もし猫カフェのスタッフが猫と会話することができたら

マイきぃ

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家出猫探しなのニャ

第12話 勝負なのニャ

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「なぜ、そんな高いお金を……(普通、シャム猫ぐらいなら2~30万あればいいのが手に入るのに)」
「わたしはね、気に入ったものは手に入れたい主義なの」

 これではっきりしました。富松めぐみは、なんでもお金で解決しようとする人です。
 お金の価値観が、わたしたちとは違います。

 そんな話を聞いていた父は、場違いな反応をします。

「おい、ほのか。いい条件なんじゃないか」
「お父さんは黙っててください!」
「あ……ああ……わかった……」

 怒鳴って父を黙らせます。
 もちろん、これはわたしの問題です。

「ロズ、ちょっと控室へきて」
『わかりましたのニャ~』

「まっ、ちゃんとついていくなんて、なんて頭のいい猫かしら。絶対に欲しくなってきたわ」

 この人の近くにいると、金の魔力でどうにかなってしまいそうです。
 ですが、これはロズの問題でもあります。
 個人の意思を尊重しなければなりません。

 控室に入りました。ロズの気持ちを聞き出そうと思います。

「ロズ、一つ聞きたいんだけど」
『なんですかニャ? マスター』
「ここの暮らしは満足してる?」
『不都合はないですニャ』
「そう。じゃあ、一つ聞くけど、もし、あのおばさんが、あなたを飼いたいっていったらどうする?」

『わたしにだって、マスターを選ぶ権利はありますのニャ』
「毎日の食事は高級猫缶だったら、どう?」
『たしかに、それはうれしいのですニャ。けれど、わたしはそんな食べ物よりもここの環境が気に入ってるのニャ』
「そう、わかったわ。そんなにここの地獄の生活を気に入ってくれてたなんて」
『慣れれば、そうでもないですニャ』

 猫は家につくという言葉がありますけど、こんな場所でも気に入ってもらえているということは、すごくうれしい事です。

 答えは決まりました。

「ロズは、渡せません」
「ええ~。うちのサクラじゃ釣り合わないのかしら。は~役に立たないわねこの子は」
「役に立たないって……」

 富松めぐみは、ゴミを見るような目でサクラを見下しています。
 物欲センサーで動物を飼ってしまっただけの人だったようです。

「しょうがないわ。わたしも今度はかわいいだけの猫じゃなくて、頭のいい猫を飼うことに決めたわ! サクラは、どこかへ捨ててしまおうかしら」
「それは、ひどくないですか? (せっかく捜索依頼までして見つかった猫なのに……どうして……)」

 完全に、猫たちを物としか見ていないということなのでしょうか。
 役に立たなければポイ捨て。こんな人がいるから野良猫が増えるんです。

「あらあら、この猫はわたしの猫ですよ。どうしようが私の勝手です」
「でも、それなら、うちで預からせてください」

「あなた、もしかして……なんだかんだ言っておきながら、サクラが欲しいのね。じゃあ、ロズをちょうだい。交換しましょっ」
「それは……」

 ややこしいことになってしまいました。
 富松めぐみは機嫌を損ね、八つ当たりするかのようにこちらをあおってきます。

「こんなところでは、ろくなものも食べてないでしょう、ロズちゃん。うちに来れば、おいしい食べ物をいっぱい食べさせてあげるわよ」
「ちゃんと、食べさせています!(おいしくはないですが……)」
「じゃあ、こうしましょう。わたしとあなたが自慢の猫缶を用意して、ロズとサクラにどちらかを選ばせる。もちろん、あなたが用意した猫缶を食べればあなたのもの。わたしの用意した猫缶を食べればわたしのもの。それなら、あなたがロズを手放さず、サクラを手に入れることも可能よ。どう? この勝負、受けてみない?」

「…………」

 ──これは罠……けれども、逆に考えれば……こちらに有利な条件!

