もし猫カフェのスタッフが猫と会話することができたら

マイきぃ

文字の大きさ
上 下
15 / 32
ショータイムなのニャ

第15話 説得なのニャ

しおりを挟む
 ボブは、洗面器の中から動こうとしません。
 しょうがないので、洗面器をゆっくり倒し、外に出します。
 すると、キャットスペースの角の方へと逃げて、また丸くなります。

「芸をするのは嫌なの?」
『おいらが、あんなことをやったら、きっと、足手まといになる。それで、みんなに迷惑をかけるのニャ~』

 ボブは、自信のない声でつぶやいていました。
 どうやら、自信を失っていたようです。
 何が原因で自信を失ったのかがわかれば対処できるのですが、今のところ不明です。

 わからないものは仕方ありません。
 なので、丸まっているボブの背中をさすりながら励ましてみることにしました。

「迷惑をかけるかどうかなんて、やってみなくちゃわからないよ」
『おいらが失敗したら……取り返しの付かないことになるのニャ~』

 ネガティブに物事を考えてしまっているようです。
 たしかに、ボブは、他の猫たちより運動神経が劣ります。
 それに加えて体重が7キログラムもあり、太っています。
 それを自覚しているせいで、引け目を感じてしまっているのかもしれません。

 説得できるかはわからないですが、話すだけ話してみようと思います。

「わたしはね、あなたたちには無理をお願いするかもしれないけれど、できないことは決してやらせたりはしません」
『本当に?』
「本当です。でもね、できることがあるのに、やらないのはもったいないと思うの。時間なんてあっという間に過ぎて、気がつけばもうお年寄り。生き物なんて、そんなもの。だからね、生きているうちに精一杯できることをするの。人生は一度きり、それは猫だって同じ」

 死んだ母の言葉の受け売りです。

『できる……こと?』
「たしかにボブは、走るのは遅いし、食べてばかりだし、いいところは一つもないように思えるけど、そうじゃないの。走るのが遅くても、力はあるでしょ。それに、太っているおかげで体はふわふわだし。そのふわふわでいつもうちに来てくれたお客様を癒やしてあげてるじゃない。猫にだって得手不得手はあって当然なの。もちろんわたしにだって……あるわ」

『あるの?』
「と……ともかく。今はなんでもできるように、基礎力をしっかりつけるの。そうすれば、安心して任せられるから」
『本当に?』
「ボブならやれます」

 ボブの目は、死んだ魚の目から生き生きとした目に変わりました。
 励ましてみるものです。

『じゃあ、おいらも体が半分になったりくっついたり、ナイフで刺されても平気だったり、瞬間移動できたりするのかな』
「それは無理だけど、大丈夫よ(どこからそんな発想が……)」

 そう言うとまた、目を輝かせ始めたボブは、しょんぼりとしてしまいました。
 難しい年ごろなのでしょうか。

 そういえば、公園でタマたちがおかしなことを言っていたのを思い出しました。
 今、ボブが話したことは、それと似ているような気がします。
 いったいこれは……。

 ………………………………!

 ……心当たりを見つけました。

「ちょっと待ってね」
『はいにゃ~』

 わたしは、奥の階段を上って部屋に戻りました。
 そして、すぐに昨日見ていた「にゃんこ大サーカス」のDVDをデッキに入れて再生し、最後の特典映像を視聴し始めます。

『どうしたんですか、マスター』

 まだ眠そうな顔のサクラが、わたしの布団からひょこっと出てきました。
 音を立ててしまったので、寝ている所を起こしてしまったようです。

 今回、サクラはショーには出せません。なので、自宅待機です。
 まだ、体が小さいこともありますし、お店の仕事は、まだ覚えることが沢山あります。
 仕事をしっかりこなせないうちに人気が出てしまっては、大変です。

「サクラも見る?」
『はい、見てみたいです』

 わたしは、サクラと一緒に特典映像の猫のマジックショーを見ました。
 そこでは、猫がギロチンにかけられたり、胴体が真っ二つになって、またくっついたり、猫が入った箱にナイフをいっぱい刺されたり、厳重に縛られた猫が、箱詰めされたあげく爆破され、瞬間移動で助かったりという、派手なマジックショーでした。

『これ……ちょっと怖い……』

 サクラは、それを見て怖がってしまいました。

「これは、トリックだから、本当に体が切断されたり、串刺しになったりはしてないのよ」
『そ……そうなんだ……よかった……』

 トリックのことを教えてあげると、サクラは安心しました。

 ──やはり、これを見たから……。

 猫たちにトラウマを植え付けたのは、他でもないこのわたしでした。
 注意が足りなかったようです。

 ですが、わたしの話を聞いていなかった猫たちも悪いです。
 そうです、わたしだけが悪いわけではありません。
 なので、わたしのミスはなかったことにします。

 キャットスペースにいるボブに、もう一度話しかけてみました。

「ボブ、DVDの最後の方にあったショーはやらないから安心してね」
『そ、そうなんだ……良かった! おいら、頑張れる気がするニャ~!』

 ボブは、今の一言でやる気を取り戻したようです。
 気が付けば、簡単な事でした。
 ですが、その些細なことに気付かなければ、大きな誤解を生んだままになっていたかもしれません。
 
 無事、ボブを公園に連れてくることができました。
 これで、演技の練習ができます。
 各自、役割を決め、動きを教えたら、あとは反復練習です。

「わたしも、鍛えなくっちゃ……」

 一応、わたしもとっておきの技を考えました。
 その技は、簡単にできますが、その代償として筋力を必要とします。
 ちょっと二の腕が太くなりそうで怖いのですが、筋力が欲しいので、腕立てや懸垂をして力をつけることにしました。

 そんなこんなで朝の特訓は続き、一週間後、公演準備が整いました。
 会場は、駅付近にある早苗のバイトしているペットショップの駐車場です。

 さあ、始めましょう。猫と人間の華麗なる幻想イリュージョン
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢
ファンタジー
ある朝、ギルドが崩壊していた。 ギルド戦での敗北から3日、アドラーの所属するギルドは崩壊した。 ごたごたの中で団長に就任したアドラーは、ギルドの再建を団の守り神から頼まれる。 団長になったアドラーは自分の力に気付く。 彼のスキルの本質は『指揮下の者だけ能力を倍増させる』ものだった。 守り神の猫娘、居場所のない混血エルフ、引きこもりの魔女、生まれたての竜姫、加勢するかつての仲間。 変わり者ばかりが集まるギルドは、何時しか大陸最強の戦闘集団になる。

その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
T-4ブルーインパルスとして生を受けた#725は専任整備士の青井翼に恋をした。彼の手の温もりが好き、その手が私に愛を教えてくれた。その手の温もりが私を人にした。 機械にだって心がある。引退を迎えて初めて知る青井への想い。 #725が引退した理由は作者の勝手な想像であり、退役後の扱いも全てフィクションです。 その後の二人で整備員を束ねている坂東三佐は、鏡野ゆう様の「今日も青空、イルカ日和」に出ておられます。お名前お借りしました。ご許可いただきありがとうございました。 ※小説化になろうにも投稿しております。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

処理中です...