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1巻
1-2
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離婚を切り出されてから数日、その話題には触れない日々が続いた。
気まずい空気を払拭するために明るく振る舞いたいのだが、話をすれば、いつ正式に離婚するかの話題になるかもしれない。それを避けたくて、自然と口が重くなってしまう。
雪人も妙にぼんやりしていて、春花の話に生返事をするだけだ。
――雪人さんってば、最近は毎晩お酒飲んで帰ってくるし……どうしたんだろう。今までは滅多にそんなことなかったのに。
春花と雪人は実質的には夫婦ではないので、この一年間、ただの同居人として暮らしてきた。
二人で淡々と朝食をとり、予定が合えば夕食も一緒に食べる。
春花がこの家に住まわせてもらう代わりに、家事をできるだけ担う。それだけの関係だ。
お風呂も寝室も二つずつあるこの家では、二人の共用部分は広いリビングルームだけ。
春花は雪人の寝室に入ったことはないし、彼が春花の部屋に来たこともない。暗黙のルールで、お互いの領分を侵さないように暮らしてきたのだ。
――だから、私がしようとしていることは、ルール違反……
雪人より早く帰ってきた夜、春花は身支度を整え、勇気を振り絞ってそっと雪人の寝室のドアを開けた。
――勝手に入ったら、きっと嫌がるよね……
不機嫌な雪人の顔を想像した瞬間、足がすくんでしまった。
だがすぐに『自分にはもう、あとがないのだ』と思い直す。
どうせ振られるのであれば、死に物狂いになってから振られたい。
もう二度とこの恋が叶う日は来ないのだと納得して、彼のもとを去りたいのだ。
だから、今夜彼に告白してみる。
『雪人さんの本当の奥さんにしてください』と。
おそらく雪人は、春花のこの申し出をきっぱりと拒むだろう。
何しろ彼にとっては春花は子ども。それも、友人の娘でしかないのだ。
それならば、雪人の口から『君のことは絶対に抱かない、女性として見られない』とはっきり言われたい。このじくじくと膿んでいる恋心に引導を渡してほしい。
――そこまできっぱり振られたら、私、きっと雪人さんを諦められる。うん、多分きっと……諦められる……よね?
そう思い、春花は唇をかんだ。
訪れた雪人の部屋は、ひどく殺風景だった。
ベッドに机と椅子、それから難しい本が詰め込まれた本棚があるだけ。椅子の背には、ルームウェアのカーディガンが投げ出されている。
ふと、春花の鼻先を、爽やかな匂いがくすぐった。春花の大好きな、雪人の匂いだ。
――そういえば、雪人さんっていい匂いがするんだよなぁ。カーディガンに香水とかつけてるのかな?
思わず手を伸ばしカーディガンを抱きしめたとき、遠くで玄関の開く音がした。
春花はカーディガンを抱いたまま、部屋の中を右往左往する。
――か、帰ってきちゃった! どうしよう!
急激に後悔が押し寄せる。
思い詰めた末の行動とはいえ、やっぱり、部屋に勝手に入るなんてよくなかった。慌ててそこから出ようとしたが、すでに足音は近づいている。
手遅れだ。
――うう……怒られる……!
春花がカーディガンを抱きしめたまま身をすくめた瞬間、部屋の扉が開いた。
「……びっくりした。何してるんだ」
コートとバッグを手に、雪人が目を丸くしている。かすかに漂ってくる煙草とお酒の匂い。今日もまたどこかのバーに寄ってきたのだろうか。
彼の目線は、春花が抱きしめているカーディガンに注がれていた。
「ご、ごめんなさい!」
雪人の姿を見た瞬間、先ほどまでの勇気は吹っ飛んでしまった。
春花は半泣きになりながら、慌てて言いつのった。
「わ、私、お嫁さんにしてもらおうと思って……あの……」
パニック状態で口にした直後、さっと我に返って頭に血が昇った。耳も顔も熱くてたまらない。
――な、なにを馬鹿なことを言ってるの……。唐突すぎるでしょう?
