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5巻
5-2
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◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。俺らはどこでも自宅のダイニングで、全員揃って朝食を摂っている。
昨晩は遅くまでシルモフしたことでモフモフ成分をたっぷり充電出来た。だから睡眠時間こそ短かったけど、肉体的にも精神的にもスッキリしている。
シルは少し疲れているようにも見えるが……。
ちなみに、アンナさんもスッキリとした表情をしている。変に俺を警戒する素振りもない。
それどころか、生気に満ちた目をしている気がする。
だが、本当の意味で彼女の憂いを取り払うために、もう一つやらねばならないことがある。
朝食が終わると、俺は台所でジジと一緒に食器を洗っているアンナさんに話しかける。
「アンナさん、こちらに来てもらえますか?」
「はい」
俺はアンナさんの目を見ながら命令する。
「あなたは俺からのエッチな要求に対して、自分の意思で抵抗、拒絶しなさい。また、この命令を俺が撤回、変更しようとした場合、それも自分の意思で断りなさい。これは命令です」
アンナさんが突然のことに驚いているようだったから、説明する。
「アンナさんの意思が尊重されるように命令したつもりだけど、これで大丈夫かな?」
「は、はいっ、問題ありません! で、でも、よろしいのしょうか?」
うん、嬉しそうだね……。でも当然だよな。
自分の意思とは関係なく、エッチなことをされるのは誰だって嫌だろうし。
「もちろんだよ。最初からエッチな要求をするつもりなんてなかったけど、こうした方が安心出来るでしょ?」
「あ、ありがとうございます!!」
感謝してくれるのは嬉しいけど、涙を浮かべるほど嫌だったのかぁ。
そう少し落ち込んでいると、ドロテアさんがひょっこり顔を出す。
「しかし、自分の意思で拒絶しなければエッチなことを出来るんじゃのぉ」
くっ、変なところで勘が鋭い! 微妙なスケベ心を見透かされてしまった!
「そ、そんな、そんなつもりではなく……自由意思を尊重した結果……」
言い訳がましくなってしまったぁ!
「はい! ご期待に応えられるように、頑張ります!」
アンナさん、そうじゃねぇーーー!
ジジ、そこで涙ぐまないでくれぇ~。
それにしてもそもそもアンナさんは……何歳なんだ?
見た目は二十代後半くらいに見えるけど、元女神だと考えると、人とは違う速度で老けていきそうだ。
「ちなみにアンナさんの年齢っていくつなの?」
そんなふうに口に出してから、女性に年齢を聞くのはまずかったか? なんて気付く。
しかし、アンナさんは気分を害した様子もなく答えてくれる。
「八千三百二十九歳です」
ま、待て! これ自分で聞いておいてなんだが、アンナさんの身の上がバレてしまうんじゃ……。
「ふふふっ、アンナでも冗談を言うのじゃなぁ」
ドロテアさんが冗談だと捉えてくれたようでよかった。
そう思っていると、アンナさんもやらかしに気付いたようで取り繕うように言う。
「いえ、本当に、あっ、いえ……十九歳?」
さすがにサバを読み過ぎだぁ! そしてなんで疑問形!?
俺は視線を天井に遣りながら呟く。
「確か二十四歳ぐらいって言ってなかったっけ~? 自分の年齢を忘れるなんて、お茶目だなぁ」
「えっ、あっ、二十四歳です!」
ドロテアさんがジト目で俺を見ている気がするが、気にしない気にしない!
俺は誤魔化すように咳払いして、宣言する。
「それでは予定通り、それぞれの作業を始めよう!」
第3話 中継地を作ろう!
バルドーさんやミーシャ達が周辺の魔物を狩りに出かけるのを見送ったので、俺らも作業を始めるとするか。
「テンマ、二人の共同作業は何から始めるのじゃ?」
ウキウキした様子でドロテアさんが聞いてくるが、『二人の共同作業』という言葉は無視して、淡々と説明する。
「ここは宿場町となる予定です。将来的には周りを開拓して発展させていく可能性もありますが、今からそんな先のことを考えても仕方ありません。ひとまずドロテアさんは道路を平らに均して固めてください。俺は建物を作ります」
「ま、待つのじゃ! 土魔術は苦手なのじゃ。もっと違う――」
「ドロテアさんって、細かい魔法は苦手ですよね。森の中で魔物を狩ってもらうにしても、この前みたいに魔力を込め過ぎてドッカーンと森を破壊されたら困ります」
前に一度だけ一緒に狩りに行ったことがあるのだが、ドロテアさんは森の一部を火魔術で灰にしてしまった。
それ以降彼女に狩りをさせることはなくなったのだが、これを機に繊細な魔力操作を覚えてほしい。そういう意図があって、今回一緒に作業することにしたのだ。
「そ、そんなことはないのじゃ!」
露骨に目が泳いでいるな。
「ドロテアさんは魔力量に比べて、魔力操作のレベルが低いと思うんですよねぇ」
「そ、それは……」
やっぱり、ドロテアさんは押しに弱いな!
