上 下
202 / 315
第11章 エクス自治連合

第11話 バルドー株

しおりを挟む
宰相はレイモンドに言い返そうとしたが、差し歯が抜けたことに気付いて慌てて差し歯を拾うと差し直した。そして顔を真っ赤にして叫んだ。

「お前はホレック公国がどうなっても構わないのか!」

おいおい、「お前」と言っちゃたよ!

宰相はレイモンドのことを王子として敬ってはいなかったのだろう。「お前」呼びがそれを表していると思った。

「いえいえ、私も元王族です。公国の住民が辛い思いをしていると思うと心が痛みます」

「だったら!」

「ですが、真っ先に辛い思いを強いられた住民は、すでに公国を逃げ出しようで安心しております!」

バ、バルドー株は恐ろしぃ~。

相手の話に対する切り返し方は、相手が押してくる力を利用して反撃する合気道に通じるものがあるなぁ。

「なんだとぉ……!」

宰相はレイモンドの返事に、怒りのあまり話を続けることができないようだ。こめかみに血管が浮き出して切れそうだ。

「殿下、住民は他にも残っているのですよ! 残っている者は見捨てるのですか!?」

宰相の代わりに横にいた貴族がレイモンドに縋りつくように訴えてきた。

「すでに公国から放り出された私に頼む前に、自分達がまずは住民を助けるべきではありませんか? これまでに蓄えた財貨を吐き出して国民の負担を減らす。そうして時間を稼いでる間にエクス自治連合と交渉する。間違っても増税など絶対に選択しません。その理由は説明しなくてもすでに分かっていらっしゃいますよね。メイソン財務大臣?」

おうふ、なんと自滅的な増税をした張本人がいたぁーーー!

「わ、私ではない! 陛下や宰相殿が増税するように決めたのだ。わ、私は悪くない!」

おいおい、ここで言い訳をしてどうするぅ~。

宰相もまさかここで身内から責められると思ってなかったのか、メイソン財務大臣を睨みつけている。睨まれたメイソン財務大臣は慌てて顔を伏せた。

宰相はそんなメイソン財務大臣に唾でも吐きそうな軽蔑の眼差しで見て、他の貴族や役人にも威圧の籠った視線を巡らせた。視線を向けられた貴族や役人は俯くだけで、宰相に反論する者はいなかった。

「それがホレック公国の元王子としての返事で良いのだな?」

宰相は睨みつけるようにレイモンドに尋ねているのだが、声には威圧を込めた脅すような感じで話していた。裏の顔である闇ギルドの顔を出しているのだろう。

しかし、レイモンドはそれを軽く受け流して答えた。

「返事ですか? 私としては元王子として助言をしただけです。重税はやめて住民が戻ってこられるようにしなければホレック公国は成り立たなくなると教えてあげたのです」

この会議に参加して正解だぁーーー!

宰相は酷く顔を歪めている。それは怒りだけでなく屈辱で溢れているようも見える。バルドーさんも満面の笑みでそれを見つめている。

レイモンドがバルドー株に侵食されているのは不安だが、まだあっち系じゃないから大丈夫だろう。

「……そうか、だが今の関税は幾らなんでもやり過ぎではないのか?」

何とか宰相は立て直してレイモンドを追求してきた。

「そうですねぇ~、私が執政官を引き継いだときにはすでに関税は始まっていましたからねぇ」

「だったらホレック公国の為に、元王子の執政官なら変えるべきではないのか!?」

おお、宰相さん中々頑張って関税を引き下げようとしている!

「それは変ですねぇ。執政官になった時点で私の優先度はエクス自治連合側が高くなります。そうなれば地の利を有効に使うのは当然のことです。関税で利益を上げれば、エクス自治連合としては良いことばかりではありませんか?」

うん、そうなるよね!

「それでも地の利があるといってもやり過ぎだとは思わないのか!」

え~と、恥ずかしげもなくよく言うよねぇ~。

「クククッ、それはあまりにも滑稽な話ですねぇ」

「何がだ!」

「これまで地の利を使ってヴィンチザード王国から莫大な利益を上げていたのはホレック公国ではありませんか。自分達がするのは当然で、相手がするのは許さない。そんな都合の良い話が通じるとでも?」

強烈なカウンターだ!

自分達がしていたことを逆にされたからといって、文句を言うのは俺も滑稽な話だと思う。彼らはこれにどう反論するのだろう。

宰相は呆気にとられたような表情をしているが、少し考えればそんな自分達だけ都合の良い話が通るはずないと分かると思う。それともこれを覆すだけの反論があるのだろうか?

貴族や役人たちは理解したのか顔色が悪い。メイソン財務大臣は理解したのか諦めたような顔をしている。

どうするのかと興味津々で見ていると宰相が突然立ち上がり頭を下げてきた。

「頼む! 関税を下げてほしい。せめて小麦だけはお願いしたい!」

なんとぉ、白旗を掲げての懇願に切り替えたぁ!

