8 / 18
8
しおりを挟む
ゲオルグは腕のいい武器屋と交渉して、近距離で使わねばならない代わりに今までよりも太く威力のある矢を魔蟲に打ち込む装置を作ってもらったり、魔法を使える若者を対策班に勧誘して、後衛として鍛えてきたりした。
王宮の魔導師たちに交渉して、打ち込む矢に、古代の魔法書から見出されたという『魔蟲殺シ』の術を込めてもらったりもした。
どうやら禁呪にちかい性質をもつ『魔蟲殺シ』の術は、大きく術士の力を損なうらしく、一年に一度くらいしか行使できないのだという。
今、ゲオルグの手元にある『魔蟲殺シ』の矢は、希少品だった。
ここまで備えても、いざとなったらどうにもならないかもしれない。『古い種族』が出てきたら、勝てないかもしれない。だが……貪り食われて死ぬ人間をぼんやり見ていることはゲオルグにはできなかった。班長の死に様を見て、選べた道は二つだ。怯えて逃げ出すか、自分が強くなり、彼の犠牲に報いる事を選ぶか。ゲオルグは、逃げたくなかった。自分の強さに自負があった。男として戦士としての道を選びたかったのだ。たとえ病に負けたとしても、最後まで男で、戦士でありたかったのに……
――本当に、余計な真似しやがってよ、この変態色男。
しゅんとした子犬のようなリージェンスをひと睨みし、ゲオルグは再びぷいっと顔を背けた。
ゲオルグが育てた部下の中でも、リージェンスの実力は突出していた。魔術師としても狩人としても誰より才能がある若者、ただし、戦い方が投げやりすぎる。それがゲオルグのリージェンスに対する評価だった。
「……行ってきます」
思わず『気をつけていけよ』と言いかけて、ゲオルグは慌てて唇を噛み締めた。なんで強姦魔を慰労してやらねばならないんだ、葛藤しつつ、ゲオルグは小さい声で言った。
「季節も季節だ、どんな魔蟲が出るか分からねえからな。油断するな。俺の班長が十五年前に殺った古い種族は雌だった。卵を産んでたかも知れねえからな……」
ゲオルグは知っている。魔蟲と対峙すれば、死ぬ可能性があることを、誰よりも良く、残酷な形で何度も教えられている。
忠告は出来るときにしなければ、後悔するのだ。たとえ相手がクソみたいな自己中な理由で自分を『女』に変えた変態であってもだ。
「分かっています。貴方に何度も言われていますから」
リージェンスが優しい声で言って、踵を返して家から出ていった。
――何故あんなクズ野郎に優しくせねばならんのだ。畜生。ああ……胸が揺れて邪魔くせえ! クソッ、洗濯が終わったらおっぱい触ろう。
ゲオルグは自分の家からリージェンスが出ていくのを横目で見送り、破瓜の痕が残るシーツをベッドから思い切り引き剥がした。
昨夜散々こぼれた汗の匂いがシーツから立ち上る。リージェンスに与えられた『屈辱』が蘇り、ゲオルグの体の芯がじんと疼く。
――クソ! 俺はイカされてねえからな……あの野郎、覚えていやがれ……!
王宮の魔導師たちに交渉して、打ち込む矢に、古代の魔法書から見出されたという『魔蟲殺シ』の術を込めてもらったりもした。
どうやら禁呪にちかい性質をもつ『魔蟲殺シ』の術は、大きく術士の力を損なうらしく、一年に一度くらいしか行使できないのだという。
今、ゲオルグの手元にある『魔蟲殺シ』の矢は、希少品だった。
ここまで備えても、いざとなったらどうにもならないかもしれない。『古い種族』が出てきたら、勝てないかもしれない。だが……貪り食われて死ぬ人間をぼんやり見ていることはゲオルグにはできなかった。班長の死に様を見て、選べた道は二つだ。怯えて逃げ出すか、自分が強くなり、彼の犠牲に報いる事を選ぶか。ゲオルグは、逃げたくなかった。自分の強さに自負があった。男として戦士としての道を選びたかったのだ。たとえ病に負けたとしても、最後まで男で、戦士でありたかったのに……
――本当に、余計な真似しやがってよ、この変態色男。
しゅんとした子犬のようなリージェンスをひと睨みし、ゲオルグは再びぷいっと顔を背けた。
ゲオルグが育てた部下の中でも、リージェンスの実力は突出していた。魔術師としても狩人としても誰より才能がある若者、ただし、戦い方が投げやりすぎる。それがゲオルグのリージェンスに対する評価だった。
「……行ってきます」
思わず『気をつけていけよ』と言いかけて、ゲオルグは慌てて唇を噛み締めた。なんで強姦魔を慰労してやらねばならないんだ、葛藤しつつ、ゲオルグは小さい声で言った。
「季節も季節だ、どんな魔蟲が出るか分からねえからな。油断するな。俺の班長が十五年前に殺った古い種族は雌だった。卵を産んでたかも知れねえからな……」
ゲオルグは知っている。魔蟲と対峙すれば、死ぬ可能性があることを、誰よりも良く、残酷な形で何度も教えられている。
忠告は出来るときにしなければ、後悔するのだ。たとえ相手がクソみたいな自己中な理由で自分を『女』に変えた変態であってもだ。
「分かっています。貴方に何度も言われていますから」
リージェンスが優しい声で言って、踵を返して家から出ていった。
――何故あんなクズ野郎に優しくせねばならんのだ。畜生。ああ……胸が揺れて邪魔くせえ! クソッ、洗濯が終わったらおっぱい触ろう。
ゲオルグは自分の家からリージェンスが出ていくのを横目で見送り、破瓜の痕が残るシーツをベッドから思い切り引き剥がした。
昨夜散々こぼれた汗の匂いがシーツから立ち上る。リージェンスに与えられた『屈辱』が蘇り、ゲオルグの体の芯がじんと疼く。
――クソ! 俺はイカされてねえからな……あの野郎、覚えていやがれ……!
10
2020/2/20まで、毎日7:00と19:00にアップします。全話予約投稿済みです。よろしくお願いいたします。
お気に入りに追加
335
あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

束縛婚
水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。
清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる