上 下
18 / 41
第二章

1-7 無知と無策と慢心と

しおりを挟む
 シロ達は館に戻った。
 
 メイとシロは、魔導研究所での作戦失敗後、ひどく落ち込んでいた。

 シロは、今回の失敗の件を深く考えていた。
 普通に作戦を準備して、普通にこなした。そして普通に終わるはずだった。多少のイレギュラーも想定した。だが、前回メイが倒れたときに思い知ったじゃないか……。
 『普通』は通用しない事を……。
 相手は普通である訳がない。今相手にしているやつらは自分にとっては未知なのだ。そんな相手を普通にあしらうことなど到底できるはずがない。生還できた事が奇跡だったのだ。
 シロは自身の無知と無策と慢心を自戒した。
 
 一方、メイも失敗の件を深刻に考えていた。
 戦いにおいては油断も隙もないはずだった。にも関わらず、シロを心配させ、人間化させて危険に晒してしまった事。自分の魔法は絶対だと考え、過信してしまった事。
 メイはそれらを反省し、自分の力の無さを受け入れた。もっと強い存在でありたい、と、そう願うのであった。

 魔導研究所ノーム奪還作戦失敗から、一週間が経過した。だが、時間が経過したにも関わらず、この事件はどこかの賊の犯行、ということになっていた。
 おそらく、進入してきた賊が、漆黒の猫だと確認されていなかったのだろう。
 漆黒の猫は、出現する度に毎回二桁の人的被害を出していたが、今回はそれ以下だった為、普通の賊と思われたのだろう。怪我人が二人しかいなかった事が幸いした。精神被害はカウントされてはいなかったようだ。
 それでも帝都内は、漆黒の猫だけは表立って動ける状態では無かった。まだレイヤの動向がつかめていないからだ。
 
 ノームを失った帝都は防衛機構を失った……はずだったのだが、ノームがいなくなった二日後には、とっくに帝都の防衛機構が復活していたのである。
 それを確認をしたのはアナだった。
 エルフの勘なのかは分からないが、魔法発動の条件が整っているかどうかが分かるらしい。
 アナは作戦失敗後の帝都の様子を見るために、いつものようにオリーブベリージャムを城内に卸しに行っていた。その時に分かったのだろう。

 防衛機構が復活したということは、ノームがまたカプセルに入れられた、もしくは別の『何か』が代役を務めているのか。シロはその『何か』を確認するために、もう一度研究所にネズミの姿で潜入していた。

 シロは魔導研究所の最下層の台座に辿り着く。台座の上には、カプセルの代わりに禍々しい魔鉱石を接続した動力源のような大きな機械が置いてあった。
──これがノームの代わりをしているのか……。
 シロはこの機械を軽くスケッチして研究所を出た。アナと合流し、館への帰路につく。

 迷いの森の中で、唯一目印となる大きな木がある。
 そこに辿り着くとアナは、
「シロ、休もー」
 アナは木の根元に座り、休憩を取とった。
 シロも、アナの肩の上で休ませてもらっている。

 シロとアナは、仕事の帰りに、この木の根元で必ず休憩を取っていた。
 暫くすると、ウサギ、リス、いたち、小鹿など、いろいろな小動物が集まってくる。動物達もアナのマネをして休憩をしているのだ。
 アナはその動物達を見て無邪気に笑顔を見せていた。

 シロはその光景を見て、アナは動物に好かれやすい体質なんだなーと、ぼーっとしながら考えていた。
──でも、なぜ精霊ペットがいないんだろう……。
 シロはハッと口にチャックをし、意思疎通のないことに気が付いてほっとする。ぼーっとしているとたまに考えを言葉にしてしまう癖がついてしまったようだ。
 今度、それとなく聞いてみよう。と、シロは思うのであった。

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

 シロは休憩中、いろいろと、この世界のことについて考え始めた。
 まず、シロのいた現実の世界との相違点についてだ。

 動物、植物。これは、ほぼ同じだった。ただし、それにプラスして、知らない動物、植物も生息していた。

 次にインフラ設備だ。一つは電気が魔力に置き換えられている点が非常に目立つ。研究所のレーザーを見た後では、電気も存在するんじゃないかと思うぐらいなのだが、多分そこだけ特別だったのか。
 水は、井戸から汲み上げられていて、井戸が無いところは魔法により水を生成していた。
 トイレは用を足すと魔法により分解され、肥料として利用できるようになっていた。

 次は建築様式だ。立派な住居の殆どは中世ヨーロッパ系のレンガ造りだ。他では現代建築の様相も伺えた。お店は日本の商店街、一般住居などはアメリカの住宅街を思い出させる。これに関しては同じだ。

 そして様々な人種の存在。人間、エルフ、亜人、ダークエルフ?もしかすると小人や巨人、コブリン、ドラゴンなどが存在するかもしれない。
 メイの服がドラゴンの皮を使っていたとなると、ドラゴンはほぼ確実にいるだろう。
 これらの種族は、自分の世界には空想上では在るが、実際には存在はしない。