俺は更に言う。
「苦手な土魔術を丁寧に使う中で、魔力操作のレベルが上がると思うんですよねぇ。ドロテアさんなら出来ると信じていたんですけど、残念だなぁ~」
「信じてる…………任せるのじゃ!」
そう言うと、ドロテアさんは走っていって、作業を始める。
ドロテアさんはチョロいなぁ。
普段『夜伽をするのじゃ!』なんて迫ってくるドロテアさんだが、強気で押し倒したら、涙目で『許してほしいのじゃ、冗談のつもりだったのじゃ!』なんて言ってきそうだよなぁ。
そう思うと、ニヤニヤが止まらない。
「テンマも仕事をするのじゃー!」
ドロテアさんに怒られてしまったので、俺も作業を始めることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
少し日が翳り始めた頃、俺は予定通り村の建物を完成させた。
地盤を固めて、用意した石のブロックを組み、最後に土魔術で固定する。
もう、何度同じ作業をしてきたのか分からない。
部屋を区切るのはアルベルトさん達に任せれば良いので、俺が作るのは家の大枠だけ。故に、それほど大変でもない。
続いて、道を作るときに抜いた木を魔法で乾燥させ、製材する。
この作業も何度もしてきたので、あっという間だ。
さて、作業が一段落したのでドロテアさんに頼んだ道の具合を確認しながら、彼女の元へ向かおう。
最初の方に作業したであろう地面は少し凸凹しているが、途中から随分とマシになっている。
土魔術か魔力操作のレベルが上がったのかもしれないな。
そうしてしばらく歩いた先で、ドロテアさんを見つけた。
その周辺は、更に上手く舗装されているな。
スキルごとに素質というものがある。SSSが最大プラス補正。SS、S、A、Bがあれば、相応のプラス補正がかかり、Cが補正なし。D、E、F、G、Hはマイナス補正で、Hが最大マイナス補正となる。補正が強いほどそのスキルは得やすい。
また、種族素質というものもある。種族素質は高ければ高いほど各能力値の初期値やスキル素質が高くなるのだ。
ドロテアさんは魔術スキルの適性が軒並み高いし、種族素質も高い。
そのため上達がかなり速かったのだろう。
でもドロテアさんが強くなったら、襲われたときに貞操を守り切れるのだろうか……身震いしてしまう。
そんなことをしている間に、俺に気付いたドロテアさんが嬉しそうに走ってくる。
「テンマァーーー!」
胸はバルンバルン。だけど、無邪気な子供のような笑みを浮かべた顔には泥の跡が。
か、可愛いじゃねえかぁーーー!
くっ、これがあるから……ドロテアさんを突き放せないんだよぉーーー!
「テンマの言う通り、土魔術や魔力操作のレベルが上がったのじゃ!」
「よ、よかったですね……」
魔術の上達を喜ぶドロテアさんの表情は、大人な体つきに反してあどけなく、大変可愛らしい。
ヤバい! それでもドロテアさんは六十歳、六十歳、六十歳!
「お兄ちゃーーーん!」
落ち着くために心の中で呪文を唱えていたら、ピピが背中に飛びついてきた。
「や、やあ、ピピ、お帰り」
「ただいまー!」
た、助かったぁぁぁ!
純真なピピの声を聞いて、どうにか心は平静を取り戻した。
胸を撫で下ろしながら、ピピを体の前に移動させる。
血だらけの幼女ぉーーーーー!
あまりにもスプラッタなピピの姿を見て、思わず叫びそうになる。
「ピピ、今日もがんばったのー」
可愛らしいピピの笑顔も、血だらけだとホラーだ……。
絶句していると、バルドーさんの声がする。
「ピピ、先に血を落とさないと、テンマ様が驚いてしまうよ」
「ごめんなさい、師匠!」
バルドーさんはピピに何を教えているのだろう……不安だ。
すると、更に遅れてやってきたミーシャもニコニコしながら言う。
「むふぅ、二日で種族レベルが2上がった!」
ドヤ顔で言うミーシャを鑑定すると、確かに種族レベルが10から12になっている。
それに伴いステータスも全体的に上がっていて、特に素早さは二割以上も増加していた。
「ミーシャさんは現時点で冒険者レベルで言うとBランク程度の実力があります。レベル20までいけば、余裕でAランク冒険者になれるのではないでしょうか」
「むふぅ!」
バルドーさんの説明を受けて、ミーシャは更に鼻息を荒くする。
お前はどこに向かってるんだ? いや、そうなるように俺が研修を始めたんだけどさ……。
出会った当時のただの村娘だった彼女を思い出し、なんだか複雑な気持ちになってしまうのだった。
第4話 膝枕
翌日、ドロテアさんは引き続き道路の整備に対してやる気を燃やしている。
魔術が上達すると分かり、前向きになってくれたようだ。
ミーシャ達も引き続きバルドーさんの指導の元、魔物を狩り続けている。
まあ、バルドーさんは魔物を狩らせることより、ピピとミーシャを鍛えるのが目的な気がするが。
そんな中俺は、どこでも自宅のリビングでソファに寝っ転がり、だらだらと過ごしていた。
すると、段々瞼が重くなってくる。
このまま寝てしまおうかと思っていると、ジジがお茶を運んで来た。
「テンマ様は少し頑張り過ぎです。もっと休んだ方が良いですよ」
いつも癒してくれるシルはミーシャとともに魔物の間引きに行ってしまったけど、ジジがいた。
うーん、なんだか眠たいし、ちょうどいいやぁ。
「ジジ、膝枕をしてほしいなぁ」
「えっ!」
目を見開いて固まるジジ。微睡んでいた俺の頭が瞬間、少し覚醒する。
うわぁ、寝ぼけていたのもあって、甘え過ぎてしまった!?
