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4巻
4-1
しおりを挟む第1話 ある密談
「皆さんお集まりいただきありがとうございます」
俺、テンマは努めて堅苦しく挨拶をした。
ここは冒険者ギルドの会議室。
集まってくれたのはロンダの領主でありアーリンの父親でもあるアルベルトさんに、騎士団長のバロールさん、そして冒険者ギルドのギルドマスターであるザンベルトさんだ。
彼らは実質的に辺境の町、ロンダを仕切っている三人でもある。
そんな三人に対して、俺はある相談をしなければならない。
悠々自適な生活を送れると思っていたのに、まさかこんなことになるだなんて……。
そう心の中で嘆きながら、俺はこれまでの日々を振り返る。
日本で三十三歳のときに命を落とした俺は、十四歳の少年の姿で異世界に転生させられた。
転生先で簡単に死なないように三ヶ月の研修を受けなくてはならない、と神に言われていたのだが……蓋を開けてみればそれが終わったのはなんと十五年後。
しかし、その中で前世のゲーム知識を活かして工夫をし続けていたから、俺のステータスは完全にチートじみた数値になったのである。
そんな研修を終え、俺が放り出されたのは、テラスという名前の世界にある辺鄙な村・開拓村の付近だった。
開拓村に身を寄せ、一ヶ月半くらいのんびりした生活を送っていた俺だったが、村に住む狐獣人の美少女・ミーシャに流される形で村を出て、冒険者として活動することに。
そうしてまず立ち寄ったのがここ、ロンダ。
ここに来てから大変なことも少なからずあったが、いいこともたくさんあった。
その中でも喜ばしいのは、仲間が増えたことだ。
人間族と兔獣人のハーフであるジジとピピ姉妹。国の中でも指折りの魔術師で、ロンダの魔術ギルドのギルドマスターを務めている上に英雄とまで呼ばれるドロテアさん。そしてロンダの領主であるアルベルトさんの娘のアーリン。
大変なこともあるが、彼女達に出会ってから生活は賑やかになったと感じる。
先日はドロテアさんとアーリンの誕生会があって、それにあやかって俺らもご馳走を食べたり女性陣をオシャレさせたりと楽しませてもらったしな。
だが、賑やかなのがいいとは言ったって、限度はある。
そう、それが今回アルベルトさん、バロールさん、ザンベルトさんを呼び出した理由なのだ。
「テンマ君、どうしたんだい? 重要な話があると聞いたけど?」
ザンベルトさんはそう質問してきた。
ドロテアさんとアーリンの誕生会に駆けつけた貴族や商人がようやく帰途につき、冒険者ギルドの忙しさも一段落したからだろう。その口調はどこか気が抜けているかのようだ。
バロールさんも、同じく忙しさから解放されたからか、気軽な感じで言う。
「テンマ君、なんだか喋り方も少し堅苦しくないかい? 今更我々に気を遣う必要はないし、気軽に話してくれた方が我々も嬉しいよ」
「その通りだ。身分に関係なく、いち友人として話してくれ。もっとも、そういう意味で言ったらテンマ君はあのドロテア伯母上と仲がいいから、私の方が気を遣わないといけないのかもしれないがね。ハハハハハ!」
アルベルトさんも同じか……。
彼らは、今起きている由々しき事態について、何も気付いていないみたいだな。
ドンッ!
俺は会議室の机に拳を振り下ろし、三人を順番に睨みつける。
三人は音に驚いて体を震わせ、次いで睨まれていることに気付いて唾を呑む。
俺は、殊更丁寧に尋ねる。
「皆さんは、最近奥さんと会われていますか?」
「おっ、そう言えば最近見ていないなぁ」
バロールさんはそう気軽に返答したが、ザンベルトさんとアルベルトさんはバツの悪そうな表情になる。
少しして、ザンベルトさんがもごもごと答える。
「あ、姉上の屋敷に行っていると聞いていたが……」
「おっ、そうなのか? だったらうちの嫁も姉上のところに行っているのかぁ」
バロールさんは相変わらず通常運転だ。
奥さんのスケジュールを把握するつもりがないなんて……こんなんで夫婦生活は上手くいっているのか?
