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第11章 エクス自治連合

第12話 二つの公国の滅亡

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ホレック公国側は満面の笑みを浮かべて条約を締結すると急いで船に戻っていった。
それも最後には宰相を始め、一行の誰もが笑顔でレイモンドの手を握り締め、感謝を述べてから船に戻っていったのである。

私は話し合いの最終的な結末がよく分からなかった。

最初は一方的にエクス自治連合の勝利なのかと思っていたが、大喜びして帰っていくホレック公国側と少し悲しそうな表情を時折見せるレイモンドを見て、もしかしてエクス自治連合としてはそれほど喜ばしい結果ではなかったのかと思い始めたのだ。

ホレック公国側が船に戻り、会議室には私とバルドーさん、そしてレイモンドだけが残っていた。レイモンドは落ち込んだようにうな垂れていた。

私は心配になり、気になっていたことを尋ねる。

「もしかして、それほどエクス自治連合にとっては良くない結果になったのかな?」

私に問いかけに、レイモンドは悲しそうな顔を上げて答えようとしたが、先にバルドーさんが答えてくれた。

「いえ、結果的には驚くほどエクス自治連合に有利な内容で条約を結べました。関税を撤廃したとしても、関税で得られる10年分以上の利益を、ホレック公国側が先払いしてくれたのです。今後の状況を考えると関税を2割にしたとしても、食料の需要が減ってますからたぶん数十年分の関税を先払いしてもらったことになるのではないでしょうか」

なんですとぉ!

そんな気もしていたが、レイモンドの表情を見て違うのかと思っていた。いや、予想より悪辣な取引をしていたようだ。

それならなんでレイモンドは?

俺は気になってレイモンドの表情を覗き込む。レイモンドはすぐにそれに気付いて答えるように話し始めた。

「ああ、申し訳ありません。交渉は上手くいったのです……。それどころか上手くいきすぎました」

レイモンドはそこまで話すと、自嘲気味に微笑んでから話を続けた。

「少し考えれば、ホレック公国側が払った財貨を関税の補填に当て余った分を国の復興に投資すれば、ホレック公国はまだ何とかなったかもしれません。しかし、彼らはこんな愚かな条約を結び、まさか私に感謝して帰っていくのを見て、あんな連中が国を動かしていたのかと思うと悲しくなったのです」

そういうことかぁ!

「そうですなぁ。今回の条約で彼らが支払ったのは、実質的に王家が備蓄する財貨の4分の3になるでしょう。まあ、本当にそうなのかはわかりませんが、宰相の話し方を聞く限り、たぶん間違いないでしょう。それほどの財貨を払っても、宰相や今回の一緒に来た連中はそれほど深刻な表情をしていませんでした。追い詰められていたからとも言えますが、彼らは自分の財貨という感覚はなかったのでしょうなぁ」

バルドーさんは微笑みながら説明してくれた。レイモンドさんは黙って頷きながら話を聞いていたが、バルドーさんの話が終わると、遠くを見るような表情をして話した。

「私は公国で私を軽んじていた彼らと、どれぐらいの交渉ができるものかと最初は楽しんでいました。もう公国に残っているのは愚かな貴族と、それにぶら下がっておいしい思いをしてきた連中がほとんどだから、遠慮しなくても構わないと思っていたのです」

レイモンドはそこで話を切ると大きな溜息を付いてから、また話を続けた。

「ふぅ~、あんな連中に軽んじられたと思うと情けない……。そして、ホレック公国が滅びるのを私の手で早めたのかもしれません」

おうふ、そうなのぉ~!

今回の交渉ぐらいで、ホレック公国は滅びるとは思えないけど……。

「……関税を撤廃したとしても、住民は今さら戻ってくるとは思えませんなぁ。ホレック公国は先行きに明るい材料などないことは、平民でも気付くでしょう。それが分かっていない彼ら貴族や王族では、すぐにも行き詰るでしょうなぁ。そしてまた重税でも掛けて自分達の首を絞める。たぶん思ったより早くホレック公国は自滅するでしょう」

俺はそれでもそんなに簡単に国が亡びるとは思えなかった。
彼らも帰りの船の中でやることがなければ、もう一度条約の内容や今後のことを見直す可能性もある。
国に残っている公王や重臣たちも条約を認めず、残りの財貨の支払いを拒絶する可能性もあると考えたのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


バルドーさんとレイモンドに頼まれてドラ美ちゃんも一緒に公都まで来た。いつものように仮拠点の建物を公都近くに設置する。

すぐに公都から何十台もの馬車と一緒に公王と宰相もやってきた。

今回はレイモンドさんとバルドーさんが、最終的な条約の締結と残りの財貨の引き渡しに訪れたのである。もちろんバルドーさんは久しぶりにムーチョさんに変身してである。

前回は宰相が仮の条約を締結して、正式な条約は公王がすることになっていた。
仮の条約では持ってきた財貨を引き渡す代わりに、正式な条約をするまでは関税の引き上げをしないことになっており。残りの財貨を支払った段階で正式に条約を締結して、関税をこれまでの3割以下に引き下げることになっていたのだ。