そんなふうに焦っていると――
「よ、よろしくお願いしましゅ」
ジジは、恥ずかしそうにしながらも受け入れてくれた。
恥じらうあまり噛んでしまっているのが、なんとも可愛らしい。
俺は早速、横に腰を下ろしてくれたジジの太腿に頭を乗せる。
ジジは緊張して強張っているようで、足が少し硬い。だけど……。
「はぁ~、癒されるなぁ~」
自然と呟いてしまった。すると緊張がほぐれたのか、優しい声でジジは言う。
「さっきも言いましたが、テンマ様は頑張り過ぎです。たまにはゆっくりと体を休めて下さい」
ジジはそれから、俺の頭を優しく撫で始める。
その感触があまりに心地良くて、段々と意識が遠のいて……。
◇ ◇ ◇ ◇
何やら周りが騒がしい。
「ジジ、疲れておるじゃろう。私が代わってやるのじゃ」
あぁ、これはドロテアさんの声かぁ。
「いえ、ドロテア様もお疲れですので、私が交代します」
これはアンナさんかな?
「ピピもするの!」
ふふふっ、ピピは相変わらず元気だなぁ。
「私が代わりましょうか?」
んっ、バルドーさんまで? みんななんの話をしているのかな?
そして、段々頭が冴えていき、今の自分の状況を思い出す。
膝枕ぁーーーーー!
慌てて起き上がり、周囲を見回すと、全員が俺に注目しているのが分かる。
ドロテアさんが言う。
「なんじゃ、テンマが起きてしまったではないか」
「皆さんが騒ぐからです!」
ジジは少し怒っているようだ。
内心恥ずかしかったが、俺はそれを隠しつつ、ジジにお礼を言う。
「ジジ、ありがとう。驚くほど疲れが取れたよ」
「いえ、テンマ様のお役に立てたのなら、私も嬉しいです」
うん、ほんまにええ娘やぁ~!
周りから生温かい視線を感じるが、無視だ無視!
するとジジが立ち上がろうとして――よろけてしまう。
俺は彼女を抱きとめる。
それを見て、ドロテアさんが言う。
「だから言ったのじゃ。朝からずっと膝枕していたから、足が痺れたのじゃろう」
朝からって……一体、今は何時なんだ?
生活魔術のタイムで時間を確認すると、なんと夕方になっていた。
ジジをソファにもう一度座らせ、回復魔法で足の痺れを取ってやる。
「あ、ありがとうございましゅ」
やはりジジは可愛ええなぁ~!
「次は私の番なのじゃ!」
「つぎはピピ~!」
「私にお任せ下さい!」
ドロテアさんとピピ、そしてバルドーさんが再度参戦表明してきた。
「もう十分にジジに休ませてもらったので、大丈夫ですよ!」
俺がそう言うと、ピピが頬を膨らませる。
「う~、ピピも~!」
「じゃあピピはシルと一緒に、今晩俺と寝てくれるかな?」
「うん、いっしょにねる~!」
うんうん、癒されるなぁ。
それを見ていたドロテアさんとバルドーさんが参戦しようとしているのに気付き、俺は先に釘を刺す。
「でも、残りの二人はお断りします!」
ドロテアさんがあわあわしているが、気にせず夕食に向かう。
爆睡して昼を食べ損なったので、本当にお腹が空いていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝も、気分良く目を覚ます。
昼に寝ていたので寝られるか心配だったけど、シルと一緒にピピを挟んで横たわっていると、すぐに夢の中だった。
ジジが言う通り、思った以上にこの数ヶ月は無理をしていたのかもしれない。
作業もそうだが、人間関係が複雑化したことにより精神的に疲れていたのだろう。
前世では一人でいることが多く、研修時代は完全に一人きりだったし。
朝食を食べてから、中継地を出発し、馬車を走らせる。
今俺はジジと……なぜかアンナさんに挟まれながら御者台に座っていた。
残りのみんなは、馬車の上に座ってトンネルを物珍しそうに眺めている。
一時間ほど進むと、トンネルまで到着した。
みんなが感嘆の声を上げているから自慢したくなるが、説明するとキリがないので我慢する。
穴を掘っただけでなく、全面を土魔術で石畳にしつつ綺麗にしてあるし、幅も余裕を持って作ったから、馬車がすれ違えるようになっているんだよなぁ。
とはいえ三十メートルしかないので、すぐに出口だ。
このトンネルの先にも、俺が力を入れて作った物がある。
「あっ、こんどは橋があるぅ~」
おっ、ピピがいち早く気付いたようだ。
山裾に沿って道を作ると急な曲がり角になってしまい、馬車を走らせにくい。
だから橋を作り、ショートカット出来るようにしたのだ。
何度かトンネルを通り橋を渡り、昼前には岩山を越えガロン川の手前に到着した。
この川の向こう側はラソーエの領地だ。
川の手前には外壁で囲まれた土地がある。
この中には、広場を作り、建物を一棟だけ建てたんだよな。
「テンマ様、ここに村を作るのですか? そんな計画はなかったと思いますが?」
呆れ顔で質問してくるバルドーさんに、俺は答える。
「ここで検問を行うことになる可能性もあるかと思い、兵士が宿泊出来る建物を建てただけです。一応安全のために外壁も造りました」
「なるほど……」
バルドーさんは微妙な表情をしていたけど、結局納得してくれたようだ。
昼食は建物の屋上で食べることにした。
屋上には柵を設置して、テラスにしてあるのだ。
第5話 ドロテアの怒り
昼食を食べ始めて少しすると、ドロテアさんがいつものようにニヤニヤしながら話しかけてくる。
「ここは景色も良いし、山裾に家を建ててのんびり暮らすのも悪くないのう。テンマ、一緒に暮らそうではないか!」
「う~ん、ドロテアさんとじゃのんびりと暮らせないと思うから、断らせてもらいます!」
俺も普段通りそう返したんだけど……あれっ、いつもの反応と違うなぁ~。
ドロテアさんは不満そうな顔だ。
他のみんなもそのことに気付いたようで、なんだか微妙な空気が流れる。
少しして、ドロテアさんは言う。
「最近のテンマは、私に冷たいのじゃ!」
いやいや、出会った頃からそれほど態度は変えていないけど?