いや、そのせいで他人に迷惑がかかっているというのに、無関心なことの方に腹が立つ。
こめかみがピクピクするのが自分でも分かる。
そして残る一人――アルベルトさんは無言で俯いた。
俺は口を開く。
「皆さんの奥様達は、私のどこでも自宅に滞在されていますよ」
「「「どこでも自宅?」」」
そういえば彼らは空間ごと複製出来る空間魔術――ディメンションエリアを用いて生成したどこでも研修施設――D研に来たことはないし、その存在について話したこともなかった。
……っていうか奥さん達は、旦那に何も話していないのか?
これまであまりD研に関しては口外しないようにしていたが、これほどその存在が広まってしまった上に彼らの奥様方が入り浸っているとなれば隠す理由もない。
面倒だと思いながらも、俺は順を追って説明することにした。
「俺は空間魔術スキルでD研という名の亜空間を作りました。俺達は普段そこで暮らしているんです。その入り口は今、ドロテアさんの屋敷の中にあります」
「「「空間魔術スキル!?」」」
耳馴染みのないスキルに驚くのは分かるが、今はそんな場合じゃねぇ!
とは思うものの、それに関しても詳しく話しておかないと、話が進まなそうだ。
「ええ。最初はその中に仮設住宅を作ってそこに住んでいたのですが、最近ようやくD研の中に自宅……どこでも自宅が建ちました。時に、ザンベルトさんの奥様は商業ギルドで働いていたときに、契約魔法を使っていましたよね?」
「ああ、それはそうだな……」
ザンベルトさん、顔色が悪いですよ。
以前自宅に奥様方がやってきたせいで俺が追い出されたことは伝えていたから、そこから更に事態が悪化していそうだと察して、思考を巡らせているのだろう。
俺は続ける。
「俺は契約魔法を使ってご家族以外に情報を漏らさなければ、どこでも自宅にいらしてもいいですよとお伝えしました。ですが、奥様方は契約を結んだのをいいことに、ずっとうちに滞在しているんですよ。気付いていませんでしたか?」
「「「そんなことになっているのか!?」」」
三人は口を揃えてそう言った。
おっ、やっとバロールさんもことの重大さを理解したようだな。
少し嫌味っぽい口調で、俺は言う。
「いや~、どこでも自宅が実質女性陣に占拠されているような状態でしてねぇ。自分の家なのに、居心地の悪いこと、悪いこと。今では誰の家なのか分かりませ~ん」
「「「……」」」
三人は俯いて目を合わせない。
まあ、そうなるよね。
「とはいえ、皆さんが何かしたわけでもありません」
そこで言葉を区切り、俺は再び三人を見る。
三人は自分達が責められるわけではないと思い、ホッとして顔を上げていた。
やっぱりことの重大さを分かっていないんじゃないか! 妻の問題は夫の責任でもあるだろうに!
そんな気持ちを込めてもう一度三人を睨むと、彼らは固まった。
俺は続ける。
「ミーシャやジジ、ピピも楽しそうに過ごしているので、少しなら目を瞑ります。ただ、ここまで長い期間どこでも自宅に入り浸られると、困ってしまうのです」
三人は、コクコクと首を縦に振っている。
そんな彼らに、俺は人差し指を突きつけ、告げる。
「そこで三人には、奥様とドロテアさんの行動を管理してもらいます!」
それを聞いて真っ先に反応したのは、ザンベルトさんだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! テンマ君の気持ちは理解出来るし、可能な限り協力はしたいと思っている。だが、妻達はおっかないし……それに、ドロテア姉上が関わっているとなると、力になれるとは言い切れないな……」
アルベルトさんもそれに同意する。
「そ、その通りだ。テンマ君には申し訳ないが、妻や娘、伯母上と相対するくらいなら、いっそのこと……」
いっそのこと、なんなんだ!? 何かとんでもない決断をするつもりなのか!?
そう思いながらバロールさんの返答を待つが……。
「……」
状況を理解したらしたで、発言しなくなるってどういうことだよ!
前世でも、女性が家庭を仕切っている家は多かったような気はする。
だが、この世界では女性が権力を持つ傾向がより顕著だ。
最初はロンダの男達が、高名な魔術師であるドロテアさんに対して頭が上がらないだけかと思っていたのだが、そうではないようだ。
今回の件もそうだし、開拓村で世話になった家では、大黒柱であるランガの妻であり、ミーシャの姉でもあるサーシャさんが家の権力を握っていた。
ランガの冒険者仲間であるグストだって、ルカさんの尻に敷かれていたし。
創造神テラス様が女性であることも、影響しているのかな?