追い詰められていたホレック公国側のために、正式な条約はレイモンドが公都に赴いてすることになっていたのである。エクス群島に宰相達が来てから二十日後のことである。
宰相達は高速で移動できるように、兵士を減らし、他の船の魔術師を集めてエクス群島に来ていた。だから帰りも余裕を持って公都に戻り、公王や王宮内の調整も済んでいるのであろう。

私は隠密スキルで姿を隠し、公都に声が届く魔法を使うと、秘かに公都に向かうのであった。

公都の外壁には話し合いの経過を見ようと、裕福そうな人達が集まっていた。門を警備する兵士も様子が気になるのか、外壁に登っているのか誰もいなかった。公都の中は殺伐として、ゴミが散乱して腐ったような臭いが立ち込めていた。たぶん掃除するような労働者がいないのであろう。

公都には愚かにも公王が上機嫌でレイモンドと挨拶をしているのが聞こえている。たまに見かける住民は心配そうに話し合いを聞いているようだ。

王宮の手前まで行くと、吐き気のする光景が見えてきた。大量の罪人か何かの首が何十、何百と並べられていたのだ。近くには処刑するための舞台のようなものも設置され、血の匂いが充満してた。

そこに条約の内容を読み上げる宰相の言葉が聞こえてくる。声は嬉しそうな雰囲気に満ちており、王家が莫大な財貨で関税を引き下げたことを強調していた。町中からは歓迎する声があちこちから上がっていた。

しかし、俺は悲しい現実を目の前に発見していた。罪人の首の中に、先日エクス群島を訪問したメイソン財務大臣と他の貴族や役人たちの首もあったのだ。

どうしてこうなったのかはわからない。
宰相が何かしらの責任を彼らに擦り付けたのか、公王の不満の矛先にされたのかは分からない。今も公王と宰相は上機嫌で正式な条約の調印をしているのが聞こえていた。

俺は王宮にまで忍び込むと、なぜメイソン財務大臣達が罪人として処刑された理由を知ることになった。
正式な条約の締結が終わると、王宮に残っていた貴族たちがホッとして愚痴を溢しているのを聞いたのである。

公王は更なる財貨を出すことを嫌がった。宰相と相談してメイソン財務大臣達や財産を持っていそうな貴族に罪を着せ、罪人として一家もろとも処刑して財産を差し押さえたのだと話していた。
今後は自分達が標的にされないよう、気を付けないと危ないと怯えたように話していたのだ。

公王がレイモンドに自慢の息子だと声を掛けているのを聞きながら、俺は王宮の宝物庫からすべての財宝と財貨を奪った。宰相の家からも同じようにすべてを奪い、レイモンド達に合流する。

財貨の引き渡しが終わると、ドラ美ちゃんに乗ってホレック公国からエクス群島にすぐに戻ったのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


それから一ヶ月も経たずに、ホレック公国は滅亡した。

我々がエクス群島に戻った後、公王や宰相は10日ほど経ってから資産がほとんどなくなっていることに気付き、我々にも疑いを向けていた。

しかし、公王と宰相はお互いも疑い合い、二分する勢力ができたことで、一気に内戦に発展したのである。

戦闘が始まれば、裏ギルドも使える宰相があっと言う間に勝利したのである。

宰相はフォースタス公国の建国を宣言したが、これはホレック公国の消滅を意味した。

ホレック公国と交わした条約は、ホレック公国の消滅と共に無効になった。エクス自治連合は関税を元に戻してフォースタス公国を追い詰めた。元ホレック公国宰相のフォースタス公王は、エクス自治連合に抗議してきたが完全に無視した。

どさくさに紛れて逃げ出してきた人々は自治連合で受け入れた。

そしてバルドーさんと俺は、秘かに公都に行き、フォースタス公王が内戦で手に入れた資産の大半を奪ったのである。

追い詰められたフォースタス公王は残りの資産をかき集めると、僅かに残った船で帝国に逃げ出したのである。

もちろん俺達は船の資産も奪いましたが、……何か?

フォースタス公国は建国を宣言して一ヶ月も経たずに滅亡したのである。

残った貴族や富裕層は身の安全を図るために、ダンジョン島に逃げ出した。そして碌に人のいなくなった元ホレック公国の領地でダンジョン島以外は全てエクス自治連合の支配下となったのである。

レイモンドがダンジョン島をどうするか迷っている間に、ダンジョン島に移った貴族達が帝国に泣きつき、ダンジョン島は帝国の領土になったのであった。
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