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第10章 ホレック公国

第9話 ホレックからの使者①

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目の前には異様な光景が繰り広げられていた。

今日も武術の訓練のために海辺にマッチョーズが集合していた。そして数日前から参加していたピピとシル、そしてピョン子が楽しそうに訓練をしている。微笑ましい光景とも言えるだろう。

なんでピョン子やシルが、マッスル弾を使ってるぅ~!

ピョン子は角からマッスル弾を出しているし、シルは口から出している。

もはやマッスル弾じゃないなぁ。

ピピはまだマッスル弾は出せないようだが、手に魔力を集めてピョン子やシルのマッスル弾を弾いたり、軌道を逸らしたりしている。

ピピは笑顔で苦もなくやるから、傍目では遊んでいるようにしか見えない。

しかし、マッチョーズは真剣な表情で、ピピの動きやマッスル弾の弾き方を目で追っている。

「ピピは私を超えたともいえますなぁ」

バルドーさんがピピの事を嬉しそうに見ながら呟いた。

お兄ちゃんは甘えるピピが好きだよ……。

想定外の成長するピピを寂しい気持ちで見つめるのであった。

『ねえぇ、テンマァ~、カニ貯金と鍋貯金も始めようよぉ~』

「せめて交換比率を作って欲しい!」

ドラゴン姉妹は毎日のように俺に催促してくる。最近は1時間ほどでダンジョンのオークを殲滅してくるので時間が余っているのだ。

島の一画に大型のカニの魔物が棲んでいることがわかり、これ1匹で村人全員が食べきれない程の大きさであった。食いしん坊ドラゴン姉妹はそれを自分達の貯蓄にしたいらしい。

それにオークカツ貯金をオークカツとオーク生姜焼きとの交換比率を決めたことで調子に乗ったのだ。増えたオークカツ貯金で他の料理を要求するようになったのである。

「ダメだ! ハル兵衛が出会った頃と同じように痩せたら検討する!」

何故かハル衛門はまさしくハル衛門を維持していた。動きは良くなりただのミニオークではなくなったが、体形が元に戻ることはなかったのだ。

『し、失礼ねぇ! テンマの目の調子が悪いんじゃないのぉ!?』

いえいえ、これは誰もが思っていることです。

バルドーさんも気の毒そうにハル衛門を見ている。

「いや、俺もハル姉に再会した時に驚いたぞ。ミニオークにしか見えなかったからなぁ。はははは」

リディアは悪気のないのだが、たぶんそれが一番きついと思う。実際にハル衛門は落ち込んでいる。

ドドド、ドンッ! バシャ、バシャ!

「よぉーし、獲物を捕まえるのじゃ~!」

意外に近いところでエリスが漁の指揮をしているようだ。雷魔術もなれたのか複数の女性が連続して一気に雷魔術を放っているのだろう。

近すぎるせいで、こちらの水辺に居たマッチョーズまで痺れて倒れている。距離があるのですぐに起き上がったが、一歩間違えれば危険である。

『私も痺れされてテンマに殺されそうになったのを、また思い出したわ……』

うん、俺は忘れてしまった!

あれっ、船が近づいてくる?

「ホレックじゃーーー! 全員戦闘態勢に入れぇーーー!」

遠くでエアルさんの叫び声が聞こえる。

「あれは、使者かもしれませんなぁ」

バルドーさんがそう呟いた。確かに兵士の姿は見えるが役人のような人物も見える。武器を抜いている様子もない。

「我々は話し合いに来たぁ! 攻撃はやめろぉ!」

おっ、本当に使者のようだ。


   ◇   ◇   ◇   ◇


村に使者を連れて行くことはなく、海辺の砂浜にテーブルを出して使者と対面する。エアル姉妹が子供椅子に3人で座り、その正面に役人と兵士の代表が座った。

「私はホレック公国のジカチカ子爵です。今回の作戦の参謀長をしています」

「私はダガード子爵だ。今回の作戦の司令官をしている」

役人風の人物が参謀長で、日焼けした兵士は司令官のようだ。8人ほど護衛の兵士がついてきている。

「作戦とはなんじゃ?」

エアルが尋ねる。

「我が公国の領地を不法に占拠している者達を排除する作戦です」

「それが我ら一族が何か関係あるのか?」

ジカチカ子爵の返答にエアルがさらに尋ねる。

「あなた達一族が我が公国の領地を不法に占拠している一族ですよ」

ジカチカ子爵が嫌らしい笑みを浮かべて答えた。

「ククク、ホレック公国は英雄エクス殿の一族をそのように言うのですか。いやはや、公国が今あるのも、古の勇者様やこの一族の出身のエクス殿の献身的な努力だというのに。その娘であるエアル様一族をそのように言うとは。はははは」