ともあれ、俺もこれまでの暮らしの中で、女性を向こうに回すと大変なことは理解している。
これ以上彼らを追い詰めても無理そうなので、代案を出すことにした。
「分かりました。それでは、皆さんに奥様やドロテアさんをどうにかしてもらうのは諦めましょう」
三人が大層ホッとしているのが分かる。
しかし、安心してもらうにはまだ早い。
俺は続ける。
「ただ、皆さんには、快適な邸宅を作るお手伝いをしていただきます」
「「「???」」」
三人は揃って首を傾げた。
確かに、これだけで理解しろっていうのは無理な話か。
「アルベルトさん、誕生日祝いでお客さんが滞在した迎賓館を、これから使う予定はありますか?」
「いや、しばらく使う予定はないし、今は閉めている」
「そこを私の好きなように改修させてください。まあ、改修というより建て替えの方が正しいかもしれませんが。それに加え、周りの使われていない土地も提供していただけませんか? それらを使って、奥様方が利用出来る施設を造りたいのです」
どこでも自宅並みに快適な環境を用意すれば、奥様方やドロテアさんもずっと居座る意味がなくなるだろう。
そう、住み良い邸宅を用意しようと考えた目的は、俺がそこに住むことではなく、どこでも自宅を奪還することにあるのだ。
「「「!!!」」」
三人は絶句した。
俺は畳みかけるように言う。
「よろしいですね?」
「えっ、いや、しかし、でも……し、仕方ないのか……」
アルベルトさんは混乱しているようだが、前向きに考えてくれている様子。
しかし、バロールさんが抗議してくる。
「ま、待ってくれ、周りの空き地は騎士団の訓練で使うんだ」
俺は人差し指をピッと立てる。
「それでは、騎士団を私が鍛えてあげましょう。今の騎士団は弱すぎますから。最初は広い場所で訓練する必要はありませんし、これで問題は解決です」
「なっ!」
バロールさんは目を見開いている。
まさか俺が騎士団に関わろうとするとは、夢にも思わなかったのだろう。
俺はかつて自分が受けた十五年もの研修の知識を下敷きに、独自の育成システム――テンマ式研修を生み出し、仲間達に受けさせてきた。
しかし、これまではあまりロンダの人々にそういった知識をひけらかしてこなかったからな。
転生した当初は、貴族を始めとした権力者とは距離を置きたいと考えていた。
でも、気付けばドロテアさんや今目の前にいる三人を始めとした、町の権力者達と近しい関係になってしまっていた。
それならばいっそのことロンダの町ごと、研修都市にしてしまおうと考えたのだ。
先日、この世界を管理する神であるテラス様に会った際、世界を滅ぼすなとは言われたが発展させるなとは言われなかったから、許されるだろうという判断だ。
「ふふふっ、ドーピングも使って徹底的に鍛えてあげましょう!」
ニヤニヤ笑いながらそう口にすると、なぜか三人の顔色が真っ青になる。
やがて、ザンベルトさんが口を開く。
「テ、テンマ君、どーぴんぐ? とはなんだい?」
俺は説明する。
「ひたすら訓練して限界まで体力を使い切り、特製ポーションで強制的に回復させるというのを繰り返すんですよ。何度も限界まで訓練することで、これまでとは比較にならないほど能力が向上しますよ。あぁ、それに毒薬や麻痺薬を呑んだ状態で訓練すると、より能力が育ちやすくなりますし、状態異常に対する耐性をつけることも出来ます。その代わりお腹はちゃぽちゃぽになりますし、食事も食べられなくなりますけどね! アハハ!」
俺の説明を聞いて、三人の顔色は益々悪くなってしまった。
アルベルトさんが尋ねてくる。
「そ、それは危険じゃないのか?」
「えっ、アーリンもドーピング、やってますよ」
「「「!!!」」」
三人が再び絶句した。
アルベルトさんは少し涙ぐんでるようにすら見えるが、まぁ気のせいだろう。
俺は咳払いして、再度訴える。
「騎士団が強くなれば町の治安は良くなるし、魔物にも対処出来るようになります。領にとっては良いこと尽くめです。そして俺が協力するのは、軍事力の強化だけではありません。領の発展に関してもアイデアがあります」
なぜか疑いの視線を向けられている気がするが、気にしない、気にしない!
さあ、この世界に干渉し始めるぞ!
