上 下
206 / 315
第12章 マムーチョ辺境侯爵領

第2話 大人の階段

しおりを挟む
砂浜まで行くと狐の守り人フォックスガーディアンが訓練をしていた。狐の守り人フォックスガーディアンはバルガスとマリアさんも加入、この二年で全員がA級冒険者にも昇格して、S級冒険者パーティーに昇格していた。

マリアさんは冒険者活動だけではなく、レイモンドとヴィンチザード王国との間を取り持つような仕事もしている。

マリアさんだけではなくドロテアさんやエクレアさん、それに黒耳長族でも生活魔術をLv5までレベルアップした者が増え、ルームも使えるようになったのだ。

マリアさんはルームlv3までレベルアップしており、今もドラ美ちゃんリディアと一緒に、ヴィンチザード王国の国王夫妻を式典のために迎えに行っている。

「おい、そいつは偽物だ!」

バルガスが後方からジュビロに声を掛ける。ジュビロの目の前にはショートソードを握りしめたミーシャがいて、ジュビロはミーシャに斬りかかっていた。ジュビロの剣はミーシャの胴体付近を切り裂いたが、ミーシャの姿は斬られると笑顔を見せて存在が薄くなって消えた。ジュビロはすぐに周りを警戒しようとした。

突然新たなミーシャがジュビロの背後に現れると、ジュビロの脇腹をショートソードで斬りつけた。俺は斬り終えたミーシャの姿が一瞬ブレたのに気付いた。

「「ハァッ!」」

タクトとリリアは気付かなかったのか、左右から気合の入った声を出してミーシャに斬りかかる。二人は同時にミーシャの肩口を切り裂いた。しかし、切り裂かれたミーシャから火が溢れるように吹き上がり、二人は身体を投げ出すように砂浜に転がった。

タクトの転がった先にはいつの間にかミーシャがいて、それに気付いたタクトが砂浜で倒れたまま驚いた表情をした。ミーシャはジュビロの腹にショートソードで刺した。訓練用のショートソードだから刺さらなかったが、ジュビロは痛みで腹を押さえて蹲った。

ミーシャはジュビロのことはすぐに忘れたように微笑んだまま、立ち上がるリリアを見つめていた。

「オラオラオラ~!」

バルガスが盾を前面に構えながら大きな声を出してミーシャに向かって距離を詰める。それと同時にミイが斜め後ろから魔法を放った。放ったのはウォーターボールとファイアボール、そしてその陰からウインドカッターだった。

ミーシャは余裕の表情でウォーターボールとファイアボールをショートソードで切り裂いた。そして斬った勢いで反対のバルガスのほうに向きを変えた。ミイはウインドカッターがミーシャに当たると思ったのか笑顔を見せる。しかし、ミーシャは尻尾に魔力を込めて軽く振ると、ウインドカッターは消えてしまった。

ミーシャは向かってくるバルガスに走り寄ると、バルガスがミーシャを弾き飛ばそうと盾を前に突き出した。ミーシャはその盾に足を掛けると、弾き飛ばそうとする力を使って飛び上がる。まるで弾き飛ばされたように見えたミーシャだったが、クルクルと回転して少し離れた場所に舞い降りた。

バルガスは尚もミーシャに向かって突き進み、リリアもようやく体制を立て直して斬りかかる。ミイも魔法を発動しようとした。

「グハッ!」

リリアとバルガスがミーシャの場所に到着する前に、ミイが声を出して砂浜に顔から突っ込んだ。バルガスとリリアはその声を聞くと同時に目の前のミーシャへの攻撃を止めた。しかし、彼らの前のミーシャはさらに笑顔を見せたと思った瞬間に爆発してしまった。

リリアは何とか顔だけは腕で守ったが爆発の余波で吹き飛び、砂浜に転がった。バルガスは盾で何とか爆発を防いで、砂浜で倒れるミイを見る。ミイがいた場所には蹴り終えた姿勢のミーシャが立っていた。

ミーシャはバルガスに向かって走り出そうとしたが、そこでバルガスが声を上げる。

「待て! 俺一人じゃどうにもならん。ミーシャの勝ちだ!」

バルガスは片手の手の平を前に突き出して訓練の終了を告げた。ミーシャは露骨に残念そうな顔をしているのが分かる。

相変わらずミーシャは脳筋だなぁ~。

「ペッ、酷いよぉ~、ミーシャちゃん、ペッ、ペッ!」

「んっ、それぐらい大丈夫」

ミイは顔を砂だらけにしながら、口に入った砂を吐き出しながらミーシャに文句を言った。しかし、ミーシャは気にした様子もなく一言だけ返しただけだ。

「自分でポーション飲める?」

ピピがリリアの火傷後にポーションを振りかけながらリリアに尋ねる。

「あぁ、……後は自分でポーションを飲むよ」

すでに火傷していた肌は、ピピがポーションをかけたことで綺麗に治っていた。リリアは元気なくピピに答えると収納からポーションを出して飲み始める。

すでにジュビロとタクトはポーションを飲み終わったのか空瓶を収納してミーシャのほうに向かって歩き始めていた。

「ダメだよぉ~、ミーシャちゃんの分身の術に騙されたらぁ~」

ピピはリリアの横で立ち上がるとジュビロ達のほうに向かって話した。ピピは二年前と比べてあまり成長している感じはしない。話し方はしっかりしてきたが、見た目はあまり変わっていない。

