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第6章 塩会議

第32話 塩会議①

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ヤドラス子爵家嫡男のネストルは昼の少し前にグラスニカの領都に到着した。朝暗いうちから移動を始めたのだが、グラスニカのギルドマスターが手配した馬が休憩所に用意されており、次々と馬を入れ替えての強引な到着である。

領都に入るとすぐにギルドマスター達はネストルと別れ商業ギルドに向かった。

ネストルはグラスニカ侯爵が用意した宿舎に移動したが、すぐにグラスニカ侯爵屋敷に挨拶をしに向かった。
自分が塩会議の主導権を持っていると思っていたが、現状では一番爵位が低いのは事実である。最低限の礼儀を守らなければ、中立であるはずのカービン伯爵まで敵に回しかねないからだ。

ネストルがグラスニカ侯爵の屋敷に着くと、すぐに会議室に通される。中に入るとすぐに頭を下げて謝罪する。

「到着が遅れて申し訳ありません。父がギリギリまで自分で行くと言っていたのですが、出発の直前に体調を崩してしまいました。皆様をお待たせして本当に申し訳ありませんでした」

ネストルはいつも以上に丁寧に、何度も頭を下げる。部屋に入ってすぐにゼノキア侯爵が居ることに気が付いたのだ。
内心では少し失敗したと思っていた。堅物のゼノキア侯爵までいるなら、遅れてくることはなかった。それでも無理して到着したと時間的には思ってくれるだろうと考えていた。

「まあ、ヤドラス子爵が調子悪いのなら仕方ない。塩会議にはそなたが参加するので良いのか?」

グラスニカ侯爵のエドワルドに尋ねられ、すぐにネストルは答える。

「はい、最近は実質的な実務も、隣国との交渉も私がしていたので問題ありません。父もそろそろ引退を考えているようです」

ネストルはゼノキア侯爵も居ることから、代替わりの話もそれとなくする。

「そうか……、こちらも少し事情が変わって、ゼノキア侯爵も今回の塩会議に出席することになった」

エドワルドはヤドラス子爵を心配する発言もなく、ゼノキア侯爵のことを話した。

「そうですか、私も塩会議にはゼノキア侯爵も参加する方が良いと前々から思っていました。こちらこそよろしくお願いします」

ネストルは誰も父のことを心配していなかったが、気にすることなくゼノキア侯爵に笑顔を見せて挨拶する。

「急遽決めたのでグラスニカ侯爵にも連絡せずに来たぐらいじゃ。この会議の結果は我が領にも影響があると思っての参加だ、頼むぞ!」

ネストルが返事しようとする前にエドワルドが話した。

「もう昼の時間だ。会議は昼食を済ませてからにしよう。ネストル殿も移動で大変だったと思うがそれで頼む」

ネストルは返事しようとすると今度はハロルドが発言する。

「そうじゃ、さすがに腹が減った。話は食事を済ませてからじゃ!」

ハロルドはそう言うと席を立つ。他のみんなも席を立って食堂への移動を始めた。ネストルはさすがに失礼ではないかと思ったが、当主でもなく子爵位の自分が反論できるはずもなかった。

腹を立てたが、会議なら主導権は自分にあると言い聞かせて、もう少し値上げをすることを考えるのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


昼食が終わるとリビングでお茶を飲んでから会議を始めることになった。しかし、ネストルの苛立ちは限界に近かった。

食事中もリビングでお茶を飲むときも、まるで自分が存在しないような雰囲気で他のみんなは談笑しているのだ。それが爵位によるものなのか、毎年こんな雰囲気なのかは関係ない。塩を握っている自分に周りが気を遣うべきだとネストルは考えていたのである。

どちらにしろ、塩のお陰でこれまでちやほやされていたネストルには我慢できなかった。爵位が低いなら上がれば良い。そして、こんな扱いを自分にする相手からは、むしり取れるだけむしり取ってやろうと考えるのであった。

お茶を飲むと全員で会議室に移動する。そして用意された席を見てさらに腹を立てる。まるで被告人のような位置に席があったからだ。

昼休みにエドワルドが使用人に指示して配置を変えたのである。

ネストルには貧相な一人用の机が用意されていた。正面にはエドワルドが一人で座り、左手にはハロルドとカーク、右手にはゼノキア侯爵とカービン伯爵が座っている。まるで審問を受けるような体制である。

