上 下
4 / 4

4

しおりを挟む
「改めて実感できた。僕は貴方を愛している。セリアン」
 私の体を抱きしめ、殿下が幸せそうに仰った。
「貴方をメリドールに連れて帰って、私の妃にしたい。一緒に来てくれ、僕は浪費がやめられない婚約者とちょうど別れたばかりだ。あの時はちょっと落ち込んだけど、それも貴方に出会うための運命だったんだな。結婚しよう、セリアン殿」
 ……あ、あれ、殿下の頭、治って……ない……?
 愕然とした私は、殿下の腕から抜け出し、離れた位置から美しい顔を見つめた。
 正気に見えるけど、おかしいまんまなんだこの方。
 ちゃんと最後まで性欲を処理して差し上げたのに。
 もしかして今のじゃダメなの?
 どうしよう。どうしよう……頑張ってしたのに、上手く行かなかったなんて。 
 絶望のあまり、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
 大変なことになってしまった。ヒヨッコ治療士の私が思いつきで使った魔法のせいで。私は、命を助けてあげようと思っただけなのに。
「……っ、私、私……ちゃんと、抜い……た……の……に」
 私はあまりの衝撃に、しゃくりあげながら拳で顔を拭った。
 その時、殿下がひょいと起き上がり、泣いている私を力いっぱい抱きしめて仰った。
「怒っているのか」
 いえ、そうじゃないんですが。
 ブルブル震える私を抱いたまま、殿下が続けた。
「泣かれて当たり前だな。僕ときたら君に突然こんな淫らな真似をして……許してくれ。今夜のことは一生かけて償う」
 何の話だ。早く、早く元に戻って頼むから。
「愛してる……本当に愛してる、君は何て美しいんだ」
 再びがばっと押し倒され、復活した屹立の感触に私は愕然として目を見開いた。
「あ、あの……あの?」
 熱烈なくちづけを体中に受け、私はくすぐったくて思わず殿下にしがみつく。 
「愛してるよ、セリアン、一生離さない」
 私の身体を組み敷いた殿下が、かすれた声で私に囁きかけた。大きな手のひらが熱を帯び、私の肌の上をゆっくりと這い始める。
 今夜は朝まで泣かされるのかも。そう悟り、私は諦めて目を閉ざす。
 ああ、早く殿下の頭が治りますように。体を巧みな指で弄ばれ、甘ったるい声を上げながら、私は心の中でそう祈りを捧げた。
 魔法のせいなら、数ヶ月経てば勝手に治るはずなんだけど……。
  
  


 思えば、殿下と結ばれたあの日から、長い時間が経ったものだ。
 殿下に攫われるようにしてメリドールに連れてこられた平凡な私も、今では一児の母親である。
 甘え泣きする娘をあやしつつ、私はしみじみと思う。
 夫となった殿下は、初めて会った日から変わらず、一途で情熱的で誠実で、お優しいなって。
 今日は、久しぶりの夫の休暇を家族で楽しむことができる、平和な昼下がりだ。
 赤ん坊の娘に読み聞かせると言って、古い絵本をしきりに探している夫の様子を見ながら、私はふと考えた。
 ただの治療士が、王子様の妻になるなんて夢物語みたいだ。
 こんな風になったきっかけは、やっぱり私のせいだと思う。
 嫁いできた初めの夜、私は罪悪感に心折れてしまい、殿下に正直に告白したのだ。
『私の魔法が失敗したせいで、殿下は私に性欲を抱いたんです、魔法のせいで私が欲しくなっただけなんです。多分殿下のお気持ちは愛とか恋じゃなかったんです』と。
 さすが自他共に認めるコミュ障なだけあって、言うタイミングが遅すぎたと自分でも思う。
 しかし、その決死の告白は、当の殿下に強く否定されてしまった。
『命の恩人に惚れて何が悪い。僕は本気で貴方が好きだ。魔法なんか関係ない』
 それが、殿下の答えだった。
 以降も、この話になると夫は毎回、照れ隠しのように強い口調で言う。
『僕達がこうなったきっかけなんてなんでもいいんだ。今こうして幸せなのだから、それで良いではないか』
 真っ赤になって言い張る殿下の様子を見ていると、やっぱり私の魔法は、若干彼に対して『悪さ』をしていたのではないか……彼は得体のしれない欲望に突き動かされ、わけも分からず私を求めてやってきたのでは、と疑わずにはいられない。っていうかほぼそれで正解だろう、多分。
 でも、考えてみれば彼の言うとおりだ。
 今が幸せだからそれでいいではないか。この幸せの発端が、私の間抜けな失敗であったとしても、気にする必要なんてないのだ。
 それに魔法の効果なんか、どんなに高度なものであっても数ヶ月で切れる。今私達の間にあるのは、本物の信頼とか家族愛とか、そういうものなんだって確信できる。
 私は笑顔を浮かべ、泣き止んでニコニコしている娘をあやしながら、夫の背中に声を掛けた。
「殿下、絵本は後で一緒に探します! そろそろお茶にいたしましょう」
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

もう2度と関わりたくなかった

鳴宮鶉子
恋愛
もう2度と関わりたくなかった

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...