの勅命が下った。
 ソランスター王国は、10師団8万名の正規軍と王国親衛隊5千名の兵力を保有するが、正規軍全軍に進軍命令が下ったのは王国史上初のことである。

 ゼノス将軍にとって、国王の進軍命令は、寝耳に水であった。
 デルファイ公国軍の侵攻は予定通りであり、国王から進軍命令が下ることは予想していたが、それにしても早すぎる。

「おい、アドラー!
 早すぎるぞ、何故こんなに早いのだ!」
 ゼノス将軍は副官を怒鳴りつけたが、それは当然副官も預かり知らぬこと。

「しょ、将軍、私にそのようなことを言われましても…」
 副官のアドラーはゼノス将軍の不条理な仕打ちに、辟易していた。
 
「決行は3日後と決めておったのに、どうするのじゃ!
 ええい、お前じゃ、話にならん。
 すぐに奴らを呼べ!」

 怒りの矛先を自分に向けられ、憤懣ふんまんやるかたないアドラーであるが、どうすることもできず、将軍の言いつけに従うしかないのだ。

 アドラーは駐屯地を抜け出し、小雨そぼ降る中、馬を駆り街外れにある農家へ向かった。
 そこは農家の筈であるが、寂れており農地を耕し作物を育てている気配は無い。
 実はここがデルファイ公国から密かに潜入した工作員のアジトなのだ。
 アドラーは、馬を降り母屋のドアをノックした。

 暫くするとドアの小窓が開き、中から誰かが来訪者を確認すると解錠されドアが開けられた。
「尾行されてないであろうな」
 応対に出た男は眼光鋭く、辺りを見回した。

「そんなヘマはせぬ。
 それより、緊急事態だ。
 国王が全軍に進軍命令を出した」

「なに?、早すぎるではないか」

「そうだ、そのせいでゼノス将軍がお怒りなのだ」

「なるほど、それでアドラー殿が来たわけか…」

「そうだ、ヴァルト殿に急ぎ駐屯地まで来るようにとのことだ」

「分かった。
 早速ヴァルト殿に伝えて、ゼノス将軍の元へ馳せ参じるよう伝えよう」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 生体探知レーダーで作成した勢力図を見ると赤い点の塊がある場所は、ゼノス将軍の駐屯地を除き王都内に5箇所あった。
 恐らく、その全てがデルファイ公国が潜伏させた工作員のアジトであると予想していた。
 最近は国境の警備も厳しくなり、滅多なことではデルファイ公国から入国するのは難しい状況だが、それ以前に入国していたと考えるべきだろう。

 情報省特務本部長のシラー・レーベンハウトは部下に命じ、その全てに1チーム10名体勢で監視を付けていた。

 その一つ、ゼノス将軍の駐屯地からほど近い王都郊外の農家に副官のアドラーがやって来たのだ。
 担当チームリーダーは、すぐに上司のレーベンハウトに報告した。
 スマホで写真を撮り、工作員と会うアドラーの様子も添付ファイルで送った。
 これで証拠が一つ揃った訳だ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ゼノス将軍の元に、デルファイ公国の特務部隊長であるヴァルトが訪れた。
 彼は4年前からソランスター王国に潜入し、王国打倒のため暗躍してきた。
 その結果、権力欲に目が眩んだゼノス将軍と、ハフナー公爵一統を懐柔し、調略に成功したのである。
 クーデターが成功した暁には、彼らにはソランスター王国の半分を任せると、密約を交わしたのである。

 駐屯地の司令官室には、ゼノス将軍とハフナー公爵が待っていた。
 二人とも渋い顔で、如何にも機嫌が悪そうなのが一目で分かった。
「ゼノス将軍、ハフナー公爵閣下、お待たせ致しました」

「ヴァルト殿、アドラーから聞いたと思うが、国王から国境防衛の勅命が下った」

「そのようですな、我々の予想よりも2日ほど早いですが…」

「うむ、早すぎるのだ。
 それにしても、国王は一体どこからデルファイ軍侵攻の情報を仕入れたのだ」
 ゼノス将軍は、忌々しげに言った。

「恐らく、それは情報省ではないかと…
 国内諸領の情報を収集し、納税が妥当か審査する役所と言う名目だが、その実は国内外で諜報活動をしておると言うのがもっぱらの噂だ」
 ハフナー公爵が答えた。

