上 下
138 / 315
第9章 ホレック公国へ

第6話 筋肉冒険者の話

しおりを挟む
翌朝、地図スキルで宿の中を確認しても、少年代官の姿は見当たらなかった。少し安心して1階の食堂に向かう。最悪、今日宿を出ることになるかもしれないので、せめて朝食だけでも宿で食べてみようと思ったのである。

ジジとアンナはいつものメイド服で食堂に向かう。ピピはすでに体を動かしやすい服に着替えていた。

1階の食堂で席に着き朝食を頼む。朝食が来る前に宿の主人がやってきた。

「昨晩は大変失礼しました」

宿の主人は本当に申し訳なさそうに謝罪した。

「いつも宿泊客を代官は監視しているのですか?」

俺は疑問に思ったことを宿の主人に尋ねる。あんな風に代官が横暴だと町に来る人が減ると思ったのだ。

「いえ、……あの代官はこの領地の領主であるベルタ伯爵様の次男なんです。領民にも優しく先頭に立って魔物を討伐するなど非常に優秀なお方なんですが……」

宿の主人の話を聞いて不思議に思う。聞いた話と昨晩の少年代官の行動があわないのだ。

「そんな風には見えなかったなぁ」

正直に感想を漏らす。宿の主人は迷った感じで話し始めた。

「あの代官のキース様にはひとつだけ問題がありまして……。ですから早めに町を出られたほうがよろしいと思います」

宿の主人も相手が町の代官であり、領主の次男となれば本当のことでも悪く言えないのだろう。

ふぅ~、仕方ない町を出るかなぁ……。

「おはようございます」

そこにバルドーさんがご機嫌の様子で姿を現した。

「おはよう」

バルドーさんの後ろには筋肉ムキムキの冒険者の男が一緒にいた。それも来た方向から考えると、バルドーさんと筋肉冒険者は我々と同じ宿に泊まっていたのだろう。

まさか同じ宿でバッチ……、深く考えるのは止めよう。

「彼はこの辺で冒険者活動をしている冒険者です。周辺の魔物の状況を教えてもらいました」

どんな風に教えて……、深く考えるのは止めよう!

「そうですか……。実は早めに町を出立しようと思っていたんです」

そう話すと、バルドーさん以上に後ろの冒険者が悲しそうな表情になった。

ここにもバルドーさんの信奉者が……、考えるな!

「そうですかぁ。しかし、数日はこの町で情報を集めてから、出立する予定のはず。何か御座いましたか?」

バルドーさんの目つきが鋭くなり、宿の主人を睨みつける。宿の主人は焦ったように頭を下げると逃げるように戻っていった。

「昨晩代官が挨拶に部屋に来まして……」

俺は昨晩のことをバルドーさんに説明する。すると後ろにいた冒険者が話した。

「ああ、それは代官のいつもの病気だなぁ」

「ほほう、あなたは事情を知っているようですね。申し訳ありませんが私の主であるテンマ様に話してもらえませんか?」

「あ、あるじ!? ま、まあ別に話すのは問題ないけど……」

俺を主だとバルドーさんが言ったので、筋肉冒険者は驚いたようだ。

「テンマ様、彼も一緒に朝食を食べながら話をしてもらってよろしいでしょうか? 実は周辺の魔物の状況も彼から話を聞いてもらおうと思っていたのです」

俺が了承するとバルドーさんと筋肉冒険者も同じテーブルの席に着いた。宿の従業員に同じ朝食を追加で頼むのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


朝食が揃うとバルドーさんが食事をしながら筋肉冒険者に尋ねる。すると筋肉冒険者は少年代官のことを想像以上によく知っていた。

少年代官はこの町に代官として来てから年齢以上に優秀な代官だったが、唯一の欠点が女性にだらしないことのようだ。

「それも信じられないぐらい豹変するんだ。前に冒険者も一緒に周辺の魔物討伐に出たのだが、代官とか貴族家とか関係なく、気さくに冒険者と交流しながら兵士と冒険者をまとめていたよ。魔物討伐も大成功で、冒険者にも報酬とは別に報奨金を出してくれて、良い代官だと冒険者も言っていたんだがなぁ」

筋肉冒険者はその時のことを思い出したように話した。

「魔物討伐の話を事前に聞いていた商人が領都から来ていてなぁ。たしかこの宿に泊まっていたんだよ。その商人は気合を入れて商談で来ていたんだが、一緒に一人娘を連れてきていたんだ……」

