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7巻
7-3
しおりを挟む「ふん、お前は奴のことを分かっていないようだな」
「どういうことだ?」
タランティは内心少しムカッとしたものの、いつものことだと思い直し、心を鎮めてからそう聞き返した。
「奴はあれでいて、自らの法に縛られておる。だから明確な証拠がなければ人を殺さない。そうでなければとっくに私は奴に殺されておるわ!」
タランティはその言葉に一瞬驚いたが、思い直す。
(いや、このじじいがこれまで殺されていなかったことを考えると納得は出来るか。だからといって完全に油断は出来ない。警戒は必要だな)
とはいえ、そもそもこれまでの権力を失った公爵に闇ギルドがこれ以上肩入れする理由はない。
淡い期待を抱きつつ、タランティはデンセット公爵に尋ねる。
「とはいえ、危険は危険だ。闇ギルドの連中を引き上げさせることは出来ないか?」
「何を言っておる! 護衛依頼は領内に戻るまで継続される。当然のことだ。どれほどの金を払っていると思っているのだ!」
タランティも断られるとは分かっていたので、一つ息を吐いて頷く。
「あぁ、分かった。うちの護衛は残すが、俺は先に現状を上に報告しに領都へ行かせてもらう。だから今度会うのはそこになるかな」
「闇ギルドの仕事はいい加減だな。分かった、ついでに今の状況を息子にも伝えてくれ。おい!」
デンセット公爵は執事を呼んだ。
執事から受け取った書類を、公爵はタランティに差し出した。
それを見て、タランティはデンセット公爵が最初から自分に伝令役をさせるつもりだったと気付く。
「なんだよ、最初から俺に行かせるつもりだったんじゃねぇか」
書類を受け取りながら文句を言うと、デンセット公爵は鼻を鳴らす。
「ふん、別にお前じゃなくても構わんが?」
タランティは再度ムカッとしたが、早めに彼らと別れたかったので、それ以上は何も言わずに書類を受け取る。
「すみませんが、この手紙もお願いします」
従者の男はそう言うと、用意していた手紙をタランティに差し出した。
「報酬は出るんだろうな?」
「報酬を渡すよう手紙に書いてありますので、向こうで受け取れます」
「チッ」
面倒臭い仕事を任されたと思い、舌打ちするタランティ。
しかし、あえて自分が足を運ぶこともないなと思い直す。
「それじゃあ俺はこれで失礼するよ」
タランティはそう言うとベランダ側の窓から出ていってしまった。
デンセット公爵は執事に言う。
「おい、警備を強化するように伝えろ。バルドーはともかく国王や宰相が強硬手段に出てくる可能性もある」
「はい、それと……」
執事は、そこまで言ってからなかなか言葉を発さない。
「なんだ、お前が何かを言い淀むなど、珍しいな?」
そうデンセット公爵が続きを促してようやく、執事は観念したように言う。
「実は、万能薬や若返りポーションが大量に見つかったと報告が上がっておりまして……」
テンマ達はついこの間、王都の近くにある深淵のダンジョン内の隠し部屋で万能薬や若返りポーション、階層転移が出来る転送部屋を発見していた。
その情報は冒険者ギルドの中でも機密に相当し、ギルマスと冒険者ギルドの受付の職員を束ねているネフェルしか知らないはず。
しかし、ギルマスはその情報を自分の妻達には漏らしていた。
そして、そのうちの一人が小遣い欲しさに『噂程度でしかないんですけどね』と言いながら、デンセット公爵の関係者の一人に情報を売っていたのである。
デンセット公爵は若返りポーションを手に入れるために、長年にわたって冒険者ギルドの情報をチェックしていた。
それでも収穫がなかった中で、この情報だ。
「なんだと!? 絶対に手に入れろ。脅しても金を積んででもいい。なんとしてでも手に入れるのだ!」
執事はこうなることが分かっていて、言い淀んでいた。
というのも――
「それが、手に入れるのが困難な状況なんです」
「なぜだ!」
「万能薬や若返りポーションを手に入れたのは、A級冒険者のバルガス達だと思われます」
「それがどうした! 脅すのが難しくとも、金で釣ればいい。それなら奴も飛びつくだろう?」
「現在バルガスはドロテアと一緒に行動しておりまして、そこにバルドーもよく顔を出しているようなんです……。こちらが接触すること自体がリスクになるかと」
デンセット公爵は予想外の名前が出たことに、驚きのあまり固まってしまった。
それからわなわなと震えたかと思えば、叫ぶ。
「なぜだぁーーー! なぜあいつは私の邪魔ばかりするのだ!」
デンセット公爵は子供が癇癪を起こしたときのように、テーブルの上のティーカップなどを投げ始めた。
従者の男はソファの後ろに隠れてしまう。
少しすると投げる物もなくなり、デンセット公爵はぐったりとソファに腰を下ろした。
「直接でなく、商人か貴族を使って接触を図るのはどうだ?」
「非常に難しいと思われます。よしんば上手くいったとて、時間が掛かるでしょう」
「構わぬ! 何年経とうとも手に入れろ!」
「了解しました」
「私は寝る!」
デンセット公爵は最後にそう残して、寝室へと戻る。
翌朝、デンセット公爵は早めに目を覚ますと、昨晩のタランティの発言や、彼が逃げるように出ていったことを改めて思い返して、不安を募らせていた。
(もしかして、何か予想外のことが起きているのか?)