「もう嫁だと思うが」
予想通りのクールな返事が返ってきた。
雪人は肩をすくめ、バッグを椅子の上に置く。それからコートと背広をハンガーに掛け、クローゼットに押し込んだ。
「それ、着るから貸しなさい」
春花は我に返り、抱きしめていたカーディガンを震える手で差し出す。
「……俺の部屋で何をしていたんだ」
呆れたような口調だった。答えられず、春花は唇をかみしめる。
「ゆ、雪人さんが帰ってくるのを待ってた」
勇気を振り絞ってそう答えたが、雪人の反応はなかった。
「私は、あの、私は、雪人さんが好きだから、ちゃんと本物の奥さんにしてほしかっ……」
話が上手くまとまらず、だんだん惨めになってくる。
雪人からは、相も変わらず冷静な気配しか伝わってこない。
「どういう意味だ」
「あ、あの……き、キスとか……してほしかっ……」
抱いてくれ、なんていう勇気はやっぱり出てこなかった。
恐ろしくて足が震える。そんな春花に、雪人が追い打ちを掛けるように言った。
「……馬鹿馬鹿しい」
雪人が背を向けて部屋を出て行こうとする。
春花ははじかれたように、雪人の背中に飛びついた。
「待って!」
足を止めた雪人に、春花は必死に言いつのる。
「私、本当に雪人さんが好きなの。好きだからまだ一緒にいたいの!」
「俺は、君の保護者だ。君は依存を恋だと錯覚しているだけだ、冷静になりなさい」
雪人の他人行儀な言葉に、かあっと頭に血が昇った。
「違う!」
自分でも驚くくらいの声で、春花は雪人の言葉を遮った。
「子ども扱いされるの、もう嫌なの!」
雪人が驚いたように振り返る。長い髪をぐしゃぐしゃに振り乱して、春花は言った。
「私、成人式に出たんだよ。着物買ってくれたんだから覚えてるでしょ? 今はもう、お金だって頑張って稼げてるし。これからもちゃんと働いていく。だから、子ども扱いしないで!」
その言葉に、雪人が眉根を寄せた。
彼の表情は、怒っているというよりは、痛みをこらえているように見える。
「……そんなことを平気で言うから、君は子どもなんだ」
春花は雪人をにらみつけて、精一杯迫力のある声で言い返す。
「子どもじゃない。私、ちゃんと雪人さんの奥さんにしてほしいの。だって好きだから。それがだめなら、今すぐ出ていく。好きな人に振られたら、一緒にいるのは辛い。だからそのときは、ちゃんといなくなるから」
雪人が、かすかに口元をゆがめた。
「たとえ相手が俺であっても……男に、気軽に好きだとか言わない方がいい。君は、男のことなんか何もわかっていないんだ」
やはり雪人は揺らがない。
春花のことは、選んでくれない……
そう実感した瞬間、春花はカッとなって言い返していた。
「そんなことない。私だってちゃんと知ってる。……だって男の先輩が会社にはいっぱいいるし」
言ってから、虚勢を張りすぎたと後悔する。
正直に言えば、春花は男性とまともに交際した経験などない。手もつないだことがないくらいだ。
緩やかに弱っていく父との暮らしに精一杯で、男の子にかまける時間など、春花にはなかったから……
「……何を知ってるんだ?」
そう言った雪人の様子がいつもと違うことに、うつむいていた春花は気がつかなかった。だから、そのままの勢いで続けてしまう。
「私、雪人さんが思ってるほど子どもじゃない。けっこう色々知ってるんだから! 会社の先輩とかと遊んだときに覚えたし」
春花は顔を上げ、酒の席で先輩たちが交わす他愛のない下ネタを思い浮かべながら答えた。
先輩たちはいわゆる理系男子が多く、大体が穏やかで優しい。だから下ネタも女子社員に配慮してあまり言わないのだが、それでもたまには耳にすることもある。そういうことをちらっと聞いているから、春花とて完全に無知というわけではないのだ。
「そうか」
雪人が薄笑いを浮かべ、春花の身体を壁に押しつけた。
――え?
突然の乱暴な仕草に、春花は驚いて目を見張る。
近くに雪人の顔が迫っていた。
「それは聞き捨てならないな、何を覚えたんだ、春花」
何が起きたのかわからず目を丸くする春花に、雪人が言う。
彼の視線はいつもと同じで冷たいままだが、絡みつくように春花を見据えている。
「だ、だから、男の人のこと……を……」
雪人の視線に動揺し、春花は小さな声で答えた。
酔っ払った真っ赤な顔で『三十過ぎると毎晩はエッチできない!』と言って周囲の爆笑を誘っていた新婚の先輩や、『徹夜続きで疲れすぎると、逆に朝勃ちがすごくて焦る』と言っていた同僚の男性。彼らの話を思い出し、急激に恥ずかしくなってしまう。
――ちょっ……! こんなのを雪人さんに言うの……? 無理!
春花は頬を染めて、ぷいと顔をそらした。
「べ、べつに、一般常識的なことだけど」
「ふうん、それは……腹立たしいな」
雪人が、ほとんど聞こえないくらいの声で呟いた。
――ん? 雪人さん、今なんて言ったんだろう?
雪人に視線を戻すと、彼が切れ長の目をすっと細めた。
「じゃあ、どれだけ子どもじゃなくなったのか、保護者の俺に報告してもらおうか。君の言う『男と遊んで覚えた一般常識』とやらを俺にも教えてくれ」
雪人の手が、春花の顎をくいと上向かせる。
何を、と尋ねる間もなく、春花の唇が雪人の唇で塞がれた。
――え……っ?