「い、いつもこのような感じなのでしょうか?」

内心では腸《はらわた》が煮えくり返っていたが、丁寧にエドワルドに尋ねる。

「いや、今回はゼノキア侯爵が来られているのでいつもとは少し違う。しかし、それほど大きくは違わないはずだ。いつもはヤドラス子爵殿が隣国との交渉結果を報告してもらうので、このような感じで会議をしているのだ。そのことは父のヤドラス殿には聞いていなかったのか?」

エドワルドは普通に答えたが、ハロルドとカークは内心では大笑いしていた。このような配置で会議をするのは初めてだからだ。

ネストルは顔を真っ赤にして、内心では怒りで爆発しそうだった。しかし、貧相だが主役席だと自分に言い聞かせて、席に座るのであった。しかし、怒りで目は座っていたのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


「それでは塩会議を始めよう。ネストル殿、隣国との交渉結果を話してくれ」

エドワルドが議長役で会議が始まった。

ネストルは立ち上がると、交渉結果の報告を始める。

「隣国は天候不順や輸送費の値上げにより、今年も塩価格の値上げを要求してきました。今年はなんと去年の倍の金額を要求してきたのですが、何とか交渉して4割ほどの値上げに押さえさせました」

ネストルは自慢気に報告をした。予定では多くても2割ほどの値上げを考えていたが、怒りで4割と言ったのである。それでも倍の値上げの要求を6割も削ってやったのだと得意気に話したのである。そもそもそんな値上げなど存在しなかったのだが……。

「恥知らずが!」

ネストルの話を聞いてハロルドはネストルに向かって言った。

「それはどういうことでしょうか!? 幾らなんでも失礼ではありませんか!」

ネストルは抑えていたものを爆発させる。ゼノキア侯爵が居るのだから、何の証拠もなく侮辱されたのである。強く反論してもハロルドを抑えてもらえると考えた。

「落ち着け、別にお主に行ったのではないだろう。そのような金額を提示した隣国に対していったのだろう。そうだな、ハロルド?」

「んっ、そうじゃのぉ。そういうことにするかのぉ」

ハロルドは惚けた感じで答えた。それを見てネストルは更に怒りに震える。

「隣国では10年以上前から塩の値段に変化はないはずだ。なぜ、我が国への塩の価格だけ上昇するのだ?」

ゼノキア侯爵がネストルに質問する。

ネストルは内心で驚いていた。ハロルド達はいつもヤドラスを標的にして疑ってきた。しかし、ゼノキア侯爵は隣国の調査をしていたのだ。実質的に味方と思っていたが、油断できない相手だと初めて気が付く。

「それについては私共も調査して確認しております。しかし、天候不順などで価格が上昇するのを、我が国に肩代わりさせている可能性もあります。引き続き調査を続けていますが、まだ明確な証拠は挙がっていません」

ネストルは10年前に値上げを始めた頃から、その追及がくる可能性は考慮していた。その追及がきた場合の答えを用意していたのだ

そしてゼノキア侯爵は別に自分の味方ではないと改めて気が付く。証拠がなければ動かないだけで、証拠を自ら用意し始めるとは思っていなかったのである。

「ふむ、隣国が国として我が国から搾取していると可能性が高いということか……」

ゼノキア侯爵がそう呟くと、ネストルは少し焦りだす。下手にその方向で話が進み始めると、国家間の問題に発展するからだ。

「いえ、まだその辺の確証は得られていません。もしかして隣国の一部の貴族が企んでいる可能性もありますし、自国では値上げしないように何か対策をしている可能性もあります。
ヤドラス家でも少しずつ調査を続けています。いつまでもこのような値上げをさせないようにさせるつもりです」

ゼノキア侯爵の呟きでネストルも冷静さを取り戻した。さすがに今回の値上げはやり過ぎだと反省した。

「しかし、今回の値上げを考えると、さすがに許容できる範囲を超えておるな……」

エドワルドが呟いた。するとハロルドが大きな声で宣言した。

「儂は今年の塩の購入は止める! 備蓄した塩でやり過ごすことにするのじゃ!」

ハロルドが予想外の主張をしてきてネストルは焦り出す。これでは騒ぎが大きくなりすぎるからだ。やはり今回の値上げはやり過ぎたと慌てて弁解する。

「お待ちください! まだ交渉で値下げさせられます。もう少しお時間を下さい!」

「ふざけるなぁ! 今さら交渉すれば値上げが何とかなると言うのか。それなら最初から交渉しておけばよいではないか!」

ハロルドが立ち上がってネストルを怒鳴りつける。

ネストルはハロルドの剣幕に震え上がるのであった。
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