 相違点は分かる範囲でこのぐらいだが、この世界には、まだ『別の何か』の存在がある気がしてならない。

 研究所に来たダークエルフの女性が、魔法じゃなく超能力を使った事。そして、自分を異世界人だと言った事。これはおそらくこの世界に『別の何か』の干渉があることを示している可能性がある。ということ。

 シロは最後に思う。
 『普通』を超えたいなら、冒険してでも『別の何か』の情報は必要不可欠じゃないか、と……。

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

「そろそろ帰ろー」
 アナは休憩の終わりを告げた。
 休憩を終えたアナとシロはゆっくり迷いの森を歩き、館へと向かった。

──迷いの森の館──

 メイは庭で高級そうな黒い書物を読んでいた。上級黒魔法指南書である。その本は家に代々伝わる家宝であり、いつもは鍵付きのブックケースに入れられている大事な本だ。
「相手の突進を……そらす技……身動きが取れないときに……最低限……」
 その本には体術なども記載されていた。メイは何度も読み上げて勉強をしていた。

 シロとアナが帰ってきた。館の門を開けてメイの所へ駆け寄った。
「メイお嬢様!ただいまー!シロがね、研究所の中調べたんだよ」
 アナはシロを手に乗せてメイに手渡した。
「お帰りなさい……シロ……何かわかった……?」
 メイは返事をして、シロを庭にあるテーブルに置いた。
──ノームは、いなかった。代わりにこんな物が置いてあった。
 シロはリュックから小さなメモを取り出した。
 メイは、メモを目を凝らして眺めた。
「魔鉱石……圧縮された物ね……それとこの機械は……きっと……魔法サーキット……」
──魔法サーキット?
「魔法を生成する機械……魔鉱石の力で……魔法を生成できる……多分ノームの結界魔法を……生成してる……」
──ノームがいなくても結界は作動してるのか。じゃあ、ノームは別の何かに使われようとしているのか……。
 メイはちょっとだけ口を噤んだ。ノームのさらわれた後を想像すると心苦しかった。彼女はそれを、まだ自分のせいだと思っていた。
 シロはちょっとだけ地雷を踏んだ気分だった。

「そういえば……セバスが……渡したい物があるって……」
──セバスが? なんだろう……。

 夕食の時間が来た。
 いつものようにテーブルにアナが食事を並べ、全員がテーブルに着く。
「食事の前に、よろしいですかな」 
 セバスは紙袋からガラスケースに入った一角獣の人形を出した。
「シロ様の頑張りにふさわしいかと、エンシェント級のレアアイテムを、思い切って落札しました」
──あまり、いい結果は出せてないんだけど……。
 シロは自分を謙遜していた。だが、一角獣の人形は、シロを誘うように輝きを放っていた。
 シロはセバスのほうを見る。セバスはニコっとした。
「触れてみてください、シロ様」

 シロはケースを開け、人形に触れる。するとその一角獣は光り輝き粒子となってシロの体に入っていく。
──これ、どうすれば……。
「多分……鎧を……イメージ……」
 メイがイメージを教えた。シロはそのとおりにイメージをする。

 シロの体に白い光が絡みつく。そして、その光は鎧を形成しはじめる。
 白く輝くフルアーマー、そして長い角の付いた鎧になった。
「シロー! かっこいい! 一角ネズミだ!」
 アナが目を輝かせて喜んだ。

 その輝く一角獣の鎧をまとったネズミは、神聖な覇気をまとっていた。
 シロは一角獣の鎧を手に入れた。

 シロはテーブルを走り回る。
──なんだこれ、体が軽い……。力があふれてくる。
 鎧を装着したシロは通常の十倍の力を得ていた。力を制御できていないのか、テーブルを蹴る足が少し滑る。

「それでこそ、メイ様のマスコットです」
 セバスがシロを称賛する。

 メイは少し不満そうな顔をしてセバスを見る。そして、
「シロは……私の……相棒……フフッ」
 メイは笑顔でシロを見て相棒と認定したのであった。

──お、俺、相棒でいいの? メイ! 有り難う!
 シロはマスコットから相棒に昇格した。

 シロは嬉しくなって、ついハイジャンプしてしまった。
 力強いジャンプで、シロの体はロケットの様に飛んでいく。
 だが、シロのジャンプ力は通常の十倍。天井までジャンプする。角が天井に突き刺さった。
──調子に……乗りすぎま……すた……。

 今日も迷いの森の館は平和だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女王直属女体拷問吏

那羽都レン
ファンタジー
女王直属女体拷問吏……それは女王直々の命を受けて、敵国のスパイや国内の不穏分子の女性に対して性的な拷問を行う役職だ。 異世界に転生し「相手の弱点が分かる」力を手に入れた青年セオドールは、その能力を活かして今日も囚われの身となった美少女達の女体の弱点をピンポイントに責め立てる。

この度めでたく番が現れまして離婚しました。

あかね
恋愛
番の習性がある獣人と契約婚をしていた鈴音(すずね)は、ある日離婚を申し渡される。番が現れたから離婚。予定通りである。しかし、そのまま叩き出されるには問題がある。旦那様、ちゃんと払うもん払ってください! そういったら現れたのは旦那様ではなく、離婚弁護士で。よし、搾れるだけ絞ってやる!と闘志に燃える鈴音と猫の話。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...