キスされている、と理解したのは、数秒経ってからのことだった。
目を丸くしたままの春花の腰が、雪人の腕でぐいと引き寄せられる。
たくましい胸に抱きすくめられ、春花は硬直した。こんなふうに抱きしめられて、キスされたのなんて、生まれて初めてだ。どうしていいのかわからず、春花は慌てて雪人の胸を押しのけようとする。
だが、春花の力では、彼の身体は揺らぎもしなかった。
キスをされたまま、春花はぎゅっと目をつぶる。うっすらとお酒の味のする舌が、春花の唇を割って入ってきた。
「……っ?」
驚きのあまり、思わず声を漏らしてしまう。
雪人が顔を傾けると同時に、春花の舌先が雪人のそれでツッと舐められた。
繰り返し舌先をつつかれて、春花の身体が抑えようもなく火照り始める。
肩で息をしながら、春花は必死で雪人の様子をうかがおうとした。
雪人の顔が、ゆっくり離れる。
彼は笑っていなかった。
何の感情も浮かんでいない目で、春花をじっと見つめている。
「なんでそんなに驚いた顔をするんだ。会社の先輩とやらに習ったんじゃないのか。さすがに、このくらいのことはもう知っているんだろう? 俺にキスをしろと言ったのは君なのに、なぜそんなにびっくりした顔をする?」
なぜ彼は、急にこんな真似をするのだろう……。動転して、思わず反論してしまう。
「ち、違……こんなの、習ってな……っ!」
今のは、ファーストキスだ。二十一にもなって奥手すぎる……と笑われるかもしれないが、子どもの頃に父がほっぺにキスしてくれた以外、こんな経験はない。
自分に対して無関心だった『保護者』に突然キスされた衝撃で、頭が真っ白だ。嬉しい嬉しくない以前に、驚きすぎて言葉も出ない。
ふと気づけば、膝がかたかたと震えていた。
そのくらい、雪人のキスは激しくて怖かったのだ。
「では、何を習ったんだ。俺に教えてくれ。君はもうなんでも知っているんだろう?」
低い声で言った雪人が、再び春花の唇を奪う。
壁に押しつけられているので、これ以上後ろに下がれない。カタカタと膝頭を震わせながら、春花はただそのキスを受け止めた。
確かに、キスをしてくれと言ったのは自分だ。
けれど、想像していたよりも雪人のキスが激しくて、怖い……というか、重い……というか、上手く言葉にならない。
心臓がドキドキし過ぎて、息が苦しくなってきた。
ゆっくりと唇を離した雪人が、春花の顔を両手で包んだまま尋ねる。
「俺に言ってみなさい、何を教えてもらったのか。……答えによっては許せないかもな」
低い声で問われ、春花は子犬のようにぷるぷる震えながら口を開いた。
「せ、先輩は、新婚さんだけど、三十過ぎたら毎日エッチできないって……あ、あと、別の先輩は……徹夜続きだと、あ、朝、元気になって不思議だって……」
言っているうちに羞恥で頭が爆発しそうになる。
きっと今、春花の顔はゆでだこよりも真っ赤に違いない。
無表情だった雪人が、徐々に怪訝な顔になる。
――こ、こんなの言わされるの、恥ずかし……っ。
見る見る泣きそうな顔になる春花がおかしかったのか、雪人は薄い笑みを浮かべた。
「……本当にそんなことを習ったのか?」
顔の近さにドギマギしつつ、春花は視線をそらして小さな声で答える。
「そ、そう……。飲み会で皆が話していて」
「ふうん、そうか。全く君には驚かされる。あまり焦らせないでくれ」
雪人はそう言って、目を伏せて小さく息を吐く。
「だ、だから、だから……子ども扱いはやめて……」
春花が蚊の鳴くような声で念押しした刹那、雪人が春花の腕を引いて大股に歩き出した。
「きゃっ!」
驚く春花の身体を軽々と抱えて、ベッドの上に投げ出す。
「そう、じゃあお望み通り、子ども扱いは今からやめようか」
ベッドに転がされたまま呆然としている春花に、雪人が静かな、しかしはっきりとした口調で告げた。
そして春花を見下ろしたまま、雪人が長い指でネクタイを解き始める。
「まずは、自分が何を知らないのかくらい、知っておいてくれ」
ネクタイを放り出した雪人が、スプリングをきしませてベッドに乗り、春花の身体にゆっくりと覆い被さってきた。
「他の男に妙なことをされたのかと思って、腹が立って仕方がなかった。何でこんなに腹が立つんだろうな……本当に、最近、自分が制御できなくて困る」
「な、何、どうしたの……」
春花は、間近に迫った雪人に尋ねた。心臓がドキドキし過ぎて、苦しいくらいだ。
雪人の感じがいつもと違う。いつもはもっと距離があって冷たくて……春花をこんな焼けつくような目で見たりはしない。
なのに今の雪人からは、ひりひりした苛立ちのようなものを感じる。
本能的に、彼の側から逃げたくなってきた。
今から食べられる小動物ってこんな気持ちなのだろうか。春花は反射的に、そんなことを考えた。
「雪人さ……ん、く……っ」
ベッドに組み伏せられ口づけをされた瞬間、春花の身体の芯にじんとした疼きが走った。
思わず両足を閉じ合わせた春花の口に、雪人の舌が割り込んでくる。
「っ……う……」
身体中がむずむずして、恥ずかしくて、身体をよじった。ベッドがきしみ、雪人の膝が春花のぎゅっと閉じた両膝を強引に開かせる。
反射的に、転がっていた枕を握りしめた。
唇に雪人の熱い吐息を感じ、春花の身体が火照り始める。
身体の奥のむずむずした感じが強くなってきて、春花はたまらず小さく声を漏らした。
「ん……!」
自分の喉から出た妙に甘ったるい声にぎょっとする。
恥ずかしくてどうしようもなくなり、目から涙がにじんできた。