お兄ちゃんとしては嬉しいけどなぁ。

まだ十歳だが成長して女の子っぽくなれば、あまりスキンシップもできなくなる。成長が止まっているようで、不安であるが、個人的に永遠の妹でいて欲しいとも思ってしまう。

「ああ、分かっているんだが、なんか前より本物みたいに見えたんだ」

ジュビロは悔しそうに答えた。

「んっ、レベル上がった!」

ミーシャは前よりほんの少しだけ大きくなった胸を張り、嬉しそうに答えた。しかし、口数は減った気もする。

ミーシャは魔術の訓練よりも物理戦闘が好きだった。それでも無理やりに適性のある火魔術と闇魔術の訓練をさせた。最初は乗り気ではなかったが、闇魔術の幻覚《イリュージョン》を覚えてからやる気を見せるようになった。

気配遮断と幻覚《イリュージョン》を組み合わせると戦術の幅が広がり、本人も楽しくなったようだ。普段からシッポを一本増やして二尾の狐獣人になり、四六時中訓練をしているのでレベルアップも早い。最初は幻と分かる程度だったが、今では見た目だけでは分からなくなった。

そして魔術が自分を強くすると分かれば、訓練好きなミーシャはのめり込んだ。今では火魔術もうまく組み合わせて戦闘をしている。

「気配察知ですぐに分かるのにぃ~」

ピピはまだレベル上げをさせていない。しかし、素早さはミーシャよりも早く、気配察知も他と比べてもレベルが高い。ミーシャと遊ぶように訓練をしているせいで、俺を除くとミーシャの幻術に騙されないのはピピだけかもしれない。

「やっぱりピピがこちら側にいないとミーシャには勝てそうにないなぁ~」

頬をポリポリかきながらタクトが話した。

「バカ野郎! 他人に頼っていては成長できないぞ。訓練だからピピに外したんだ!」

タクトはバルガスに叱られてうつむいてしまった。

「ミーシャ一人にA級冒険者が束になっても勝てないのは情けないな……」

リリアも困ったような表情で呟いた。

やはりレベルアップの前に基本となる能力値を上げてあると、別格となるようだ。ミーシャはみんなと一緒に冒険者活動しているから、未だに種族レベルは一番低い。

「あっ、テンマ!」

ミーシャが最初に俺に気付いて走り寄ってきた。

「一緒に訓練する!」

目をキラキラさせてミーシャは頼んできた。

「う~ん、今日はそろそろ訓練を終わりにして、バッサンに行く準備をしないか?」

ミーシャは露骨に落胆した表情を見せ、後ろではピピも残念そうな顔をしている。しかし、俺は心を鬼《オーガ》にして訓練を断る。
この二人は顔を昼間に俺を見つけると訓練ばかり迫ってくるのだ。俺が断るのを普通にしないと、ダンジョンで探索中でも訓練を要求してくる脳筋だからである。

「あ、あのぉ~、テンマさん、彼女を一緒に連れていっていいですか?」

タクトは遠慮がちに尋ねてきたが、横ではジュビロも激しく頷いている。

「そんなのダメに決まっているだろ!」

俺が答える前にリリアが否定してしまった。

リリアは黒耳長族の男に気に入った相手が何人もできた。しかし、ことごとく断られていた。見た目はハンサムで、訓練相手としても申し分のない彼らにリリアが惚れたとしても不思議ではない。
だが、彼らの好みは幼女なのだ。何度かピピを口説こうとした馬鹿がいたが、俺のお仕置きを見て愚かのことをするものはいなくなった。それでもリリアに異性として目を向ける黒耳長族の男はいなかったのである。

「で、でも、祭りなら彼女と一緒に行くのは当然だよ!」

ジュビロは彼女と一緒に行きたいのだろう。必死の表情でリリアに反発していた。

二人の気持ちは理解できる。俺もジジと一緒でなければ祭りの楽しみは半減するだろう。

でも……、理解できないこともある!

ジュビロとタクトの彼女は黒耳長族の女性なのだ。見た目はロリとしか言えないが、彼女たちの年齢は三桁の大台に乗っている。

年齢はそれほど気にしないが……。

あの見た目に手を出す感覚は分からない!

二人からは彼女ができたと話を聞いたときに引いてしまった。彼らも最初は抵抗があったようだが、ある夜、彼女達によって大人の階段を上ったのである。

二人が詳しく俺にそのことを話してきた。興味なさそうな振りして話を聞いたが、見た目はともかく相手は百年近くの年上である。驚くほどの、……ゲフン、二人は駆け足で随分と高い所まで大人の階段を駆け上ったようだ。
しおりを挟む
感想 437

あなたにおすすめの小説

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。