う~ん、でもドロテアさんがそれを不満に思っているのなら、しっかり話をしないとな!
アンナさんとの一件で、話し合うことの重要性を知った。
ならばそれを今回にも活かそう、という訳だ。
「俺はさほど態度を変えたつもりはありませんが……最近のドロテアさん、冗談がしつこくないですか?」
「なっ」
「最初は好意を寄せてくれていると思って嬉しかったんですけど、旅に出てから折に触れて言い寄ってこられるようになったので、ちょっとしつこいなぁって」
ドロテアさんが、目に見えて焦っているのが分かる。
さすがに少しきつい言い方だったかと思い、俺はフォローする。
「別にドロテアさんが嫌いだってことじゃないですよ。道を一生懸命作りながら、魔術を極めようとする姿は可愛いと思うぐらいですし」
「可愛い……」
そこだけ抜き出さないでよ……。
少し気恥ずかしくなりながらも続ける。
「俺も男だから、魅力的な女性に言い寄られるのは嫌じゃないですけど、一日に何回も言い寄られると、正直困惑してしまいますよ」
「デンマァ、わ、私は男性を好きになったのは初めてなのじゃ~。だから、どうすれば良いか分からなくて、エッチなことをすれば男は喜ぶと教わっていたから、それで! 必死だったのじゃ~」
号泣しながら縋りついてくる六十歳。
うんうん、これぞドロテアさんって感じだ。こっちの方が健全で良い。
……って、待てよ? 今『教わって』って言った?
「誰に教わったんですか?」
「カリアーナが教えてくれたんじゃ……」
えっ、カリアーナさん!?
カリアーナさんは元々魔術ギルドの副ギルマス。
旅に出るときにドロテアさんにギルマスの役職を押し付けられたので、現在はギルマスである。
ロンダを出る直前、ドロテアさんに縋りついていて……確かに不穏な会話を盗み聞きしたっけ。
でも、あの人も恋人がいないんじゃなかったか……?
すると、バルドーさんが言う。
「確かにカリアーナはよく男に言い寄っているみたいですね。ですが積極的過ぎて怖いと、私の知り合いが言っていました」
「わ、私はカリアーナに騙されのか……」
愕然とするドロテアさん。
カリアーナさんにも悪気はなかったと思う。ただ、男性と付き合った経験もなかったってだけで……。
あっ、ドロテアさんの目が血走ってるぅぅぅ!
「ゆ、ゆ、許さんのじゃーーーーー!」
ドロテアさんは怒りのまま火魔術の上級魔法を発動させ、最大限の魔力を込めて川の上流へ放つ。
ドッゴーーーーーン!
やばい! やばい! やばい!
俺はすぐに広場の外壁ごと結界魔法で囲い、守りを固める。
放たれた魔法は川の一部を吹き飛ばす。
水が土や石と一緒に降り注いでくる。
け、結界が間に合って良かった~。
「ふぅううぅぅううう……フハハハハァ! ヘヘヘェ、殺す!」
こ、怖ーーーーーい!