第2話 ピクシードラゴン
アルベルトさん、バロールさん、ザンベルトさんとの話し合いを終え、俺は冒険者ギルドを後にした。
更にロンダの町を出て、森を歩きながら考える。
話し合いの首尾は上々だったな。結局あの後三人はどうにか納得してくれたし。
なんとかなってよかった。
とはいえ、実はそれほど女性陣がどこでも自宅を占領していることに怒っているわけではない。
女性とのコミュニケーション能力が低いのは自覚しているし、今更簡単に性格を変えられないから、俺にだって原因はあるのだろう。
本来であれば何が起こっているのかを直接聞いた上で解決に向けて動くべきだったというのは、分かっている。しかし、この間俺がみんなの洋服を作っている最中に遊んで待っていたことに対してしっかり怒ってしまったので、これ以上がみがみ言うのもなぁと気が引けてしまったのだ。
まぁ引き籠り体質の俺の望みとしては、ゆっくりするための空間が必要だというだけである。
それならなるべく争わない方法で解決しよう、という意図があった。
とはいえ、施設を作るためには石材や木材が大量に必要だ。
三人にそこまで工面してもらうとなるとさすがに可哀想な気がしたので、素材はこちらで集めると提案した。
そんなわけで俺は素材を採取するべく、フライの魔法を発動し、飛び立った。
しばらくすると、前方に大きな山が見えてきた。
早速山の中腹の岩場に降りる。
まず魔法で岩を必要な大きさのブロックに切り分け、アイテムボックスに次々と収納していく。
そんなことをしていると、ワイバーンが襲ってきた。
風魔術のウインドカッターで首を切り落として、収納する。
ここら辺はワイバーンの住処になっているらしく、それからも何度かワイバーンが襲ってきた。
それらを難なく倒していると、しばらくして二十匹以上のワイバーンの集団がやってくる。
中には二回りも大きい、上位種まで交じっているではないか。
最早ここまで大きいと、ドラゴンとすら呼べてしまいそうだ。
とはいえ、それでも俺の敵ではない。
これまで同様に、すべてのワイバーンの首をウインドカッターで落としてやった。
それを機に襲ってくる魔物がいなくなったので、岩の切り出しに集中出来るようになった。
結局、必要としている量の十倍以上の石材が集まったので、大満足である。
さて、次は木材を採取するか。
山を飛び立ってからすぐに、巨大な杉の森を発見した。
森の入口に降り立ち、辺りの木を観察してみる。
幹の直径は三十メートル以上あり、樹高は百メートルくらいはあるだろうか。
再度フライで上空へ飛び、森を上から見てみると、森の中心部にはもっと立派な木が生えていることが分かる。
これだけ大きな木が、森の中では比較的小さいのだと知り、驚く。
とはいえ、あまりにも大きな木を採取しても扱いに困るので、俺は森の入口に戻る。
改めて先ほど見上げた木を見て、悩む。
素材としては申し分ないが、徒に木を切ってしまえば森自体を殺すことに繋がってしまう。
そう思い、周囲を見回すと、どうやらこの森はそもそも間伐されていないらしく、所々倒れていたり、発育不足になっていたりする木があるではないか。
まず倒木を収納し、余分な木をウインドカッターで伐採しようとしたが……切れなかった。
というわけで、より切断力の強い水魔術のウォーターカッターを使い、どうにか切り倒した。
そんなことを繰り返し、五本ほど収納し終えたタイミングで、突然斜め前から光の塊が飛んできた。
魔法による攻撃かと思い、慌ててそれを避ける。
しかし、光の塊は勢いよく方向転換し、再度襲ってきた。
それも躱したが、またしても光の塊は俺に迫る。
この光の塊の正体を見極めないことには、埒が明かないな……。
そう思い、集中して光の塊をよく見ると……妖精とゆるキャラの中間のような姿をした何かが、翼を広げ、体を光らせて体当たりしてきているのだと分かる。
どこかで見たことある気がするな……えーっと確か……こいつ、ピクシードラゴンじゃないか!?
念のため鑑定してみると――当たりだ。
体を宝石のように硬くして高速で体当たりしてくる魔物だと、研修施設の図書室にあった魔物図鑑では説明されていた。
読んだときは人形やフィギュアぐらいの大きさかと思っていたが、小型犬ぐらいの大きさだな。
そう考えている間にもピクシードラゴンは体当たりを敢行してくる。
しかし、初撃はまだしも、体当たりの速度に慣れた今、避けるのは特に難しくない。
とはいえ何度も躱し続けるのは面倒だな。
そう思った俺は、体当たりを避けながらピクシードラゴンを両手で掴む。
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作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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