宰相の行動に他の連中も驚いた様子だ。それでもすぐに宰相と同じように頭を下げ始めた。

俺はレイモンドがどう対応するのか気になった。彼らに同情して関税を引き下げる選択肢もある。個人的な恨みで彼らを追い詰めるのもある。もしくは純粋にエクス自治連合の執政官として対応する選択肢もあるのだ。

レイモンドは考え込むような顔をしたが、少しだけ微笑んだのを俺は見逃していなかった。

ワクワクする気持ちでレイモンドの発言に注目する。

「お気持ちは分かりますが……、実はホレック公国側では住民が逃げ出して、食料の必要量が激減しましたよね。それなら関税を2倍から3倍に増やそうと各自治領主が計画している最中でして……」

これには相手側も驚きの表情で固まっている。俺も驚いてバルドーさんを見ると念話で教えてくれた。

バルドー『ブラフですね。クククッ』

それを聞いて、最初にレイモンドに会ったときより、彼が成長しているのが分かる。

「そ、それだけは勘弁してください! どうか、どうかお助け下さい!」

メイソン財務大臣はついに涙を流し、机に額を擦り付けて懇願を始めた。後ろの役人達も何人か絶望的な表情をして、涙を流している。

「私も何とかしたいのですが……、執政官といっても各自治領主の意向を無視するわけにはいきません。言葉だけで説得したとしても関税を2倍に抑えることぐらいしか……」

くぅ~、恐ろしい!

ホレック側の気持ちは理解できると答えながら、関税2倍だと追い詰める。これでは彼らはレイモンドに文句を言いたくても言えないだろう。

「そんなことをされたらホレック公国はお終いだ……」

宰相は呆然として呟いた。

「元王子としての立場として助言するとしたら、帝国から食料を輸入するしかないのではありませんか?」

おっ、親切な提案だ。

しかし、バルドーさんが念話で説明してくれた。

帝国から輸入することは可能だが途中で腐ったり、船が難破したりリスクを考えると、食料だけを輸入することは難しいということだ。
単価の安い食料では採算が取れないから結局は高くなる。交易のついでに食料を運ぶ程度なら可能だが、それもダンジョン島が寂れた現状では僅かな食糧しか運べないという話だ。

「そんなのは無理だ。帝国からも見捨てられそうなのに……」

おうふ、自分で弱みを見せてどうするぅ~!

宰相は自分が何を言っているのか分かっていないようだ。

その呟きを聞いてレイモンドとバルドーさんの目が光った気がするぅ

「私も各自治領主を説得はしますが、交渉材料が無いと難しいですね……」

それを聞いた宰相は目に光が戻ったように話した。

「そ、それなら財貨を持ってきている。それで何とか関税の撤廃を説得してくれ!」

人に頼む話し方ではないと俺は思ったが、レイモンドは気にせず、宰相から渡された財貨の一覧を読み始めた。

「これなら現状維持として説得はできますねぇ。ですが関税の撤廃となると難しい……」

「そ、そんな、王家の備蓄の半分になるのだぞ!」

おおっ、まさかそれほどの財貨を持ってきたのか!?

でも、それでも現状維持かぁ……。

「各自治領主がこれまでに王家に吸い上げられた財貨を考えると……。彼らは何十年、何百年も税を納め続けたのに、あなた達に簡単に切り捨てられた彼らが、簡単に納得すると思いますか?」

宰相は絶望した表情を見せていた。だが、その財貨は王家のもので、アンタには影響などないのじゃないか?

誰も返事をしないのでレイモンドが提案する。

「私が関税を2割から3割に抑えるように説得するとしても、この財貨では難しいでしょう。これの5割増しを出してもらえるなら、3割以下は確約できると思いますよ。3割以下といっても3割が絶対ではありません。できれば2割ぐらいで説得して、追々に撤廃の方向に説得できるかもしれません」

最初は恨み言に近い発言をして、彼らに警戒されたレイモンドだが、今では救い主を見るような目で彼らは見ている。

「しかし、そんな約束は簡単には……。戻って陛下と相談してからで、お、お願いしたい」

宰相もさすがに簡単に結論は出せないのだろう。

「では、今日お持ちの財貨で現状維持の条約を結びますか? 私はそれでもかまいませんが、時間を掛けると、もっとホレック公国が出せるのではと自治領主が考えるかもしれません。そうなると同じ財貨を出しても今の5割ほどの関税になる可能性も……」

レイモンドは自治領主に時間を与えないほうが良いと話しながら、ホレック公国側に考える時間を与えないようにしているのだろう。

「しかし……」

それでも宰相は決断を迷っているようだ。

「何を言っているのですか。最悪3割程度なら住民は納得する可能性も高い。現状維持でも国民の流出は抑えられませんが、その程度なら戻ってくる国民も多いはずです!」

メイソン財務大臣はそう話したが、住民が戻ってくるのは難しいと思うけどなぁ。

最初からエクス自治連合と交渉して、重税をしなければ何とかなったと思うけど……。

これほど住民が逃げた後で、それも景気の良い自治領を見て戻るような住民が居るのだろうか?

「わかった。それで条約を結んでくれ! もう我が公国には時間的な余裕はないのだ!」

うん、ぶっちゃけ過ぎ!

それよりレイモンドはホレック公国を潰すつもりなのだろうか?
しおりを挟む
感想 437

あなたにおすすめの小説

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生したらついてましたァァァァァ!!!

夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」 あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。 だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉ 消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。 イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。 そんな中、訪れる運命の出会い。 あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!? 予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。 「とりあえずがんばってはみます」

神々に育てられた人の子は最強です

Solar
ファンタジー
突如現れた赤ん坊は多くの神様に育てられた。 その神様たちは自分たちの力を受け継ぐようその赤ん 坊に修行をつけ、世界の常識を教えた。 何故なら神様たちは人の闇を知っていたから、この子にはその闇で死んで欲しくないと思い、普通に生きてほしいと思い育てた。 その赤ん坊はすくすく育ち地上の学校に行った。 そして十八歳になった時、高校生の修学旅行に行く際異世界に召喚された。 その世界で主人公が楽しく冒険し、異種族達と仲良くし、無双するお話です 初めてですので余り期待しないでください。 小説家になろう、にも登録しています。そちらもよろしくお願いします。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。