雪人がゆっくりと唇を離し、春花の顔をのぞき込んで、唇を弓の形に釣り上げる。
「そんな声も出せるんだな」
「え、何? どんな声……っ……ああ……っ!」
スカートから忍び込んだ手が、春花の内股をつうっと撫でる。
雪人と自分がこんなことをしているなんて信じられない。自分で誘っておいてなんだが、まさか現実になるとは思わなかったのだ。
涙ぐむ春花の太腿が、雪人の指先で何度も撫でられる。春花はストッキングをはくのが嫌いなため、スカートのときはいつもハイソックスでごまかしていた。だけどこの場合、それが裏目に出たようだ。素肌を晒すことの無防備さを実感させられる。
「や、やめて、恥ずかしい、やっぱり……っ」
「ん? 『奥さんにしてほしい』んじゃなかったのか」
どうやら雪人はちゃんと話を聞いていたようだ。あまりの羞恥に唇を震わせる春花に、続けて言う。
「なぜ嫌がる? 望み通りのことを全部してやると言っているのに」
「で、でも、でも、わたし……っ」
心の準備が、できているつもりでいて、全くできていなかった。
まさか本当にこんなことをされるなんて思っていなかったのだ。
子ども扱いされて、断られて、一人家を出る準備をしながらメソメソするはずだったのに……
「あの、ごめんなさい、恥ずかしいから今日はいい……っ、こ、今度、来週とかで」
情けないことを訴える春花に、雪人が薄く笑ったまま告げた。
「まず一つ目、覚えておけ。ここまで来て止められる男なんていない」
春花の伸びきったセーターをぐいとまくり上げ、雪人が片眉を上げる。
「……面白いものを着てるんだな。色気はないが、まあ、春花らしいか」
彼はしばらく考えていた様子だったが、ほどなくしてキャミソールとブラが一体化した下着を、勢いよく胸の上まで引っ張り上げた。
「きゃあっ!」
今度こそ春花は悲鳴を上げた。
むき出しの乳房が夜の空気に触れ、先端がきゅっと硬くしまったのがわかる。
雪人の視線を感じ、春花は必死で抵抗した。
「み、見ちゃだめっ! ……やだぁ……っ!」
混乱する春花の乳房の先端に、雪人の唇が落ちてきた。
「あぁ……っ!」
軽い音を立ててそこを吸われ、思わずのけぞってしまう。
「あ……だめ……いや……っ……」
必死で腕を突っ張って抵抗するが、雪人を押しのけるには力が足りなかった。乳嘴に刺激を感じるたびに身体が熱くなる。
「は……あ……っ」
雪人が膨らみから顔を離し、春花の唇に貪るようなキスを降らせた。
春花はされるがままに、そのキスを受け止める。
頭の芯がぼんやりして、何も考えられなくなってきた。雪人の片手がもう一度スカートの中に伸び、春花のショーツをゆっくりと引きずり下ろす。
今更ながら、春花は自分がこんなときにどう振る舞えばいいのか、全くわかっていないことに気づいた。
――わ、私も何かした方がいいの? どうしよう、どうしよう……!
戸惑う春花の足から下着が引き抜かれる。
――だ、抱きついて、いいのかな……?
春花はぎゅっと目をつぶり、思い切って雪人の背中に腕を回してみた。
硬くて広い背中の感触に、春花の身体の芯がぞくりと震える。初めて知る男性の身体のたくましさに、春花の胸が激しく高鳴った。
その瞬間だった。
「いやぁっ!」
あり得ない感触に、春花の唇から悲鳴が漏れる。
雪人が茂みの奥の濡れた裂け目に触れたからだ。
「何? だめ、だめぇ……っ……」
こんなところに触られるなんて信じられなかった。だが、のし掛かられているうえ、巧みに動きを封じられていて、彼の行為に抗うことができない。
雪人の指先が、焦らすように何度も茂みの中を行き来する。触れられた粘膜が、春花の意思とは裏腹に、幾度も小さく収縮した。
「あ……あぁ……っ」
指での愛撫に、下腹の奥が強く疼く。思わず身体をくねらせた春花の耳に、雪人が囁きかけた。
「可愛いな、こんなに濡らして」
笑いを含んだその声には、明らかな情欲がにじんでいる。低い声が耳朶を震わせた瞬間、春花の蜜窟の奥から、じわりとぬるい雫がにじんだ。
開かれた足の中心で、閉じ合わされた襞のあわいがひくりと震える。
その場所が、雪人の指先で触れられるたびに、意思ある花びらのようにピクピクと蠢いてしまう。
春花の身体の反応に満足したのか、雪人の指がつぷ、と音を立てて蕩けた泉に沈んだ。
「……っ、ひっ」
信じられない行為に、春花は必死で声を殺して耐える。
雪人の指が、浅い部分をくるりとひと撫でした。
その動きだけで、春花のその部分はきゅっと窄まって、彼の指先をくわえ込んでしまった。
「いい反応だ」
雪人はそう呟くと、さらなる深みに指を進めた。
突然開かれた花襞が、異物の侵入を拒むようにびくびくと蠕動する。
「だめ……ゆび……だめ……ああ……っ」
息を弾ませる春花の身体が、再びビクンと跳ね上がる。
雪人の指はぬるついた蜜を纏い、緩やかに春花の中を行き来した。
「あぁ、雪人さん……っ、これ、だめ……ぇ……」
気づけば、春花は雪人の背中に縋りついていた。
あられもない格好で彼の指をきゅっとくわえ込み、腰を浮かせて息を乱している。
「抜いて、お願い、手が汚れ……ん……っ!」
春花は半泣きになって懇願した。
耳元で響く雪人の呼吸が、かすかに苦しげに曇る。
抵抗など許さないと言わんばかりに、雪人が春花の唇を再び塞ぐ。
もう、何も考えられなかった。秘部を指先で弄ばれ、舌先を舐られて、身体の力がまるで入らない。
「ん……ふ……っ……ぅ……」
春花の目尻から、涙が一筋伝い落ちた。