カリアーナさんが呪われてしまうのではないかと心配になるくらい、ドロテアさんの様子は尋常ではない。
俺含め誰もドロテアさんに声を掛けられず、ただ時間だけが過ぎていく。
二分ほど経って魔法の余波は収まり、魔法を放った場所が池のようになっているのが見える。
ようやくドロテアさんの怒りも収まったようで、彼女はぽろぽろと涙を零し始めた。
「わだじは、おりょきゃものじゃ~(私は、愚か者じゃ~)」
うん、そうかも。よもやあんな話から、こんなに大きな被害が生まれるとは思わなかったもの。
だが、ここでそれを言っても仕方ない。
「ドロテアさん、もう一度色々と見直そうじゃありませんか。カリアーナさんも、ドロテアさんを騙そうとしたわけではないと思いますよ」
「テンミャ~、じゃがぁ……」
「彼女はきっと、積極的に言い寄るのが正しいと思っているんです。そしてそれがダメだと気付いていないカリアーナさんには一番悲惨な運命が待っているかもしれません……」
バルドーさんも、うんうん頷きながら言う。
「確かにそうですなぁ。その点ドロテア様は、テンマ様に完全に嫌われる前に気付けて良かったのではないでしょうか」
そんなバルドーさんの言葉を聞いて、ドロテアさんの表情が明るくなる。
翌朝。俺らはどこでも自宅のダイニングで、全員揃って朝食を摂っている。
昨晩は遅くまでシルモフしたことでモフモフ成分をたっぷり充電出来た。だから睡眠時間こそ短かったけど、肉体的にも精神的にもスッキリしている。
シルは少し疲れているようにも見えるが……。
ちなみに、アンナさんもスッキリとした表情をしている。変に俺を警戒する素振りもない。
それどころか、生気に満ちた目をしている気がする。
だが、本当の意味で彼女の憂いを取り払うために、もう一つやらねばならないことがある。
朝食が終わると、俺は台所でジジと一緒に食器を洗っているアンナさんに話しかける。
「アンナさん、こちらに来てもらえますか?」
「はい」
俺はアンナさんの目を見ながら命令する。
「あなたは俺からのエッチな要求に対して、自分の意思で抵抗、拒絶しなさい。また、この命令を俺が撤回、変更しようとした場合、それも自分の意思で断りなさい。これは命令です」
アンナさんが突然のことに驚いているようだったから、説明する。
「アンナさんの意思が尊重されるように命令したつもりだけど、これで大丈夫かな?」
「は、はいっ、問題ありません! で、でも、よろしいのしょうか?」
うん、嬉しそうだね……。でも当然だよな。
自分の意思とは関係なく、エッチなことをされるのは誰だって嫌だろうし。
「もちろんだよ。最初からエッチな要求をするつもりなんてなかったけど、こうした方が安心出来るでしょ?」
「あ、ありがとうございます!!」
感謝してくれるのは嬉しいけど、涙を浮かべるほど嫌だったのかぁ。
そう少し落ち込んでいると、ドロテアさんがひょっこり顔を出す。
「しかし、自分の意思で拒絶しなければエッチなことを出来るんじゃのぉ」
くっ、変なところで勘が鋭い! 微妙なスケベ心を見透かされてしまった!
「そ、そんな、そんなつもりではなく……自由意思を尊重した結果……」
言い訳がましくなってしまったぁ!
「はい! ご期待に応えられるように、頑張ります!」
アンナさん、そうじゃねぇーーー!
ジジ、そこで涙ぐまないでくれぇ~。
それにしてもそもそもアンナさんは……何歳なんだ?
見た目は二十代後半くらいに見えるけど、元女神だと考えると、人とは違う速度で老けていきそうだ。
「ちなみにアンナさんの年齢っていくつなの?」
そんなふうに口に出してから、女性に年齢を聞くのはまずかったか? なんて気付く。
しかし、アンナさんは気分を害した様子もなく答えてくれる。
「八千三百二十九歳です」
ま、待て! これ自分で聞いておいてなんだが、アンナさんの身の上がバレてしまうんじゃ……。
「ふふふっ、アンナでも冗談を言うのじゃなぁ」
ドロテアさんが冗談だと捉えてくれたようでよかった。
そう思っていると、アンナさんもやらかしに気付いたようで取り繕うように言う。
「いえ、本当に、あっ、いえ……十九歳?」
さすがにサバを読み過ぎだぁ! そしてなんで疑問形!?
俺は視線を天井に遣りながら呟く。
「確か二十四歳ぐらいって言ってなかったっけ~? 自分の年齢を忘れるなんて、お茶目だなぁ」
「えっ、あっ、二十四歳です!」
ドロテアさんがジト目で俺を見ている気がするが、気にしない気にしない!
俺は誤魔化すように咳払いして、宣言する。
「それでは予定通り、それぞれの作業を始めよう!」
第3話 中継地を作ろう!
バルドーさんやミーシャ達が周辺の魔物を狩りに出かけるのを見送ったので、俺らも作業を始めるとするか。
「テンマ、二人の共同作業は何から始めるのじゃ?」
ウキウキした様子でドロテアさんが聞いてくるが、『二人の共同作業』という言葉は無視して、淡々と説明する。
「ここは宿場町となる予定です。将来的には周りを開拓して発展させていく可能性もありますが、今からそんな先のことを考えても仕方ありません。ひとまずドロテアさんは道路を平らに均して固めてください。俺は建物を作ります」
「ま、待つのじゃ! 土魔術は苦手なのじゃ。もっと違う――」
「ドロテアさんって、細かい魔法は苦手ですよね。森の中で魔物を狩ってもらうにしても、この前みたいに魔力を込め過ぎてドッカーンと森を破壊されたら困ります」
前に一度だけ一緒に狩りに行ったことがあるのだが、ドロテアさんは森の一部を火魔術で灰にしてしまった。
それ以降彼女に狩りをさせることはなくなったのだが、これを機に繊細な魔力操作を覚えてほしい。そういう意図があって、今回一緒に作業することにしたのだ。
「そ、そんなことはないのじゃ!」
露骨に目が泳いでいるな。
「ドロテアさんは魔力量に比べて、魔力操作のレベルが低いと思うんですよねぇ」
「そ、それは……」
やっぱり、ドロテアさんは押しに弱いな!
