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オディール姫と、よく分からないドジっ子魔導師の新婚生活は、こうして幕を開けた。
特に本人には許可を取らなかったが、書類だけ整え、入籍したのだ。
先王オディロンの隠し子と、魔導師の名門一族に産まれたレイノルド。形だけはなかなか釣り合った夫婦である。
婿に迎えた理由は一つ。
禁呪のせいで、自分以外の女を抱けないレイノルドが哀れだったからだ。
生涯女を抱けないなんて、オディロンなら発狂していただろう。さすがにそんな人生は気の毒すぎる。
だが、妻になった今、レイノルドはオディールを抱き放題だ。
きっとレイノルドも、毎晩騎乗位で搾り取ってもらえる日々に感謝するはずだ。
事情を知るレイノルドの両親は『処刑されないのであればそれで結構です、息子をもらってくださってありがとうございます』と泣いて喜んでいた。良いことをしたと、オディールもご満悦だ。
民の喜びは王の喜び。
それは女の子になった今も変わらない。
「えっ、新婚でございますか……えっえっ、私、オディロン陛下の妻になったのですか?」
一方、過剰な心的負荷がかかったせいか、レイノルドは最近壊れ気味だ。
「馬鹿か、お前は私の夫、妻は私だ」
オディールはすねに香油を塗り込みながら吐き捨てる。
女になって一ヶ月。最初は怒りのあまり、本気でレイノルドを殺そうと思ったが、今は馴れた。女であることに馴染んだ。
禁呪とは不思議なものだ。
傲慢な王だったオディロンを、十八歳の女の子にしてしまうなんて。
「こんなに可愛かったら、身体中手入れしていじくり回したくもなる」
つやつやになったすねを見下ろし、オディロンは満足して言った。
「そうは思わないか、レイノルド。わしは可愛かろう?」
「よく……分かりません……」
俯いたまま、レイノルドが答える。
疲れているな、と思いながら、オディールはレイノルドの顔を覗き込んだ。
「良く見ろ、可愛いはずだ。ところでこの身体、どういう理屈でこの容姿になったのだろうな。髪の毛の色と目の色はもとの容姿を引き継ぐとして……うーん。可愛いけど顔はわしに似とらんな?」
「ひな形が……あるのです……」
俯いたままのレイノルドが、ぽつりと呟く。その声が少し妙に聞こえ、オディールは顔をぐいと引き起こさせた。
「どうした。風邪か? ん? いい顔が曇っておるぞ、何を悩んでおる」
完全に寵姫を甘やかすときの口調になっていたが、気付かずにオディールは続けた。
「ひな形があるとは何だ? お前は禁呪について何か手がかりを得たのか?」
「……はい、ひな形が……陛下のお顔は、禁人の……永遠の恋人の、顔……うっ……」
レイノルドが目を閉じ、額を押さえる。
頭が痛むようだ。
「熱はないか? 全く、もう少し鍛えよ、夫のお前が私を差し置いてひっくり返ってどうする」
言いながら、オディールはレイノルドの額に触れてやった。熱はない。だが、触れた指に、突如びりりと痺れが走った。
手を離そうとしたオディールの身体が、凍てついたように動かなくなる。
同時に、頭の中に、身も知らぬ光景が浮かび上がった。
『共有記憶にアクセスしています』
『禁人のマスタピースから、情報をリンクします』
聞いたこともない単語が、頭の中に流れ込んでくる。
――ますたぴーす……? りんく……? なんだ、それは……。
オディロンの胸の谷間に、汗が一滴伝う。
『”彼女”だけを愛する機能を、コピーにインストールしました』
不気味な声がそう告げる。
止めろ、何故余計な機能を、と騒ぐ人々の声が聞こえる。こちらの声は、普通の人間の声だった。
『コピーは、オリジナルに代わって、失われた”彼女”を捜索します』
不気味な声は周囲の喧噪を無視し、発言を続けた。
