タライ落とし

マイきぃ

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タライ 六個目

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────7月21日(金曜日) 午後3時

 夏休みに入った。

 今日は、意識不明になった一樹の見舞いに行くことにした。今回は、様子見程度の見舞いだ。

 二日前まで、一樹はICUにいたのだが、最近、一般病棟に移されたらしい。意識がない以外は、どこも異常がないということだ。

 何度か、一樹の母親と連絡を取っていたので、大体の事情はつかめている。


 病院についた。僕は二階の病室へ向かう。部屋は二人部屋の病室だった。

 扉から向かって左側のベッドに、一樹の母親が寄り添うように座っていた。一樹は病室で、ぐすっすりと点滴を受けながら眠っていた。

「こんにちは。見舞いにきました」

「あ、正人さん。いつも一樹がお世話になってます」

「いえいえ、こちらこそ。あ、これ、栄養ドリンクです。飲んでください」

 僕は、うちの母親に持たされた1ダース入りの栄養ドリンクを一樹の母親に渡した。

「ほんと、気が利くねー、正人さんは」

「で、どうですか、一樹は」

「まだね、ずっとこのままなのよね……ずっと、このままなのかしら……」

 一樹の母親の表情が曇った……。

 あまり一樹のことは聞かない方が良さそうだ。

 僕は、一樹の顔をのぞく。一樹はとても幸せそうな笑顔で眠っていた。

 ──元気なことは元気なのか……意識……早く戻せよ、一樹……。

 ふと、中央の仕切りのカーテンが少し開いていたので僕は隣のベッドに目をやった。

 そこには、僕らと同じぐらいの年の女の子が、一樹と同じように点滴を受けて眠っていた。

「この隣の女の子は? もしかして、同じ症状ですか?」

「ああ、桜井さんですね。彼女も一樹と同じく、意識不明だそうです。なんでも、一樹の入院する一週間ぐらい前から入院していたみたい……」

「そうですか……」

 一樹……だけじゃないのか……。

 少しだけ、頭の中を嫌な考えがよぎった。

 ──まさかな……『黄金のタライ』が落ちてきて、そのせいで意識不明になったとか……。ああ、不謹慎だ……たしかにその可能性はあるかもしれないけど……ここでそれを聞く勇気は僕にはない。

 余計なことを話し前にここを出よう……。

「じゃあ、僕はこれで」

「またきてくださいね」

 僕は、病室を後にした。


────7月21日(金曜日) 午後3時19分

 病院のバス停で、僕はバスを待っていた。

 一人の母親が子供を二人連れてバスを待つ姿があった。

 その子供たちは『異世界転生ズ』ごっこをして遊んでいた。

「異世界トラックだよブッブー。ブッブー。あ、あぶなーい」(ハンドルを持つしぐさ)

「キャー! どかーん」(二人は衝突する)

(二人同時に倒れるふり)

「「異世界転生!」」(二人でポーズ)

「「ゴーン」」(タライが頭にぶつかったふり)

「「キャハハ! キャハハ!」」

 この子供たちにとっては、タライが落ちるまでが『異世界転生ズ』のネタのようだ。

 ──そんなことして、本当にタライが落ちてきても知らないぞ……。

 タライ……そう、『黄金のタライ』……。僕はこの時、そのタライに何かあるような……そんな気がしていた。
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