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子種議論
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翌日、セトを捕まえ事情を聞いた。
「あの腕輪は健康そうな見目の良い男にしか付けていないぞ。レイド殿下の時と違い、気づかれないようにいくつも暗示をかけてある。ある程度溜まると外れて自動的にワシの元に届く仕組みだ。何せ大量配布、大量回収だから。問題が起きないようにな」
問題の定義が違う。
そこではないのだが。
「遺伝子は遠い方が健康で良い子が生まれるだろ。外国からの子種は特に大量に入れないと、小さな国内だけの人工交配では血が濃くなってしまう」
イシスの神殿での単体繁殖では、母からの遺伝が8割程だが、残りの2割も非常に重要だ。人種も血筋も離れれば離れるほど優性遺伝の強く美しい子ができる。
女性側も本能でそういった男性の子が欲しいと選ぶから、王族や特殊部隊員達は外国に出た時に大量確保する義務がある。
とセトは言う。
「レイド殿下とアーシェンは結婚するから、母の遺伝が強いとかないぞ。狼が生まれる可能性もあるから安心しろ」
愛する番との子供。アーシェンが狼を生んでくれるのか、いいな。いや、むしろアーシェンにそっくりな黒髪の女の子がいい。黒い可愛い目でお父様と・・・
色々と想像しそうになるが、我に返る。
「とりあえず、父のは困ります。父のは外してください」
「何でだ?何で毎日捨ててる子種を必要としている女性にあげたらいけないんだ?それで新しい生命ができるんだぞ?」
レイドは絶句する。
「女性が恋に落ちるのは、この人の子供が欲しいと思う時だ。望まれる必要な男の子種は多く撒かれて、多く子孫を残さないと。自然界のより良い進化に繋がらないだろ」
女性は雌の本能で、血の近い者と自分より劣った個体を避ける。この男の子供は生むな。種が退化すると自然界からの警告があるからだと言う。
「狼獣人として動物の本能的な行動はよく理解できますが、父の子供が本人も知らず内にイシスで生活しているというのが倫理的に飲み込めません。せめて本人に了承を取ってから」
男尊女卑で女性への扱いも雑だった乱暴者の野獣皇太子が、まさかの倫理観を語っている。
レイドの父エナンは荒れ果てた辺境の地で生まれ育ったとは思えないほどに、教養深く洗練されている。
帝国の頂点に立つに相応しい人格者であり、清廉潔白な獣人紳士だ。レイドは同じ辺境育ちの自分とは正反対の、立派な父親を密かに尊敬している。
なので勝手に子種採集されているのを見て見ぬふりをすることに罪悪感を覚えたのだ。
「まず見つかることはない。子種を選び神殿から出たら、女性から選んだ相手の記憶の一切が消える。父上の髪は赤いが、母親の金髪で生まれてくるだろう。イシスで子供を見つけることは不可能だ。ワシもどこかにいる子供を捜そうとしたが無理だった」
アーシェンが黒髪黒目なのは、ノア女王が単体繁殖せずセーカと結婚したから。
父方のリュウ国の遺伝子も出たのだ。
それに、と続ける。
「アーシェンだって、レイド殿下の神殿登録した子種をいつか外部に寄付しても良いと言ったぞ」
何だと?
「そんなバカな・・・」
アーシェンが俺の隠し子を容認?
やはり愛されていないのか?
一夫一妻にした気概も、番には届かなかったのか?
もし双子が産まれたら「もうレイド様には用なし」とイシスに逃げ帰ってしまう可能性がある?
その前に婚約破棄されたら、こちらに来ることなく、俺の子種で単体繁殖して・・・そうだ、神殿で単体繁殖したいと言われたじゃないか・・・・
無駄に多くの子種を出したので、あの量で何人も作れるだろう。
セトは目の焦点が合っていない狼に説明する。
「根本的に考え方が違うな。イシスでは母子以外は赤の他人だ。母は息子に、稀に夫がいる女性も夫に。神殿に子種を登録するように勧めるだろう。浮気とこれとは全くの別問題だ。より良い遺伝子を後世に残すため、それと独身女性への人助けだ。アーシェンもイシスの考え方に基づいて発言しているだけだ。深く考えるな。貴方の優秀な子種を沢山保存してくださいなんて、最高の誉め言葉だ」
今までにない誉められ方をされても、どうも心に響かない。
「特殊な国に見えるかもしれないが、私達からしたら外の国々の方がよっぽど特殊だ。婚姻関係に縛られ、夫を作ることを強要され、本当に好きな男性の子供は孕めない。経済的自立もできない、離婚しないよう我慢した生活。母子家庭になれば貧しく、別れた夫から子供への援助金もない、可哀想な女性達で溢れている。初めから一人で産み育てられる制度があれば、良い男性を獲得できなかった、多くの女性がきっと利用するはずだ」
イシス国内では、女王と王女が立て続けに伴侶を選んだことが衝撃的に伝えられている。
何故、あえてそんな苦労を?と。
「アーシェンはイシス国ではかなり特殊な例で結婚する。レイド殿下は幸運だぞ」
そうだ。幸運だ。俺は幸運だ。
それを聞いたら、もうアーシェンと結婚できるだけでいい。
「男なんて種を出すだけだ。女性は命がけで生むんだぞ。人助けだと思ってケチケチしないでくれてやってくれ」
そうかもしれない。
もし番に子種を出せと言われたら、出るだけ絞り出そう。
生命の進化論と、女性視点での幸福論と、イシスの特異な教育論を一気に詰め込まれ、狼は頭が混乱していた。