『コピーの人格を大幅に制限します。コピーは、永遠に彼女以外の異性を愛さない。それが、オリジナルの決定したリミット、です。発情抑制機能、自爆機能、インストール完了。コピーが起動可能になりました』
喧噪が大きくなる。今すぐ培養器を止めろ、という悲鳴のような声、それから、何かが割れる音、絶叫。
そして何も聞こえなくなった。
オディロンの視界にざざ、ざざ……と砂嵐が走る。
目の前に浮かぶのは、金の髪の男だ。美しい。けれど、レイノルドによく似ている。彼よりははるかに逞しいが、兄弟と言われても違和感はない。
『俺は、オリジナルの人生をなぞりたいわけじゃない』
必死に訴えかける、レイノルドによく似た男の目の中には、両目とも、赤と黒の泥が渦巻いている。
『隊長は俺が愛した人だ、俺は、過去の再生をしているわけじゃ……隊長は、俺だけの雌……』
凄まじい砂嵐で、何も見えなくなる。再び像が焦点を結び、目の前に茶色の髪の女が現われた。
オディールに、とてもよく似ている……。
『もう、その記憶を見るな』
女が、叱りつけるような声で叫んだ。
『俺は俺、お前はお前だ、しっかりしろ! 力だけ使え、精神まで共有記憶とやらに喰われるな、リージェン……』
再び何も見えなくなる。雑音に混じり、むせび泣く男の声と、大丈夫、大丈夫だから、となだめる優しい女の声が聞こえた。
そしてそれらも、やがて聞こえなくなった。
砂嵐に満たされた空間に、ゆっくりとひとりの女が現われる。
無表情で、見下すような目をした女。
それは、オディールによく似た、けれど、怖いくらい人間離れした気配を纏う女だった。
『お互い、魔蟲狩りの道具として作られんだ。道具のままでいられれば楽だったのに。何故俺に執着した……許さない』
オディールの心臓が、どくんと嫌な音を立てる。
――いや、違う、わしではない、お前は、わしではない……!
歯を食いしばったとき、再びあの不気味な声が聞こえた。
『共有記憶とのリンクを解除します』
――共有記憶とは、なんなのだ!
叫びだそうとした瞬間、オディールの身体はころりと寝台の上に倒れ込んだ。
天蓋が見える。
どうやら、幻を見ていたようだ。これも、レイノルドが大失敗した術の後遺症なのだろうか。
呆然としていたオディールは、石のように座り込んだ傍らのレイノルドに気付いた。
「……おい、大丈夫か、今のはお前の魔法か」
目を見開いたレイノルドの肩を引いた瞬間、オディールはぎくりとなった。
美しい緑の目が、左側だけ、異様な色に変わっていたからだ。赤と黒の渦巻き。人間の目とは思えない色合いだ。
「大丈夫です、時々、変なモノが見えるので……頭が、痛くて……」
レイノルドの言葉に、オディールは頷く。
「変な、もの……?」
「はい、私の家系では、時々、意味不明の幻を見るものがいて……僕も、そうなのです。ただ、幻を見る人間は、魔力が強くて重宝されています。その血を後世に繋ぐため、代々の当主は工夫を凝らしていると父に聞きました」
言いながらも、レイノルドの顔色はひどく悪い。
「なるほど。代々同じ内容なのか」
「……ええ、さようでございます。記録を見る限り、曾祖父と私は、同じ幻を見ておりました……」
オディールは頷き、戸惑いつつも現状を素早く整理した。
見えた幻の中で分かったことは少ない。
レイノルドによく似た男と、オディールによく似た女が出てきた。
そして、レイノルドによく似た男は『共有記憶』なるものを見たために、苦しんでいるように見えた。
女は、男に向かって『もうその記憶を見るな』と叱りつけていたので、あまり良いものではないのだろう。
他には、『こぴー、おりじなる、いんすとーる、りみっと』などの単語が出てきた。把握したが、異国語で意味が分からなかった。
――なるほどな。いまだ仮定ゆえ、曖昧だが……今見えた悪夢が、共有記憶……とやらなのかな?