これまで何度も危険な状況を乗り越えてきたデンセット公爵の本能が、警鐘を鳴らしている。
デンセット公爵はそれに従ってすぐに従者達を集めると、いち早く自領に戻るべく、すぐに町を出発したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
タランティは闇ギルドメンバーに仕事を引き継ぐと、町の外壁を越えて真っ暗な街道を全力で走って移動を始めた。
夜目スキルのある彼にとって、人のいない暗闇は逆に行動しやすいのだ。
しかし、走り出してすぐに自分を追いかけてくる存在に気付く。
(一人か……しかし、この速度についてこられるほどの手練れだと考えると、油断出来ないな)
タランティは、それなりに自分の身体能力に自信を持っている。
全力で走る自分に追いつける相手を警戒するのは、当然のことだった。
一瞬タランティの脳内にバルドーの名前が思い浮かぶが、宿に入る前に来た従魔を使った伝令によれば、バルドーは王都にいるとのことだった。
いかにバルドーとはいえ、半日もかからずここまで移動するのは不可能だ。
タランティは追跡者を始末しようかと思いかけ――すぐに全力で逃げることを決断する。
一人だと思っていた相手の気配が、少しブレたように感じたのだ。
(一人じゃない、二人が並んで追いかけてきているのか!)
気配を誤魔化す技術の高さを見て、追跡者はバルドーから諜報組織を引き継いだカイナとアイナだとタランティは確信した。
闇ギルドはカイナとアイナの存在を把握してこそいるが、ほとんど情報を持っていない。
しかし、諜報組織を任されるほどの相手と正面から戦うことのデメリットが大きいことは言わずもがなだろう。
タランティは懐から身体能力増強ポーションを取り出して、それを一気に呷る。
そして、限界まで走る速度を上げる。
身体能力増強ポーションはおよそ三十分間、身体能力を一・五倍に引き上げてくれるが、効果が切れると反動で半日は起き上がれなくなってしまう。
それでもその三十分で相手との距離を離して身を隠せばやり過ごせるはずだと、タランティは判断したのだ。
少ししてタランティが身体能力増強ポーションを飲んだ辺りに、カイナとアイナが姿を現した。
しかし彼女達はそこで走るのをやめた。
「さすがに追いつけないわね」
「お姉ちゃん、ごめん。私がふらついたから……」
カイナは余裕そうだが、アイナは疲れ切った表情をしていた。
「仕方ないわ。相手は身体能力増強ポーションを使っていたみたいだしね」
彼女らは身体能力増強ポーションを用意していなかった。そもそも、まさかそれだけのリスクを取ってまで全力で逃亡されるとは考えていなかったのである。
二人は残念そうにしながらも、引き返すのだった。
第5話 動き出す愚か者達
元老院会議当日。
ベルント侯爵は、最高の気分で目覚めた。
このところ忙しく執務(実状は、ただ上がってきた報告を利権に繋げろと突っ返すだけの作業だが)をしていたので、昨晩は軽く酒を飲んで、熟睡してしまった。
おかげで頭はスッキリしているし、笑顔も絶えない。
そのまま彼はパパッと身なりを整え、食堂へ向かった。
屋敷の使用人達は、いつも朝は不機嫌そうにしている侯爵が笑顔で食堂に来たことに、内心で驚いていた。
そして誰もが同じことを考える。
(((何か悪いことが起きる前兆じゃないのか!?)))