怖いのに気持ちがよくて、わけがわからない。身体中が溶けてぐにゃぐにゃになってしまったように感じる。
「ぅ、んっ……」
キスされたまま、春花は指の快楽から逃れようと、懸命に腰を揺らした。
だが、そんな抵抗は無駄だった。一度するりと抜けた指が二本に増えて、さらに春花の隘路をこじ開ける。
「んー……っ!」
雪人の指を呑み込んだ蜜窟が、春花の意思とは裏腹にぎゅうっと収縮した。
「……嫌か?」
ふと、唇を離した雪人がそんなことを呟く。我に返った春花は、慌てて首を振った。
嫌ではない。こんな行為は初めてで、どうやって受け止めていいのかわからないだけだ。だが、それをどう言葉にしていいのかわからない。
「え、あ……嫌じゃ……ない……」
かすれた声でそれだけ答えた刹那、中を満たしていた雪人の指が、ずるりと音を立てて抜かれた。
「あ……!」
その刺激だけで、春花の不慣れな身体がひくりと震える。
足の間に陣取っていた雪人が、身体を起こした。
「……今日はやめよう。取り返しのつかないことをしそうだ」
雪人が苦しげにそう言い、ぬらりと濡れた指を一瞥してため息をついた。
どうしたのだろう、と春花はぼんやり彼を見上げたが、すぐに我に返り、めくり上げられたキャミソールとセーターを直した。
「なんでやめるの?」
先ほどまで散々弄ばれていた身体が重くて仕方がない。
だが春花は気合いで起き上がり、雪人のシャツの袖を引っ張って尋ねた。
「私、変なことした?」
「いや、違う。俺がおかしいだけだ」
雪人が、春花の目を見ずに低い声で呟く。
「どうして? 私は平気だから」
振り向いた雪人が、かすかに目を細めた。
「俺は、どうかしていたんだ。先生から預かった君に、俺は何を……」
雪人の額にうっすら汗が浮いている。あまり顔色もよくない。
気まずい空気を払拭するために明るく振る舞いたいのだが、話をすれば、いつ正式に離婚するかの話題になるかもしれない。それを避けたくて、自然と口が重くなってしまう。
雪人も妙にぼんやりしていて、春花の話に生返事をするだけだ。
――雪人さんってば、最近は毎晩お酒飲んで帰ってくるし……どうしたんだろう。今までは滅多にそんなことなかったのに。
春花と雪人は実質的には夫婦ではないので、この一年間、ただの同居人として暮らしてきた。
二人で淡々と朝食をとり、予定が合えば夕食も一緒に食べる。
春花がこの家に住まわせてもらう代わりに、家事をできるだけ担う。それだけの関係だ。
お風呂も寝室も二つずつあるこの家では、二人の共用部分は広いリビングルームだけ。
春花は雪人の寝室に入ったことはないし、彼が春花の部屋に来たこともない。暗黙のルールで、お互いの領分を侵さないように暮らしてきたのだ。
――だから、私がしようとしていることは、ルール違反……
雪人より早く帰ってきた夜、春花は身支度を整え、勇気を振り絞ってそっと雪人の寝室のドアを開けた。
――勝手に入ったら、きっと嫌がるよね……
不機嫌な雪人の顔を想像した瞬間、足がすくんでしまった。
だがすぐに『自分にはもう、あとがないのだ』と思い直す。
どうせ振られるのであれば、死に物狂いになってから振られたい。
もう二度とこの恋が叶う日は来ないのだと納得して、彼のもとを去りたいのだ。
だから、今夜彼に告白してみる。
『雪人さんの本当の奥さんにしてください』と。
おそらく雪人は、春花のこの申し出をきっぱりと拒むだろう。
何しろ彼にとっては春花は子ども。それも、友人の娘でしかないのだ。
それならば、雪人の口から『君のことは絶対に抱かない、女性として見られない』とはっきり言われたい。このじくじくと膿んでいる恋心に引導を渡してほしい。
――そこまできっぱり振られたら、私、きっと雪人さんを諦められる。うん、多分きっと……諦められる……よね?
そう思い、春花は唇をかんだ。
訪れた雪人の部屋は、ひどく殺風景だった。
ベッドに机と椅子、それから難しい本が詰め込まれた本棚があるだけ。椅子の背には、ルームウェアのカーディガンが投げ出されている。
ふと、春花の鼻先を、爽やかな匂いがくすぐった。春花の大好きな、雪人の匂いだ。
――そういえば、雪人さんっていい匂いがするんだよなぁ。カーディガンに香水とかつけてるのかな?
思わず手を伸ばしカーディガンを抱きしめたとき、遠くで玄関の開く音がした。
春花はカーディガンを抱いたまま、部屋の中を右往左往する。
――か、帰ってきちゃった! どうしよう!
急激に後悔が押し寄せる。
思い詰めた末の行動とはいえ、やっぱり、部屋に勝手に入るなんてよくなかった。慌ててそこから出ようとしたが、すでに足音は近づいている。
手遅れだ。
――うう……怒られる……!
春花がカーディガンを抱きしめたまま身をすくめた瞬間、部屋の扉が開いた。
「……びっくりした。何してるんだ」
コートとバッグを手に、雪人が目を丸くしている。かすかに漂ってくる煙草とお酒の匂い。今日もまたどこかのバーに寄ってきたのだろうか。
彼の目線は、春花が抱きしめているカーディガンに注がれていた。
「ご、ごめんなさい!」
雪人の姿を見た瞬間、先ほどまでの勇気は吹っ飛んでしまった。
春花は半泣きになりながら、慌てて言いつのった。
「わ、私、お嫁さんにしてもらおうと思って……あの……」
パニック状態で口にした直後、さっと我に返って頭に血が昇った。耳も顔も熱くてたまらない。
――な、なにを馬鹿なことを言ってるの……。唐突すぎるでしょう?