父の腕輪問題の解決には至らなかった。
「あの腕輪は健康そうな見目の良い男にしか付けていないぞ。レイド殿下の時と違い、気づかれないようにいくつも暗示をかけてある。ある程度溜まると外れて自動的にワシの元に届く仕組みだ。何せ大量配布、大量回収だから。問題が起きないようにな」
問題の定義が違う。
そこではないのだが。
「遺伝子は遠い方が健康で良い子が生まれるだろ。外国からの子種は特に大量に入れないと、小さな国内だけの人工交配では血が濃くなってしまう」
イシスの神殿での単体繁殖では、母からの遺伝が8割程だが、残りの2割も非常に重要だ。人種も血筋も離れれば離れるほど優性遺伝の強く美しい子ができる。
女性側も本能でそういった男性の子が欲しいと選ぶから、王族や特殊部隊員達は外国に出た時に大量確保する義務がある。
とセトは言う。
「レイド殿下とアーシェンは結婚するから、母の遺伝が強いとかないぞ。狼が生まれる可能性もあるから安心しろ」
愛する番との子供。アーシェンが狼を生んでくれるのか、いいな。いや、むしろアーシェンにそっくりな黒髪の女の子がいい。黒い可愛い目でお父様と・・・
色々と想像しそうになるが、我に返る。
「とりあえず、父のは困ります。父のは外してください」
「何でだ?何で毎日捨ててる子種を必要としている女性にあげたらいけないんだ?それで新しい生命ができるんだぞ?」
レイドは絶句する。
「女性が恋に落ちるのは、この人の子供が欲しいと思う時だ。望まれる必要な男の子種は多く撒かれて、多く子孫を残さないと。自然界のより良い進化に繋がらないだろ」
女性は雌の本能で、血の近い者と自分より劣った個体を避ける。この男の子供は生むな。種が退化すると自然界からの警告があるからだと言う。
「狼獣人として動物の本能的な行動はよく理解できますが、父の子供が本人も知らず内にイシスで生活しているというのが倫理的に飲み込めません。せめて本人に了承を取ってから」
男尊女卑で女性への扱いも雑だった乱暴者の野獣皇太子が、まさかの倫理観を語っている。
レイドの父エナンは荒れ果てた辺境の地で生まれ育ったとは思えないほどに、教養深く洗練されている。
帝国の頂点に立つに相応しい人格者であり、清廉潔白な獣人紳士だ。レイドは同じ辺境育ちの自分とは正反対の、立派な父親を密かに尊敬している。
なので勝手に子種採集されているのを見て見ぬふりをすることに罪悪感を覚えたのだ。
「まず見つかることはない。子種を選び神殿から出たら、女性から選んだ相手の記憶の一切が消える。父上の髪は赤いが、母親の金髪で生まれてくるだろう。イシスで子供を見つけることは不可能だ。ワシもどこかにいる子供を捜そうとしたが無理だった」
アーシェンが黒髪黒目なのは、ノア女王が単体繁殖せずセーカと結婚したから。
父方のリュウ国の遺伝子も出たのだ。
それに、と続ける。
「アーシェンだって、レイド殿下の神殿登録した子種をいつか外部に寄付しても良いと言ったぞ」
何だと?
「そんなバカな・・・」
アーシェンが俺の隠し子を容認?
やはり愛されていないのか?
一夫一妻にした気概も、番には届かなかったのか?
もし双子が産まれたら「もうレイド様には用なし」とイシスに逃げ帰ってしまう可能性がある?
その前に婚約破棄されたら、こちらに来ることなく、俺の子種で単体繁殖して・・・そうだ、神殿で単体繁殖したいと言われたじゃないか・・・・
無駄に多くの子種を出したので、あの量で何人も作れるだろう。
セトは目の焦点が合っていない狼に説明する。
「根本的に考え方が違うな。イシスでは母子以外は赤の他人だ。母は息子に、稀に夫がいる女性も夫に。神殿に子種を登録するように勧めるだろう。浮気とこれとは全くの別問題だ。より良い遺伝子を後世に残すため、それと独身女性への人助けだ。アーシェンもイシスの考え方に基づいて発言しているだけだ。深く考えるな。貴方の優秀な子種を沢山保存してくださいなんて、最高の誉め言葉だ」
今までにない誉められ方をされても、どうも心に響かない。
「特殊な国に見えるかもしれないが、私達からしたら外の国々の方がよっぽど特殊だ。婚姻関係に縛られ、夫を作ることを強要され、本当に好きな男性の子供は孕めない。経済的自立もできない、離婚しないよう我慢した生活。母子家庭になれば貧しく、別れた夫から子供への援助金もない、可哀想な女性達で溢れている。初めから一人で産み育てられる制度があれば、良い男性を獲得できなかった、多くの女性がきっと利用するはずだ」
イシス国内では、女王と王女が立て続けに伴侶を選んだことが衝撃的に伝えられている。
何故、あえてそんな苦労を?と。
「アーシェンはイシス国ではかなり特殊な例で結婚する。レイド殿下は幸運だぞ」
そうだ。幸運だ。俺は幸運だ。
それを聞いたら、もうアーシェンと結婚できるだけでいい。
「男なんて種を出すだけだ。女性は命がけで生むんだぞ。人助けだと思ってケチケチしないでくれてやってくれ」
そうかもしれない。
もし番に子種を出せと言われたら、出るだけ絞り出そう。
生命の進化論と、女性視点での幸福論と、イシスの特異な教育論を一気に詰め込まれ、狼は頭が混乱していた。
父の腕輪問題の解決には至らなかった。
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