ベルント侯爵が席に着き、食事を始めて少しして――執事が来た。彼は、報告する。
「侯爵様、デンセット公爵の体調が思わしくなく、昨日公爵領にお戻りになられたそうです。従者も一緒に……」
これまで年一回の元老院会議には必ず出席していたデンセット公爵が、まるで逃げ出すように王都を離れた。
執事はその事実から不穏な気配を感じて、侯爵に報告した。
しかし、侯爵はすでにデンセット公爵に頼る必要はもうないと考えていた。
逆に主導権を握られる心配がなくなったと思い、喜んだくらいである。
執事は報告を聞いて更に笑顔を深めた侯爵を見て、他の使用人と同じようなことを思う。
(侯爵家に悪いことが起きる前兆ですかね……)
ベルント侯爵は、言う。
「問題ない。元老院議長の私がいれば安泰だ!」
その根拠のない自信に、ここにいる全員が更に不安を募らせていた。
「それと、ゲバス様が朝から屋敷に来られています。お会いになりますか?」
ゲバスは王都の闇ギルドのまとめ役で、普段は商人に扮している。
彼はデンセット公爵からタランティを介して、ベルント侯爵との連絡役を頼まれていた。
「そうだな。頼みたいこともあるから会おう」
「では、応接室に通しておきます」
執事はそう話すと食堂から出ていく。
ベルント侯爵はゆっくりと時間をかけて朝食を食べてから、応接室に向かった。
部屋にはブクブクに太った男が、笑顔で待っていた。
しかし、彼の瞳には油断ならない怪しい光が宿っている。
「今日という最高の日に最初に訪ねてきたのが、お前のような美しくない男とは……縁起が悪いな」
侯爵は醜く肥えたゲバスをそう揶揄した。
だが、当のゲバスは意に介した様子もなく、にへらと笑みを浮かべる。
「これはこれは、手厳しい。いやね、ベルント侯爵閣下の羽振りが最近、随分いいという噂をお聞きしまして。何かお力になれることがないかと、顔を出させていただいた次第です」
タランティはゲバスのことを嫌っており、碌に情報を与えずにデンセット公爵からの命令だけ伝えていたような形だ。ベルント侯爵と接触しすぎずに、連絡だけするようにと言い含めた上で。
しかし彼は、タランティからの雑な連絡に腹を立て、利益を上げれば文句を言われないだろうと、自分からベルント侯爵に会いに来たのである。
ちなみに、独自の情報網でベルント侯爵周辺が活発に動き出しており、近いうちに大変な利権を手にするのではないかという情報を手に入れていたのも、彼の行動の一因になっている。
「ふん、調子の良いことを言う奴だ!」
侯爵はゲバスが闇ギルドの人間であることは知っていた。
これまで侯爵は、女の調達程度しか闇ギルドに頼んでこなかった。
しかし今後は自分が主導する形で色々と動かしていかねばならない。
となれば、こういった金次第でなんでもしてくれるような組織としっかり関係を構築しておくのも大事だろう――そうベルント侯爵は考える。
(そうだな……たとえば、私の指示に従わない者に制裁を下してもらう、とかはどうか。何をしても構わぬはずだ、私は伝統ある元老院の議長だからな)
「私は侯爵閣下のお役に立てる人間だと思いますが?」
ゲバスは嫌らしい笑みを浮かべて、再度侯爵に問いかけた。
「お前はどれほどのことが出来るのだ?」
「なんなりとお申し付けください。対応出来ないことを探す方が、私にとっては難しい。ああ、ただ難易度によって、報酬は変わりますがね」
ゲバスは自信満々に答える。
もちろん実現出来ない願いもあるだろうが、その場合は払えない金額を言えば良いだけだと彼は考えていた。
侯爵は探るようにゲバスを見つめながら話す。
「ドロテアが滞在している宿は分かるか?」
ゲバスは予想外の名前に内心動揺していたが、表情には出さずに返答する。
「もちろんでございます。ドロテア様はバルガスの妻・マリアがオーナーを務め、その妹メアリが営む宿、妖精の寝床に滞在中だと聞いております」
王都中に情報網を持つゲバスは、警戒すべき相手の情報は当然持っていた。
妖精の守り人と揉めることは闇ギルドとしても避けたいので、普段から関わらずに済むよう、情報を集めているのだ。