「もう嫁だと思うが」
予想通りのクールな返事が返ってきた。
雪人は肩をすくめ、バッグを椅子の上に置く。それからコートと背広をハンガーに掛け、クローゼットに押し込んだ。
「それ、着るから貸しなさい」
春花は我に返り、抱きしめていたカーディガンを震える手で差し出す。
「……俺の部屋で何をしていたんだ」
呆れたような口調だった。答えられず、春花は唇をかみしめる。
「ゆ、雪人さんが帰ってくるのを待ってた」
勇気を振り絞ってそう答えたが、雪人の反応はなかった。
「私は、あの、私は、雪人さんが好きだから、ちゃんと本物の奥さんにしてほしかっ……」
話が上手くまとまらず、だんだん惨めになってくる。
雪人からは、相も変わらず冷静な気配しか伝わってこない。
「どういう意味だ」
「あ、あの……き、キスとか……してほしかっ……」
抱いてくれ、なんていう勇気はやっぱり出てこなかった。
恐ろしくて足が震える。そんな春花に、雪人が追い打ちを掛けるように言った。
「……馬鹿馬鹿しい」
雪人が背を向けて部屋を出て行こうとする。
春花ははじかれたように、雪人の背中に飛びついた。
「待って!」
足を止めた雪人に、春花は必死に言いつのる。
「私、本当に雪人さんが好きなの。好きだからまだ一緒にいたいの!」
「俺は、君の保護者だ。君は依存を恋だと錯覚しているだけだ、冷静になりなさい」
雪人の他人行儀な言葉に、かあっと頭に血が昇った。
「違う!」
自分でも驚くくらいの声で、春花は雪人の言葉を遮った。
「子ども扱いされるの、もう嫌なの!」
雪人が驚いたように振り返る。長い髪をぐしゃぐしゃに振り乱して、春花は言った。
「私、成人式に出たんだよ。着物買ってくれたんだから覚えてるでしょ? 今はもう、お金だって頑張って稼げてるし。これからもちゃんと働いていく。だから、子ども扱いしないで!」
その言葉に、雪人が眉根を寄せた。
彼の表情は、怒っているというよりは、痛みをこらえているように見える。
「……そんなことを平気で言うから、君は子どもなんだ」
春花は雪人をにらみつけて、精一杯迫力のある声で言い返す。
「子どもじゃない。私、ちゃんと雪人さんの奥さんにしてほしいの。だって好きだから。それがだめなら、今すぐ出ていく。好きな人に振られたら、一緒にいるのは辛い。だからそのときは、ちゃんといなくなるから」
雪人が、かすかに口元をゆがめた。
「たとえ相手が俺であっても……男に、気軽に好きだとか言わない方がいい。君は、男のことなんか何もわかっていないんだ」
やはり雪人は揺らがない。
春花のことは、選んでくれない……
そう実感した瞬間、春花はカッとなって言い返していた。
「そんなことない。私だってちゃんと知ってる。……だって男の先輩が会社にはいっぱいいるし」
言ってから、虚勢を張りすぎたと後悔する。
正直に言えば、春花は男性とまともに交際した経験などない。手もつないだことがないくらいだ。
緩やかに弱っていく父との暮らしに精一杯で、男の子にかまける時間など、春花にはなかったから……
「……何を知ってるんだ?」
そう言った雪人の様子がいつもと違うことに、うつむいていた春花は気がつかなかった。だから、そのままの勢いで続けてしまう。
「私、雪人さんが思ってるほど子どもじゃない。けっこう色々知ってるんだから! 会社の先輩とかと遊んだときに覚えたし」
春花は顔を上げ、酒の席で先輩たちが交わす他愛のない下ネタを思い浮かべながら答えた。
先輩たちはいわゆる理系男子が多く、大体が穏やかで優しい。だから下ネタも女子社員に配慮してあまり言わないのだが、それでもたまには耳にすることもある。そういうことをちらっと聞いているから、春花とて完全に無知というわけではないのだ。
「そうか」
雪人が薄笑いを浮かべ、春花の身体を壁に押しつけた。
――え?
突然の乱暴な仕草に、春花は驚いて目を見張る。
近くに雪人の顔が迫っていた。
「それは聞き捨てならないな、何を覚えたんだ、春花」
何が起きたのかわからず目を丸くする春花に、雪人が言う。
彼の視線はいつもと同じで冷たいままだが、絡みつくように春花を見据えている。
「だ、だから、男の人のこと……を……」
雪人の視線に動揺し、春花は小さな声で答えた。
酔っ払った真っ赤な顔で『三十過ぎると毎晩はエッチできない!』と言って周囲の爆笑を誘っていた新婚の先輩や、『徹夜続きで疲れすぎると、逆に朝勃ちがすごくて焦る』と言っていた同僚の男性。彼らの話を思い出し、急激に恥ずかしくなってしまう。
――ちょっ……! こんなのを雪人さんに言うの……? 無理!
春花は頬を染めて、ぷいと顔をそらした。
「べ、べつに、一般常識的なことだけど」
「ふうん、それは……腹立たしいな」
雪人が、ほとんど聞こえないくらいの声で呟いた。
――ん? 雪人さん、今なんて言ったんだろう?
雪人に視線を戻すと、彼が切れ長の目をすっと細めた。
「じゃあ、どれだけ子どもじゃなくなったのか、保護者の俺に報告してもらおうか。君の言う『男と遊んで覚えた一般常識』とやらを俺にも教えてくれ」
雪人の手が、春花の顎をくいと上向かせる。
何を、と尋ねる間もなく、春花の唇が雪人の唇で塞がれた。
――え……っ?