「ああ、あのシュテリオンベルグとか言う若造が親玉の役所か。
 あいつ、王女を2人も掻っ攫いやがって…」
 ゼノスは吐き捨てるような言った。

「ああ、あの絶世の美女と呼ばれる王女3姉妹の妹2人ですな…」
 ヴァルトもその話は噂で聞いていた。

「そうじゃ、あの男は女神の加護を受けていると聞いたことがある。
 飛行船の他にも得体の知れぬ力を持つと聞くが、その力を使ったのかも知れぬぞ」

「それは聞いたことがある。
 瞬く間に建物を建てたり、神の御業としか思えぬ異能を持つとか…」
 ヴァルトが口を挟んだ。

「う~む、そいつが絡んでいるとすれば厄介だな…」
 ゼノスは唇を噛み、天井を見上げた。

「ところでゼノス将軍、進軍命令には従うのか」
 ハフナー公爵が聞いた。

「そうだな、理由もなく断ると不審に思われるからな。
 何か理由を付けて出発を1日遅らせる位しかできんな」

「進軍するフリをして途中で戻ってくるのか?」

「まあ、それしか無いだろう」

「そうなると儂の縁者の軍勢は、間に合わぬかも知れぬぞ。
 今すぐ使いをやっても、到着は明後日の昼ころになるからな」
 ハフナー公爵が言う縁者の軍勢とは、親戚に当たるボルテーロ侯爵家、ガメイ子爵家、シュミット男爵家の私兵5千人余りのことである。

「間に合わぬのであれば仕方ない。
 昼間に王宮を攻めるなど、愚の骨頂だからな…
 深夜に攻めるからこと、奇襲なのだ」

「儂の兵8千と公爵の兵2千5百、合わせて1万5百あれば、王国親衛隊など恐るるに足らず」
 ゼノス将軍は自信たっぷりに笑みを浮かべた。

「では、決行は明後日の早朝で良いのだな」
 ハフナー公爵が確かめた。

「そうだ、王宮襲撃は明後日の早朝3時。
 国王と取り巻き共らに一泡吹かせてくれるわ!」
 そう言うとゼノス将軍は高笑いした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 情報省諜報本部長のキアン・ベルアーリ、それに女戦士ヴァルキュリーのリリアーナとアンジェリーナの3人は、ゼノス将軍の馬鹿笑いを建物の外で見ていた。

 オレがゼノス将軍の偵察を命じたのだが、キアンは自ら志願し、リリアーナとアンジェリーナの3人で駐屯地に潜入したのだ。

 予め、スターライトソードのステルスモードで司令官室に潜入し、3箇所にリモートカメラを仕掛け、その電波を受信機で録画したのだ。
「この映像で反逆罪確定だな!」
 キアンはガッツポーズを決めた。

「これでもう罪から逃れられませんね」
 リリアーナは任務完了に満足げであった。

「悪党死すべし」
 アンジェリーナの言葉は辛辣だ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 翌朝、王都にいた将軍たちが自らの部隊を率いて、ソランスター王国東北部国境へ向けて進軍を開始した。
 ゼノス将軍が率いる王国軍第6師団は、準備が間に合わないと言う理由で1日遅れると連絡があったそうだ。

 それは予想されたことであり、国王はその申し出を何も言わず許可したそうだ。

 ソランスター王国が誇る精鋭部隊が次々と王都を出発した。
 ◎王国第1師団 司令官トレバース将軍
 ◎王国第2師団 司令官スティンガー将軍
 ◎王国第3師団 司令官ブルーアイズ将軍
 ◎王国第8師団 司令官ランバート将軍
 ◎王国第9師団 司令官スタージェス将軍
 これに1日遅れて王国第6師団のゼノア将軍が加わることになっている。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 オレは大臣公邸からアクアスターリゾートの自室へ戻った。
 もちろん『ゲート』を使ってドアからドアへ瞬間移動したのである。

 自室に戻ると、リビングにいたジェスティーナとアリエスが心配そうにオレの傍に来た。
「カイト、お帰りなさい」
 姉妹は声を揃えて言った。
 容姿は似ていても性格は違う2人であるが、その辺はシンクロするのである。

「ただいま、2人とも王都のことが心配なんだろ。
 大丈夫、今のところオレの思惑通りに進んでいるから問題ないよ」

 オレは現在の状況を2人に説明した。
 ジェスティーナとアリエスには、逐次状況を詳しく説明していたのである。

「それで、2人に頼みがあるんだ」

「なになに。
 何でも協力するわよ」

 オレは2人の王女にある策略を話した。
「へ~、なるほどね。
 流石はカイト、頭いいわね」

「危険だから、2人とも絶対にこの館を出ないこと。
 この館の外に出る仕事は、2人の護衛に良く説明して依頼するんだ」

「分かったわ。
 私達に任せて」
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