また、それ以上にドロテアはアンタッチャブル。
彼女が妖精の寝床に滞在し始めてからは、あの付近での闇ギルドの活動はゲバスが一切禁止しているのである。
しかし、そんな状況に逆行するような言葉をベルント侯爵は吐く。
「ドロテアの始末は可能か?」
ゲバスは侯爵の言葉が信じられなかった。
「あのドロテア様を、ですか? 始末することは可能ですが、国家予算並みの報酬をいただいても足りませんよ?」
出来ないとは言えないので、絶対に叶えられない条件を提示することで依頼を有耶無耶にしようとしたわけだが――
「ほほう、金を用意すれば出来ると言うのだな?」
そう聞いたものの、その実、侯爵も本当に出来るとは思っていないし、頼もうとも思っていない。
ゲバスの返答を聞いて、実現可能性が本当にあるのか興味が湧いてしまい、聞いてみただけである。
「はい、正面からは無理でも我々には独自の手段がありますから。とはいえ、相当な準備と人材が必要になりますので、多額の費用を前払いしていただくことになります」
闇ギルドの評判を落とさないようにしつつ『多額の費用が必要だから無理だ』とゲバスは言外に匂わせようとした。
しかし、ベルント侯爵はゲバスの返答を聞いて、予想以上に使える男だと認識を改めていた。
そもそもが冗談であり、まさか可能との答えが返ってくると予想すらしていなかった。
もちろん国家予算並みの報酬など用意出来ないものの、それを可能だと言い切るゲバスを頼もしく思う。
侯爵は、ゲバスを試すことにする。
「妖精の寝床を焼き払ってくれ。別にドロテアや妖精の守り人を殺す必要はない。奴らがいないときを見計らって、宿を燃やすだけだ。それなら簡単だろう?」
侯爵は深く考えて言ったわけではなかった。
心理的ハードルは高いが実行自体は困難でない仕事でも請け負ってくれるのか、確認したかっただけだ。
ゲバスは侯爵の提案に少し驚いたが、すぐに儲けになると気付いた。
ドロテアや妖精の守り人と直接相対す必要がないとなれば、それほど難しい仕事ではない。
証拠さえ残さなければ、こちらが恨まれることだってない。
ならば、使い捨てのゴロツキに、はした金を握らせればいい。
慎重に行動する必要はあるが、一見難しそうだからこそ高い報酬を請求出来るのだ。
「可能ですが、それなりにリスクはある。特別危険な相手を敵に回してしまう可能性がある依頼ですから……報酬は金貨二千枚になります。それでもよろしいでしょうか?」
経費は正直、金貨百枚も必要ない。
しかし、吹っ掛けたような形だ。
侯爵は相場を知らなかったが、それくらいなら払えると考えて、更に注文を足す。
「今日中にやれ! それなら依頼しようじゃないか!」
どうせなら縁起の良い今日が良い。元老院会議で国王に頭を下げさせて権力を得た上で、自分の言うことを聞かないと、ドロテア相手でも事を起こす危険な男だと暗に思わせられれば――そう結論付けたのだ。
「それだと緊急対応ということで金貨三千枚になりますが、よろしいでしょうか? 今日中となると調査に相当の人員を割く必要がありますし、それ以外にも費用が掛かってしまいます」
ゲバスは、相場の十倍以上の金額の支払いにああも簡単に応じるとは思っていなかった。
それを受けて、追加で報酬を上乗せしたわけだが――
「ふむ、すぐに用意して先払いしてやれ!」
侯爵は金払いの良いところを見せて、大物感を出したかっただけである。
ゲバスは全額を前払いで貰えるとは考えていなかったので、必死に笑い出してしまいそうになるのを堪える。執事は愚かな行動に出た自分の主を見て危機感を覚えていたが、反論出来る立場にないので粛々と指示に従う他なかった。
侯爵がご機嫌で王宮に出発したあとで、執事はまず、家族を王都から逃がす準備を始めるのであった。
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※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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