キスされている、と理解したのは、数秒経ってからのことだった。
目を丸くしたままの春花の腰が、雪人の腕でぐいと引き寄せられる。
たくましい胸に抱きすくめられ、春花は硬直した。こんなふうに抱きしめられて、キスされたのなんて、生まれて初めてだ。どうしていいのかわからず、春花は慌てて雪人の胸を押しのけようとする。
だが、春花の力では、彼の身体は揺らぎもしなかった。
キスをされたまま、春花はぎゅっと目をつぶる。うっすらとお酒の味のする舌が、春花の唇を割って入ってきた。
「……っ?」
驚きのあまり、思わず声を漏らしてしまう。
雪人が顔を傾けると同時に、春花の舌先が雪人のそれでツッと舐められた。
繰り返し舌先をつつかれて、春花の身体が抑えようもなく火照り始める。
肩で息をしながら、春花は必死で雪人の様子をうかがおうとした。
雪人の顔が、ゆっくり離れる。
彼は笑っていなかった。
何の感情も浮かんでいない目で、春花をじっと見つめている。
「なんでそんなに驚いた顔をするんだ。会社の先輩とやらに習ったんじゃないのか。さすがに、このくらいのことはもう知っているんだろう? 俺にキスをしろと言ったのは君なのに、なぜそんなにびっくりした顔をする?」
なぜ彼は、急にこんな真似をするのだろう……。動転して、思わず反論してしまう。
「ち、違……こんなの、習ってな……っ!」
今のは、ファーストキスだ。二十一にもなって奥手すぎる……と笑われるかもしれないが、子どもの頃に父がほっぺにキスしてくれた以外、こんな経験はない。
自分に対して無関心だった『保護者』に突然キスされた衝撃で、頭が真っ白だ。嬉しい嬉しくない以前に、驚きすぎて言葉も出ない。
ふと気づけば、膝がかたかたと震えていた。
そのくらい、雪人のキスは激しくて怖かったのだ。
「では、何を習ったんだ。俺に教えてくれ。君はもうなんでも知っているんだろう?」
低い声で言った雪人が、再び春花の唇を奪う。
壁に押しつけられているので、これ以上後ろに下がれない。カタカタと膝頭を震わせながら、春花はただそのキスを受け止めた。
確かに、キスをしてくれと言ったのは自分だ。
けれど、想像していたよりも雪人のキスが激しくて、怖い……というか、重い……というか、上手く言葉にならない。
心臓がドキドキし過ぎて、息が苦しくなってきた。
ゆっくりと唇を離した雪人が、春花の顔を両手で包んだまま尋ねる。
「俺に言ってみなさい、何を教えてもらったのか。……答えによっては許せないかもな」
低い声で問われ、春花は子犬のようにぷるぷる震えながら口を開いた。
「せ、先輩は、新婚さんだけど、三十過ぎたら毎日エッチできないって……あ、あと、別の先輩は……徹夜続きだと、あ、朝、元気になって不思議だって……」
言っているうちに羞恥で頭が爆発しそうになる。
きっと今、春花の顔はゆでだこよりも真っ赤に違いない。
無表情だった雪人が、徐々に怪訝な顔になる。
――こ、こんなの言わされるの、恥ずかし……っ。
見る見る泣きそうな顔になる春花がおかしかったのか、雪人は薄い笑みを浮かべた。
「……本当にそんなことを習ったのか?」
顔の近さにドギマギしつつ、春花は視線をそらして小さな声で答える。
「そ、そう……。飲み会で皆が話していて」
「ふうん、そうか。全く君には驚かされる。あまり焦らせないでくれ」
雪人はそう言って、目を伏せて小さく息を吐く。
「だ、だから、だから……子ども扱いはやめて……」
春花が蚊の鳴くような声で念押しした刹那、雪人が春花の腕を引いて大股に歩き出した。
「きゃっ!」
驚く春花の身体を軽々と抱えて、ベッドの上に投げ出す。
「そう、じゃあお望み通り、子ども扱いは今からやめようか」
ベッドに転がされたまま呆然としている春花に、雪人が静かな、しかしはっきりとした口調で告げた。
そして春花を見下ろしたまま、雪人が長い指でネクタイを解き始める。
「まずは、自分が何を知らないのかくらい、知っておいてくれ」
ネクタイを放り出した雪人が、スプリングをきしませてベッドに乗り、春花の身体にゆっくりと覆い被さってきた。
「他の男に妙なことをされたのかと思って、腹が立って仕方がなかった。何でこんなに腹が立つんだろうな……本当に、最近、自分が制御できなくて困る」
「な、何、どうしたの……」
春花は、間近に迫った雪人に尋ねた。心臓がドキドキし過ぎて、苦しいくらいだ。
雪人の感じがいつもと違う。いつもはもっと距離があって冷たくて……春花をこんな焼けつくような目で見たりはしない。
なのに今の雪人からは、ひりひりした苛立ちのようなものを感じる。
本能的に、彼の側から逃げたくなってきた。
今から食べられる小動物ってこんな気持ちなのだろうか。春花は反射的に、そんなことを考えた。
「雪人さ……ん、く……っ」
ベッドに組み伏せられ口づけをされた瞬間、春花の身体の芯にじんとした疼きが走った。
思わず両足を閉じ合わせた春花の口に、雪人の舌が割り込んでくる。
「っ……う……」
身体中がむずむずして、恥ずかしくて、身体をよじった。ベッドがきしみ、雪人の膝が春花のぎゅっと閉じた両膝を強引に開かせる。
反射的に、転がっていた枕を握りしめた。
唇に雪人の熱い吐息を感じ、春花の身体が火照り始める。
身体の奥のむずむずした感じが強くなってきて、春花はたまらず小さく声を漏らした。
「ん……!」
自分の喉から出た妙に甘ったるい声にぎょっとする。
恥ずかしくてどうしようもなくなり、目から涙がにじんできた。
雪人がゆっくりと唇を離し、春花の顔をのぞき込んで、唇を弓の形に釣り上げる。
「そんな声も出せるんだな」
「え、何? どんな声……っ……ああ……っ!」
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「きゃあっ!」
今度こそ春花は悲鳴を上げた。
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雪人の視線を感じ、春花は必死で抵抗した。
「み、見ちゃだめっ! ……やだぁ……っ!」
混乱する春花の乳房の先端に、雪人の唇が落ちてきた。
「あぁ……っ!」
軽い音を立ててそこを吸われ、思わずのけぞってしまう。
「あ……だめ……いや……っ……」
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「は……あ……っ」
雪人が膨らみから顔を離し、春花の唇に貪るようなキスを降らせた。
春花はされるがままに、そのキスを受け止める。
頭の芯がぼんやりして、何も考えられなくなってきた。雪人の片手がもう一度スカートの中に伸び、春花のショーツをゆっくりと引きずり下ろす。
今更ながら、春花は自分がこんなときにどう振る舞えばいいのか、全くわかっていないことに気づいた。
――わ、私も何かした方がいいの? どうしよう、どうしよう……!