腕組みをして考え込み、もう一度脳内で、先ほどの悪夢を再現する。
意味は分からないが、何らかの整合性があった気がする。あれは、誰かの記憶なのだろうか。
オディールは国王時代、人の話をよく覚える方だった。
揚げ足をとるため、発言をバッチリ記憶せねばならないからだ。
誰がどんなに突飛なことを言い出そうとも、『オディロン』の頭の中にはしっかりとしまい込まれる。
先ほどの悪夢も同様だ。意味不明だからこそしっかりと脳裏に焼き付けた。
「お前が見ているのは、もしかして、共有記憶……と言う名前の悪い夢のようなものか?」
特に本人には許可を取らなかったが、書類だけ整え、入籍したのだ。
先王オディロンの隠し子と、魔導師の名門一族に産まれたレイノルド。形だけはなかなか釣り合った夫婦である。
婿に迎えた理由は一つ。
禁呪のせいで、自分以外の女を抱けないレイノルドが哀れだったからだ。
生涯女を抱けないなんて、オディロンなら発狂していただろう。さすがにそんな人生は気の毒すぎる。
だが、妻になった今、レイノルドはオディールを抱き放題だ。
きっとレイノルドも、毎晩騎乗位で搾り取ってもらえる日々に感謝するはずだ。
事情を知るレイノルドの両親は『処刑されないのであればそれで結構です、息子をもらってくださってありがとうございます』と泣いて喜んでいた。良いことをしたと、オディールもご満悦だ。
民の喜びは王の喜び。
それは女の子になった今も変わらない。
「えっ、新婚でございますか……えっえっ、私、オディロン陛下の妻になったのですか?」
一方、過剰な心的負荷がかかったせいか、レイノルドは最近壊れ気味だ。
「馬鹿か、お前は私の夫、妻は私だ」
オディールはすねに香油を塗り込みながら吐き捨てる。
女になって一ヶ月。最初は怒りのあまり、本気でレイノルドを殺そうと思ったが、今は馴れた。女であることに馴染んだ。
禁呪とは不思議なものだ。
傲慢な王だったオディロンを、十八歳の女の子にしてしまうなんて。
「こんなに可愛かったら、身体中手入れしていじくり回したくもなる」
つやつやになったすねを見下ろし、オディロンは満足して言った。
「そうは思わないか、レイノルド。わしは可愛かろう?」
「よく……分かりません……」
俯いたまま、レイノルドが答える。
疲れているな、と思いながら、オディールはレイノルドの顔を覗き込んだ。
「良く見ろ、可愛いはずだ。ところでこの身体、どういう理屈でこの容姿になったのだろうな。髪の毛の色と目の色はもとの容姿を引き継ぐとして……うーん。可愛いけど顔はわしに似とらんな?」
「ひな形が……あるのです……」
俯いたままのレイノルドが、ぽつりと呟く。その声が少し妙に聞こえ、オディールは顔をぐいと引き起こさせた。
「どうした。風邪か? ん? いい顔が曇っておるぞ、何を悩んでおる」
完全に寵姫を甘やかすときの口調になっていたが、気付かずにオディールは続けた。
「ひな形があるとは何だ? お前は禁呪について何か手がかりを得たのか?」
「……はい、ひな形が……陛下のお顔は、禁人の……永遠の恋人の、顔……うっ……」
レイノルドが目を閉じ、額を押さえる。
頭が痛むようだ。
「熱はないか? 全く、もう少し鍛えよ、夫のお前が私を差し置いてひっくり返ってどうする」
言いながら、オディールはレイノルドの額に触れてやった。熱はない。だが、触れた指に、突如びりりと痺れが走った。
手を離そうとしたオディールの身体が、凍てついたように動かなくなる。
同時に、頭の中に、身も知らぬ光景が浮かび上がった。
『共有記憶にアクセスしています』
『禁人のマスタピースから、情報をリンクします』
聞いたこともない単語が、頭の中に流れ込んでくる。
――ますたぴーす……? りんく……? なんだ、それは……。
オディロンの胸の谷間に、汗が一滴伝う。
『”彼女”だけを愛する機能を、コピーにインストールしました』
不気味な声がそう告げる。
止めろ、何故余計な機能を、と騒ぐ人々の声が聞こえる。こちらの声は、普通の人間の声だった。
『コピーは、オリジナルに代わって、失われた”彼女”を捜索します』
不気味な声は周囲の喧噪を無視し、発言を続けた。
『コピーの人格を大幅に制限します。コピーは、永遠に彼女以外の異性を愛さない。それが、オリジナルの決定したリミット、です。発情抑制機能、自爆機能、インストール完了。コピーが起動可能になりました』