俺は更に言う。
「苦手な土魔術を丁寧に使う中で、魔力操作のレベルが上がると思うんですよねぇ。ドロテアさんなら出来ると信じていたんですけど、残念だなぁ~」
「信じてる…………任せるのじゃ!」
そう言うと、ドロテアさんは走っていって、作業を始める。
ドロテアさんはチョロいなぁ。
普段『夜伽をするのじゃ!』なんて迫ってくるドロテアさんだが、強気で押し倒したら、涙目で『許してほしいのじゃ、冗談のつもりだったのじゃ!』なんて言ってきそうだよなぁ。
そう思うと、ニヤニヤが止まらない。
「テンマも仕事をするのじゃー!」
ドロテアさんに怒られてしまったので、俺も作業を始めることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
少し日が翳り始めた頃、俺は予定通り村の建物を完成させた。
地盤を固めて、用意した石のブロックを組み、最後に土魔術で固定する。
もう、何度同じ作業をしてきたのか分からない。
部屋を区切るのはアルベルトさん達に任せれば良いので、俺が作るのは家の大枠だけ。故に、それほど大変でもない。
続いて、道を作るときに抜いた木を魔法で乾燥させ、製材する。
この作業も何度もしてきたので、あっという間だ。
さて、作業が一段落したのでドロテアさんに頼んだ道の具合を確認しながら、彼女の元へ向かおう。
最初の方に作業したであろう地面は少し凸凹しているが、途中から随分とマシになっている。
土魔術か魔力操作のレベルが上がったのかもしれないな。
そうしてしばらく歩いた先で、ドロテアさんを見つけた。
その周辺は、更に上手く舗装されているな。
スキルごとに素質というものがある。SSSが最大プラス補正。SS、S、A、Bがあれば、相応のプラス補正がかかり、Cが補正なし。D、E、F、G、Hはマイナス補正で、Hが最大マイナス補正となる。補正が強いほどそのスキルは得やすい。
また、種族素質というものもある。種族素質は高ければ高いほど各能力値の初期値やスキル素質が高くなるのだ。
ドロテアさんは魔術スキルの適性が軒並み高いし、種族素質も高い。
そのため上達がかなり速かったのだろう。
でもドロテアさんが強くなったら、襲われたときに貞操を守り切れるのだろうか……身震いしてしまう。
そんなことをしている間に、俺に気付いたドロテアさんが嬉しそうに走ってくる。
「テンマァーーー!」
胸はバルンバルン。だけど、無邪気な子供のような笑みを浮かべた顔には泥の跡が。
か、可愛いじゃねえかぁーーー!
くっ、これがあるから……ドロテアさんを突き放せないんだよぉーーー!
「テンマの言う通り、土魔術や魔力操作のレベルが上がったのじゃ!」
「よ、よかったですね……」
魔術の上達を喜ぶドロテアさんの表情は、大人な体つきに反してあどけなく、大変可愛らしい。
ヤバい! それでもドロテアさんは六十歳、六十歳、六十歳!
「お兄ちゃーーーん!」
落ち着くために心の中で呪文を唱えていたら、ピピが背中に飛びついてきた。
「や、やあ、ピピ、お帰り」
「ただいまー!」
た、助かったぁぁぁ!
純真なピピの声を聞いて、どうにか心は平静を取り戻した。
胸を撫で下ろしながら、ピピを体の前に移動させる。
血だらけの幼女ぉーーーーー!
あまりにもスプラッタなピピの姿を見て、思わず叫びそうになる。
「ピピ、今日もがんばったのー」
可愛らしいピピの笑顔も、血だらけだとホラーだ……。
絶句していると、バルドーさんの声がする。
「ピピ、先に血を落とさないと、テンマ様が驚いてしまうよ」
「ごめんなさい、師匠!」
バルドーさんはピピに何を教えているのだろう……不安だ。
すると、更に遅れてやってきたミーシャもニコニコしながら言う。
「むふぅ、二日で種族レベルが2上がった!」
ドヤ顔で言うミーシャを鑑定すると、確かに種族レベルが10から12になっている。
それに伴いステータスも全体的に上がっていて、特に素早さは二割以上も増加していた。
「ミーシャさんは現時点で冒険者レベルで言うとBランク程度の実力があります。レベル20までいけば、余裕でAランク冒険者になれるのではないでしょうか」
「むふぅ!」
バルドーさんの説明を受けて、ミーシャは更に鼻息を荒くする。
お前はどこに向かってるんだ? いや、そうなるように俺が研修を始めたんだけどさ……。
出会った当時のただの村娘だった彼女を思い出し、なんだか複雑な気持ちになってしまうのだった。
第4話 膝枕
翌日、ドロテアさんは引き続き道路の整備に対してやる気を燃やしている。
魔術が上達すると分かり、前向きになってくれたようだ。
ミーシャ達も引き続きバルドーさんの指導の元、魔物を狩り続けている。
まあ、バルドーさんは魔物を狩らせることより、ピピとミーシャを鍛えるのが目的な気がするが。
そんな中俺は、どこでも自宅のリビングでソファに寝っ転がり、だらだらと過ごしていた。
すると、段々瞼が重くなってくる。
このまま寝てしまおうかと思っていると、ジジがお茶を運んで来た。
「テンマ様は少し頑張り過ぎです。もっと休んだ方が良いですよ」
いつも癒してくれるシルはミーシャとともに魔物の間引きに行ってしまったけど、ジジがいた。
うーん、なんだか眠たいし、ちょうどいいやぁ。
「ジジ、膝枕をしてほしいなぁ」
「えっ!」
目を見開いて固まるジジ。微睡んでいた俺の頭が瞬間、少し覚醒する。
うわぁ、寝ぼけていたのもあって、甘え過ぎてしまった!?