戸惑う春花の足から下着が引き抜かれる。
――だ、抱きついて、いいのかな……?
春花はぎゅっと目をつぶり、思い切って雪人の背中に腕を回してみた。
硬くて広い背中の感触に、春花の身体の芯がぞくりと震える。初めて知る男性の身体のたくましさに、春花の胸が激しく高鳴った。
その瞬間だった。
「いやぁっ!」
あり得ない感触に、春花の唇から悲鳴が漏れる。
雪人が茂みの奥の濡れた裂け目に触れたからだ。
「何? だめ、だめぇ……っ……」
こんなところに触られるなんて信じられなかった。だが、のし掛かられているうえ、巧みに動きを封じられていて、彼の行為に抗うことができない。
雪人の指先が、焦らすように何度も茂みの中を行き来する。触れられた粘膜が、春花の意思とは裏腹に、幾度も小さく収縮した。
「あ……あぁ……っ」
指での愛撫に、下腹の奥が強く疼く。思わず身体をくねらせた春花の耳に、雪人が囁きかけた。
「可愛いな、こんなに濡らして」
笑いを含んだその声には、明らかな情欲がにじんでいる。低い声が耳朶を震わせた瞬間、春花の蜜窟の奥から、じわりとぬるい雫がにじんだ。
開かれた足の中心で、閉じ合わされた襞のあわいがひくりと震える。
その場所が、雪人の指先で触れられるたびに、意思ある花びらのようにピクピクと蠢いてしまう。
春花の身体の反応に満足したのか、雪人の指がつぷ、と音を立てて蕩けた泉に沈んだ。
「……っ、ひっ」
信じられない行為に、春花は必死で声を殺して耐える。
雪人の指が、浅い部分をくるりとひと撫でした。
その動きだけで、春花のその部分はきゅっと窄まって、彼の指先をくわえ込んでしまった。
「いい反応だ」
雪人はそう呟くと、さらなる深みに指を進めた。
突然開かれた花襞が、異物の侵入を拒むようにびくびくと蠕動する。
「だめ……ゆび……だめ……ああ……っ」
息を弾ませる春花の身体が、再びビクンと跳ね上がる。
雪人の指はぬるついた蜜を纏い、緩やかに春花の中を行き来した。
「あぁ、雪人さん……っ、これ、だめ……ぇ……」
気づけば、春花は雪人の背中に縋りついていた。
あられもない格好で彼の指をきゅっとくわえ込み、腰を浮かせて息を乱している。
「抜いて、お願い、手が汚れ……ん……っ!」
春花は半泣きになって懇願した。
耳元で響く雪人の呼吸が、かすかに苦しげに曇る。
抵抗など許さないと言わんばかりに、雪人が春花の唇を再び塞ぐ。
もう、何も考えられなかった。秘部を指先で弄ばれ、舌先を舐られて、身体の力がまるで入らない。
「ん……ふ……っ……ぅ……」
春花の目尻から、涙が一筋伝い落ちた。
怖いのに気持ちがよくて、わけがわからない。身体中が溶けてぐにゃぐにゃになってしまったように感じる。
「ぅ、んっ……」
キスされたまま、春花は指の快楽から逃れようと、懸命に腰を揺らした。
だが、そんな抵抗は無駄だった。一度するりと抜けた指が二本に増えて、さらに春花の隘路をこじ開ける。
「んー……っ!」
雪人の指を呑み込んだ蜜窟が、春花の意思とは裏腹にぎゅうっと収縮した。
「……嫌か?」
ふと、唇を離した雪人がそんなことを呟く。我に返った春花は、慌てて首を振った。
嫌ではない。こんな行為は初めてで、どうやって受け止めていいのかわからないだけだ。だが、それをどう言葉にしていいのかわからない。
「え、あ……嫌じゃ……ない……」
かすれた声でそれだけ答えた刹那、中を満たしていた雪人の指が、ずるりと音を立てて抜かれた。
「あ……!」
その刺激だけで、春花の不慣れな身体がひくりと震える。
足の間に陣取っていた雪人が、身体を起こした。
「……今日はやめよう。取り返しのつかないことをしそうだ」
雪人が苦しげにそう言い、ぬらりと濡れた指を一瞥してため息をついた。
どうしたのだろう、と春花はぼんやり彼を見上げたが、すぐに我に返り、めくり上げられたキャミソールとセーターを直した。
「なんでやめるの?」
先ほどまで散々弄ばれていた身体が重くて仕方がない。
だが春花は気合いで起き上がり、雪人のシャツの袖を引っ張って尋ねた。
「私、変なことした?」
「いや、違う。俺がおかしいだけだ」
雪人が、春花の目を見ずに低い声で呟く。
「どうして? 私は平気だから」
振り向いた雪人が、かすかに目を細めた。
「俺は、どうかしていたんだ。先生から預かった君に、俺は何を……」
雪人の額にうっすら汗が浮いている。あまり顔色もよくない。
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