喧噪が大きくなる。今すぐ培養器を止めろ、という悲鳴のような声、それから、何かが割れる音、絶叫。
そして何も聞こえなくなった。
オディロンの視界にざざ、ざざ……と砂嵐が走る。
目の前に浮かぶのは、金の髪の男だ。美しい。けれど、レイノルドによく似ている。彼よりははるかに逞しいが、兄弟と言われても違和感はない。
『俺は、オリジナルの人生をなぞりたいわけじゃない』
必死に訴えかける、レイノルドによく似た男の目の中には、両目とも、赤と黒の泥が渦巻いている。
『隊長は俺が愛した人だ、俺は、過去の再生をしているわけじゃ……隊長は、俺だけの雌……』
凄まじい砂嵐で、何も見えなくなる。再び像が焦点を結び、目の前に茶色の髪の女が現われた。
オディールに、とてもよく似ている……。
『もう、その記憶を見るな』
女が、叱りつけるような声で叫んだ。
『俺は俺、お前はお前だ、しっかりしろ! 力だけ使え、精神まで共有記憶とやらに喰われるな、リージェン……』
再び何も見えなくなる。雑音に混じり、むせび泣く男の声と、大丈夫、大丈夫だから、となだめる優しい女の声が聞こえた。
そしてそれらも、やがて聞こえなくなった。
砂嵐に満たされた空間に、ゆっくりとひとりの女が現われる。
無表情で、見下すような目をした女。
それは、オディールによく似た、けれど、怖いくらい人間離れした気配を纏う女だった。
『お互い、魔蟲狩りの道具として作られんだ。道具のままでいられれば楽だったのに。何故俺に執着した……許さない』
オディールの心臓が、どくんと嫌な音を立てる。
――いや、違う、わしではない、お前は、わしではない……!
歯を食いしばったとき、再びあの不気味な声が聞こえた。
『共有記憶とのリンクを解除します』
――共有記憶とは、なんなのだ!
叫びだそうとした瞬間、オディールの身体はころりと寝台の上に倒れ込んだ。
天蓋が見える。
どうやら、幻を見ていたようだ。これも、レイノルドが大失敗した術の後遺症なのだろうか。
呆然としていたオディールは、石のように座り込んだ傍らのレイノルドに気付いた。
「……おい、大丈夫か、今のはお前の魔法か」
目を見開いたレイノルドの肩を引いた瞬間、オディールはぎくりとなった。
美しい緑の目が、左側だけ、異様な色に変わっていたからだ。赤と黒の渦巻き。人間の目とは思えない色合いだ。
「大丈夫です、時々、変なモノが見えるので……頭が、痛くて……」
レイノルドの言葉に、オディールは頷く。
「変な、もの……?」
「はい、私の家系では、時々、意味不明の幻を見るものがいて……僕も、そうなのです。ただ、幻を見る人間は、魔力が強くて重宝されています。その血を後世に繋ぐため、代々の当主は工夫を凝らしていると父に聞きました」
言いながらも、レイノルドの顔色はひどく悪い。
「なるほど。代々同じ内容なのか」
「……ええ、さようでございます。記録を見る限り、曾祖父と私は、同じ幻を見ておりました……」
オディールは頷き、戸惑いつつも現状を素早く整理した。
見えた幻の中で分かったことは少ない。
レイノルドによく似た男と、オディールによく似た女が出てきた。
そして、レイノルドによく似た男は『共有記憶』なるものを見たために、苦しんでいるように見えた。
女は、男に向かって『もうその記憶を見るな』と叱りつけていたので、あまり良いものではないのだろう。
他には、『こぴー、おりじなる、いんすとーる、りみっと』などの単語が出てきた。把握したが、異国語で意味が分からなかった。
――なるほどな。いまだ仮定ゆえ、曖昧だが……今見えた悪夢が、共有記憶……とやらなのかな?
腕組みをして考え込み、もう一度脳内で、先ほどの悪夢を再現する。
意味は分からないが、何らかの整合性があった気がする。あれは、誰かの記憶なのだろうか。
オディールは国王時代、人の話をよく覚える方だった。
揚げ足をとるため、発言をバッチリ記憶せねばならないからだ。
誰がどんなに突飛なことを言い出そうとも、『オディロン』の頭の中にはしっかりとしまい込まれる。
先ほどの悪夢も同様だ。意味不明だからこそしっかりと脳裏に焼き付けた。
「お前が見ているのは、もしかして、共有記憶……と言う名前の悪い夢のようなものか?」
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