 おそらく、これは何か考えあっての勝負です。
 ですが、富松めぐみはわたしの能力を知りません。
 なので、こちらにとっては猫と示し合わせて行動させるだけの簡単なお仕事です。
 これは、やらないわけにはいきません。

「いいでしょう。やらせていただきます」
「じゃあ、餌をもってくるように連絡を入れてくるわね。まっててね、ロ~ズちゃん」

 富松めぐみは、スマホを取り出し、店の外へ出ました。
 わたしは、この間を逃しませんでした。すぐにロズとサクラに口頭で伝えます。
 そして、自分の家の猫缶を開けて、サクラに見せました。

「ロズ、サクラ。よく聞いて。わたしは、この猫缶を出すわ。この猫缶はちょっと臭みの強い味気ないものだけど、わかりやすいはず」

 サクラにちょっとだけ臭いを嗅がせます。これを覚えてもらって本番で食べてもらえば大丈夫です。
 ロズは、毎日食べていますから、大丈夫でしょう。

『その、臭いのするものを食べればいいんですね。わかりました』
『いつも食べてるからわかりますニャ』

 黒塗りの高級車が店の前に止まりました。執事らしき姿の老人が車から降り、猫缶の入った袋を富松めぐみに渡します。
 準備ができました。さあ、勝負の時間です。

 猫缶を開け、皿に移します。
 右の皿はわたしの用意したもの、そして左の皿は富松めぐみの用意したもの。

 まずはサクラです。
 サクラが近づいた餌は……わたしの用意したものでした。
 ゆっくりと餌をほおばります。

「あら、サクラは自分の餌もわからないのね。まあしょうがないわ。サクラはあなたものもよ」
「いえいえ、ありがとうございます」

 次はロズです。
 ゆっくりと餌に近づきます。

『おいしそうですね~』
 
 よく見ると、ロズの目がうつろです。どうしたのでしょうか。
 吸い寄せられるように富松めぐみの用意した餌に近づいていきます。
 彼女の開けた缶のラベルを調べると、そこには「マタタビ粉末入り」という文字が書かれていました。

 ──しまった!

 マタタビ。それは、猫を酔わせて判断力を失わせる、誘惑の魔法薬。
 去勢をしていないロズにとっては、なおさら効果抜群です。

「いいわよ、ロ~ズちゃ~ん。おいで~、おいでぇ~」

 ロズは理性を保てないまま、餌に飛びつこうとします。

 ──その時でした。

 ベルの音とともに、店の扉が開き、外の風が入ってきます。

「こんにちは~。ほのか、おひさ~。一服していきたいんだけど、いいかな」

 店に入ってきたのは、トリマーの早苗でした。

 ロズは、そのベルの音にびっくりして正気を取り戻したようです。
 ついでに、部屋の中に入ってきた風が、マタタビの臭いを散らしてくれたおかげで臭いの影響下から逃れました。

 ロズは、わたしの用意した餌をほおばります。
 予定通りに事が進みました。
 けれども、もし早苗が来なかったら、おそらくロズは、マタタビの力に引き寄せられていたでしょう。
 超高級缶詰、恐るべしです。

「ロ……ロズちゃん……」

 富松めぐみの目には、自分の餌を食べようとしたロズが、途中で気が変わり、わたしの餌を食べたようにしか見えません。
 かなり自分の策に自信があったのでしょう。勝負に負けた悔しさが表情ににじみ出ていました。
 少々ずるい気もしますが、相手もマタタビを使っています。
 勝つために手段を選ばない姿勢は、わたしも富松めぐみも同じだったのです。

「わたしの勝ちです。約束通り、サクラとロズはうちの猫です!」
「負けですわ。悔しいけど、これは勝負です。でも、次は勝ちますわ」

 富松めぐみは、あっさりと負けを認めました。
(でも……次って……何?)

「今度は、客としてくるから、サクラもちゃんと育ててちょうだいね。また来るわね~ロ~ズちゃん」

 そう言って、富松めぐみは店を出ました。
 客として来るのなら構わないですが……とにかく、要注意人物です。
 来客時は注意するに越したことはありません。

 こうして、ロズは魔の手を逃れ、サクラは迷える猫たちの楽園「猫カフェ・キャットムーン」の一員になったのでした。
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