そんなふうに焦っていると――
「よ、よろしくお願いしましゅ」
ジジは、恥ずかしそうにしながらも受け入れてくれた。
恥じらうあまり噛んでしまっているのが、なんとも可愛らしい。
俺は早速、横に腰を下ろしてくれたジジの太腿に頭を乗せる。
ジジは緊張して強張っているようで、足が少し硬い。だけど……。
「はぁ~、癒されるなぁ~」
自然と呟いてしまった。すると緊張がほぐれたのか、優しい声でジジは言う。
「さっきも言いましたが、テンマ様は頑張り過ぎです。たまにはゆっくりと体を休めて下さい」
ジジはそれから、俺の頭を優しく撫で始める。
その感触があまりに心地良くて、段々と意識が遠のいて……。
◇ ◇ ◇ ◇
何やら周りが騒がしい。
「ジジ、疲れておるじゃろう。私が代わってやるのじゃ」
あぁ、これはドロテアさんの声かぁ。
「いえ、ドロテア様もお疲れですので、私が交代します」
これはアンナさんかな?
「ピピもするの!」
ふふふっ、ピピは相変わらず元気だなぁ。
「私が代わりましょうか?」
んっ、バルドーさんまで? みんななんの話をしているのかな?
そして、段々頭が冴えていき、今の自分の状況を思い出す。
膝枕ぁーーーーー!
慌てて起き上がり、周囲を見回すと、全員が俺に注目しているのが分かる。
ドロテアさんが言う。
「なんじゃ、テンマが起きてしまったではないか」
「皆さんが騒ぐからです!」
ジジは少し怒っているようだ。
内心恥ずかしかったが、俺はそれを隠しつつ、ジジにお礼を言う。
「ジジ、ありがとう。驚くほど疲れが取れたよ」
「いえ、テンマ様のお役に立てたのなら、私も嬉しいです」
うん、ほんまにええ娘やぁ~!
周りから生温かい視線を感じるが、無視だ無視!
するとジジが立ち上がろうとして――よろけてしまう。
俺は彼女を抱きとめる。
それを見て、ドロテアさんが言う。
「だから言ったのじゃ。朝からずっと膝枕していたから、足が痺れたのじゃろう」
朝からって……一体、今は何時なんだ?
生活魔術のタイムで時間を確認すると、なんと夕方になっていた。
ジジをソファにもう一度座らせ、回復魔法で足の痺れを取ってやる。
「あ、ありがとうございましゅ」
やはりジジは可愛ええなぁ~!
「次は私の番なのじゃ!」
「つぎはピピ~!」
「私にお任せ下さい!」
ドロテアさんとピピ、そしてバルドーさんが再度参戦表明してきた。
「もう十分にジジに休ませてもらったので、大丈夫ですよ!」
俺がそう言うと、ピピが頬を膨らませる。
「う~、ピピも~!」
「じゃあピピはシルと一緒に、今晩俺と寝てくれるかな?」
「うん、いっしょにねる~!」
うんうん、癒されるなぁ。
それを見ていたドロテアさんとバルドーさんが参戦しようとしているのに気付き、俺は先に釘を刺す。
「でも、残りの二人はお断りします!」
ドロテアさんがあわあわしているが、気にせず夕食に向かう。
爆睡して昼を食べ損なったので、本当にお腹が空いていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝も、気分良く目を覚ます。
昼に寝ていたので寝られるか心配だったけど、シルと一緒にピピを挟んで横たわっていると、すぐに夢の中だった。
ジジが言う通り、思った以上にこの数ヶ月は無理をしていたのかもしれない。
作業もそうだが、人間関係が複雑化したことにより精神的に疲れていたのだろう。
前世では一人でいることが多く、研修時代は完全に一人きりだったし。
朝食を食べてから、中継地を出発し、馬車を走らせる。
今俺はジジと……なぜかアンナさんに挟まれながら御者台に座っていた。
残りのみんなは、馬車の上に座ってトンネルを物珍しそうに眺めている。
一時間ほど進むと、トンネルまで到着した。
みんなが感嘆の声を上げているから自慢したくなるが、説明するとキリがないので我慢する。
穴を掘っただけでなく、全面を土魔術で石畳にしつつ綺麗にしてあるし、幅も余裕を持って作ったから、馬車がすれ違えるようになっているんだよなぁ。
とはいえ三十メートルしかないので、すぐに出口だ。
このトンネルの先にも、俺が力を入れて作った物がある。
「あっ、こんどは橋があるぅ~」
おっ、ピピがいち早く気付いたようだ。
山裾に沿って道を作ると急な曲がり角になってしまい、馬車を走らせにくい。
だから橋を作り、ショートカット出来るようにしたのだ。
何度かトンネルを通り橋を渡り、昼前には岩山を越えガロン川の手前に到着した。
この川の向こう側はラソーエの領地だ。
川の手前には外壁で囲まれた土地がある。
この中には、広場を作り、建物を一棟だけ建てたんだよな。
「テンマ様、ここに村を作るのですか? そんな計画はなかったと思いますが?」
呆れ顔で質問してくるバルドーさんに、俺は答える。
「ここで検問を行うことになる可能性もあるかと思い、兵士が宿泊出来る建物を建てただけです。一応安全のために外壁も造りました」
「なるほど……」
バルドーさんは微妙な表情をしていたけど、結局納得してくれたようだ。
昼食は建物の屋上で食べることにした。
屋上には柵を設置して、テラスにしてあるのだ。
第5話 ドロテアの怒り
昼食を食べ始めて少しすると、ドロテアさんがいつものようにニヤニヤしながら話しかけてくる。
「ここは景色も良いし、山裾に家を建ててのんびり暮らすのも悪くないのう。テンマ、一緒に暮らそうではないか!」
「う~ん、ドロテアさんとじゃのんびりと暮らせないと思うから、断らせてもらいます!」
俺も普段通りそう返したんだけど……あれっ、いつもの反応と違うなぁ~。
ドロテアさんは不満そうな顔だ。
他のみんなもそのことに気付いたようで、なんだか微妙な空気が流れる。
少しして、ドロテアさんは言う。
「最近のテンマは、私に冷たいのじゃ!」
いやいや、出会った頃からそれほど態度は変えていないけど?