バルドーさんが楽しそうに話した。

「そのような戯言を言うとはなぁ。フハハハ、大体人族のお前は何者だ?」

ジカチカ子爵は笑いながらバルドーさんに尋ねた。

「ぷっ、これは失礼しました。私はそちらにいる商人マッスル様の執事でムーチョと申します。黒耳長族のエアル様と商談のために訪ねてきた商人です」

ぷっ、マッスルはやめてくれぇ~!

俺だけでなく、他の者達も笑うのを必死に我慢している。それを見て使者は怒りの表情を見せる。

「お前達はホレック公国を愚弄するのか!?」

司令官のダガード子爵が手に剣を持ち立ち上がった。

おっ、コイツ、馬鹿じゃないのか?

30人以上のマッチョーズに囲まれていたことを忘れていたようだ。立ち上がって剣に手をかけた瞬間にマッチョーズが臨戦態勢になった。護衛の兵士たちも顔色を変えながら、後ろに下がる。

「し、使者に手を出すのか!?」

ジカチカ子爵が顔色を変えて叫んだ。

「おやおや、先に武器に手をかけたのは、そちらでしょう?」

バルドーさんは楽しそうに答えた。

「そ、それは、ホレック公国を侮辱したからではないか!?」

「ふむ、確かにそうですね。……ですが、先にこの一族から出た英雄エクス殿を侮辱したのはそちらではありませんか。あなたの言う通り話し合いの席で、相手が侮辱したと思ったらその時点で殺し合いを始めてもよろしいということですよね。
わかりました、それでは一族の英雄であるエクス様を侮辱した彼らを血祭りにあげて、その首を送り返しましょう!」

「「「おおう!」」」

これこれ、なんでバルドーさんが率先して話をしているのかな。

エアル姉妹も嬉しそうに拳を突き上げ、声を上げないでぇ。

「ま、待ってくれ! おい、ダガード、使者が武器に手にするとは非常識ではないか。すぐに武器から手を放せ!」

ぷぷっ、自国の誇りよりも自分の命が優先だよねぇ~。

「えっ、あっ、す、すまん!」

真っ青な表情で震えていたダガード子爵は、自分の不始末にようやく気付いたようだ。慌てて剣から手を上げる。

「まさか、今さら使者がしでかしたことを、なかったとできると思っているのですか?」

なんでバルドーさんが交渉役になっているのかなぁ。

「て、手違いだ。それに我々の本隊は30隻以上の船と2000人以上の兵士で周辺を固めているのだぞ。下手の事をすれば皆殺しになるぞ!」

「はははは、いやぁ、面白いですねぇ。たったそれだけで英雄エクス殿の一族に戦争を仕掛けるとは。なんとも愚かとしか言いようがありませんなぁ」

バルドーさん、煽ってない?

「わ、我が国の精鋭2000人を、数百人くらいで何とかなると思っているのか?」

「エクス様と同じ秘技を使える者も増えたようじゃし、ちょうど良い訓練になりそうじゃ!」

エアルさん、見た目が幼女なのに物騒なこと言わないでぇ!

「それに、ちょうど伝説のドラ美様とハル様も遊びに来ています。喜んで協力してくれると思いますよ」

「いや、それは遠慮したい。ドラ美様達が参加すれば訓練の前に終わってしまうではないか。それでは訓練の意味がないのじゃ」

まてまて、訓練じゃなくて実戦だよ!?

「それでは、国として黒耳長族を攻めてきたのです。ホレック公国の公都をドラ美様に殲滅してもらいましょう」

「それなら問題ないのじゃ!」

使者の彼らは、バルドーさんとエアルのやり取りを呆然と聞いているのであった。
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