彼はその時のことを直接見ていたらしい。

「キース様は一目でその娘を気に入って、商人に娘をもらいたいと申し出たのだが、妻ではなく妾にすると言ってなぁ。商人も一人娘を嫡男でもない伯爵家の次男に妾にはできないと断ったんだよ。それからが凄かったよ!」

「何が凄かったのですか?」

バルドーさんが尋ねる。

「それまで代官とか伯爵家とかそれほど前面に出さなかったのに、まるで人が変わったように露骨に使ってきたんだ。それに金や人脈まで使ってな……」

筋肉冒険者は残念そうに話した。彼もその変わりようにショックを受けたようだ。

「結局、一人娘は妾として代官屋敷に入っているよ。表向きはメイドとして雇っている形にはなっているがな。聞いた話でだが、その商人は領都で伯爵家に出入りできるようになり、この町の魔物素材も一括でその商人が買い上げているらしい。娘に子供ができたら商会の跡取りとする約束もしているとも聞いた。結果的には商人も娘も納得していると聞いているが……」

女性を手に入れるために、権力や人脈を使っているようだ。それでも多少強引でも相手が納得しているなら、俺はとやかく言うつもりはもちろんない。

それ以外にも町の娘が2人ほど妾になっているらしい。町でも美人だと評判の娘達で、すぐに少年代官の女性に対する執着が異常だと町の人達も気付いたようだ。

それでも町で気に入るような娘は既にいなくなったようで、外から来る女性を門番に報告させていて、それで昨晩の挨拶になったようだ。

「ふむ、微妙な感じですなぁ。代官が最低限のルールを守るのであれば、面倒ではありますが問題はありません。代官がどのような条件を出そうとも、テンマ様が2人を手放すことはないでしょうから」

思わず頷く。数日程度なら拒絶すれば済むのである。

「問題は断られて、ルールを無視しても手に入れようとした時ですなぁ。2人の美しさならそうなりそうな気がします」

改めて2人を見る。

ジジは驚くほど綺麗になり始めている。最初の頃から胸は大きめだったが、それ以外は痩せていてどこかアンバランスな感じがしていた。しかし、肉付きも良くなり、バランスが取れたことで非常に魅力的な女性になってきた。まだ女の子と言った感じが強いが、最近は色々自分でできるようになり表情も明るくなり、可愛い系の美人さんになった。

アンナは元々別次元の美しさを持っている。元女神の彼女は貴族令嬢や王女よりも気品も備えている。言動や行動により俺の評価はずいぶんと減点になっているが、それを知らない相手が見た目だけで判断すると、聖女と勘違いしても不思議ではない。

まあ、アンナは実際に聖女扱いされたぐらいである。

「やはり今日中に町を出立しようか? ジジが地元の料理を覚えたがっていたから、もう少し滞在しようかと迷ったんだけどなぁ」

ジジが残念そうな顔をする。ジジは朝食を食べながらも一所懸命料理を研究していたのだ。バルドーさんもそんなジジを見て申し訳なさそうに話した。

「確かに困りましたなぁ。代官程度は問題ないのですがねぇ。実際に途中で私達に絡んだ代官はすでに一族ごと王都を追放されていますからなぁ」

まてまて、そんな話を俺は聞いてないぞぉ!

たったあれだけのことで一族追放……。

絶対に俺達が理不尽の塊じゃねえかぁ!

「問題はベルタ伯爵ですなぁ。彼は非常に優秀で国王陛下の信頼の厚い人物です。嫡男の息子も優秀で宰相閣下の下で働いています。ベルタ伯爵家が廃絶となれば国全体に影響がでそうですなぁ」

いやいや、なんで今回のことで国に影響出るんだよぉ。

筋肉冒険者も呆気に取られて固まっている。

うん、逃げよう! 面倒事は全面回避だぁ!

すると食堂の入口から騒ぎが聞こえてくる。

「お止めください! お客様は食事中です!」

宿の主人が必死にあの少年代官を引き止めている。

「ははは、大丈夫だよ。昨晩の謝罪に来ただけだから」

食事中の相手に謝罪なんて非常識だろ!?

バルドーさんを見ると微笑んでいるのだが、何故か危険な雰囲気を漂わせているのだった。
しおりを挟む
感想 437

あなたにおすすめの小説

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。