う~ん、でもドロテアさんがそれを不満に思っているのなら、しっかり話をしないとな!
アンナさんとの一件で、話し合うことの重要性を知った。
ならばそれを今回にも活かそう、という訳だ。
「俺はさほど態度を変えたつもりはありませんが……最近のドロテアさん、冗談がしつこくないですか?」
「なっ」
「最初は好意を寄せてくれていると思って嬉しかったんですけど、旅に出てから折に触れて言い寄ってこられるようになったので、ちょっとしつこいなぁって」
ドロテアさんが、目に見えて焦っているのが分かる。
さすがに少しきつい言い方だったかと思い、俺はフォローする。
「別にドロテアさんが嫌いだってことじゃないですよ。道を一生懸命作りながら、魔術を極めようとする姿は可愛いと思うぐらいですし」
「可愛い……」
そこだけ抜き出さないでよ……。
少し気恥ずかしくなりながらも続ける。
「俺も男だから、魅力的な女性に言い寄られるのは嫌じゃないですけど、一日に何回も言い寄られると、正直困惑してしまいますよ」
「デンマァ、わ、私は男性を好きになったのは初めてなのじゃ~。だから、どうすれば良いか分からなくて、エッチなことをすれば男は喜ぶと教わっていたから、それで! 必死だったのじゃ~」
号泣しながら縋りついてくる六十歳。
うんうん、これぞドロテアさんって感じだ。こっちの方が健全で良い。
……って、待てよ? 今『教わって』って言った?
「誰に教わったんですか?」
「カリアーナが教えてくれたんじゃ……」
えっ、カリアーナさん!?
カリアーナさんは元々魔術ギルドの副ギルマス。
旅に出るときにドロテアさんにギルマスの役職を押し付けられたので、現在はギルマスである。
ロンダを出る直前、ドロテアさんに縋りついていて……確かに不穏な会話を盗み聞きしたっけ。
でも、あの人も恋人がいないんじゃなかったか……?
すると、バルドーさんが言う。
「確かにカリアーナはよく男に言い寄っているみたいですね。ですが積極的過ぎて怖いと、私の知り合いが言っていました」
「わ、私はカリアーナに騙されのか……」
愕然とするドロテアさん。
カリアーナさんにも悪気はなかったと思う。ただ、男性と付き合った経験もなかったってだけで……。
あっ、ドロテアさんの目が血走ってるぅぅぅ!
「ゆ、ゆ、許さんのじゃーーーーー!」
ドロテアさんは怒りのまま火魔術の上級魔法を発動させ、最大限の魔力を込めて川の上流へ放つ。
ドッゴーーーーーン!
やばい! やばい! やばい!
俺はすぐに広場の外壁ごと結界魔法で囲い、守りを固める。
放たれた魔法は川の一部を吹き飛ばす。
水が土や石と一緒に降り注いでくる。
け、結界が間に合って良かった~。
「ふぅううぅぅううう……フハハハハァ! ヘヘヘェ、殺す!」
こ、怖ーーーーーい!
カリアーナさんが呪われてしまうのではないかと心配になるくらい、ドロテアさんの様子は尋常ではない。
俺含め誰もドロテアさんに声を掛けられず、ただ時間だけが過ぎていく。
二分ほど経って魔法の余波は収まり、魔法を放った場所が池のようになっているのが見える。
ようやくドロテアさんの怒りも収まったようで、彼女はぽろぽろと涙を零し始めた。
「わだじは、おりょきゃものじゃ~(私は、愚か者じゃ~)」
うん、そうかも。よもやあんな話から、こんなに大きな被害が生まれるとは思わなかったもの。
だが、ここでそれを言っても仕方ない。
「ドロテアさん、もう一度色々と見直そうじゃありませんか。カリアーナさんも、ドロテアさんを騙そうとしたわけではないと思いますよ」
「テンミャ~、じゃがぁ……」
「彼女はきっと、積極的に言い寄るのが正しいと思っているんです。そしてそれがダメだと気付いていないカリアーナさんには一番悲惨な運命が待っているかもしれません……」
バルドーさんも、うんうん頷きながら言う。
「確かにそうですなぁ。その点ドロテア様は、テンマ様に完全に嫌われる前に気付けて良かったのではないでしょうか」
そんなバルドーさんの言葉を聞いて、ドロテアさんの表情が明るくなる。
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