上 下
137 / 315
第9章 ホレック公国へ

第5話 唯一の欠点

しおりを挟む
俺は扉の近くまで行くと声を掛ける。

「誰だ?」

「宿の主でございます。代官様が挨拶に来られました」

代官!? なんで代官が挨拶にくるんだ?

正直、面倒臭いと思ったが、それで無視するわけにはいかないだろう。

仕方ないので扉を開いてさらに尋ねる。

「なんで代官が挨拶に来るんだ?」

少し不満そうに尋ねたが、宿の主人と思われる人物だけではなく、他にも数名が一緒に来ていた。自分と同じぐらいの赤毛の少年と執事風の男、そして護衛の兵士2人が一緒のようだ。

何故か赤毛の少年が俺の質問に答えた。

「優秀そうな冒険者が町にきたと聞いて、辺境の町の代官として挨拶に……」

何故か赤毛の少年は話しを途中で止めてしまった。不思議に思い赤毛の少年を見ると、俺ではなく奥のジジやアンナたちを見て固まっていた。

話しの流れではこの赤毛の少年が代官みたいだ。親の威光なのか分からないが面倒でしかない。俺を無視して奥を覗かれるのは腹が立つが、ジジとアンナは確かに自慢できるほど綺麗だと思い少し嬉しくなる。

それでも面倒なので話を早く切り上げようと話をする。

「冒険者といってもD級でしかない、最近は特に冒険者活動もしていない。タダの旅人だ」

旅人!? なんかカッコイイ!

自分で適当に話した旅人というフレーズが何となく気に入ってしまった。

「そ、そうか、どこへ旅をしているのだ?」

少年代官が視線を奥に向けたまま話した。さすがにムカッとした。

「悪いがなんで部屋まで取り調べに来ているんだ? 俺は詮索されるのは好きじゃない」

声は荒らげないが明確に拒絶する。

「そうか、……中でゆっくりと話をさせてくれ」

こいつ、俺の話を聞いていないだろ!

「お前は話し相手の顔を見ないで話すのが普通なのか! そんな馬鹿とは話などない。帰ってくれ!」

今度は明確に強めに拒絶した。さすがに相手も俺を見た。

「貴様! 代官に対して失礼だろうが!」

髪の毛だけでなく顔まで真っ赤にして少年代官は怒り始めた。

どっちが失礼だ!

言い返そうとしたら執事の男が少年代官を嗜める。

「キース様、失礼なのは貴方です。相手の事情も考えず、相手の顔すら見ないで話すとは非常識です!」

うん、この執事はまともみたいだ。

宿の主人や兵士も頷いている。少年代官はムッとして執事を睨んだが、すぐになにか思いついたのか振り向いて俺に話しかける。

「確かに私が失礼をしたようだ。お詫び代わりに夕食を馳走しよう。連れの人も遠慮なく連れてきてくれ!」

「お断りします。夕食は家族だけで食べるつもりです」

そう言って扉を強引に閉める。相手は自分が悪いと認めたのだ。これ以上付き合う必要はないはずだ。

「失礼な代官でしたね。早めにこの町も出た方がよろしいのではありませんか?」

アンナは汚いものを見たという感じで話した。

「た、確かに嫌な目で見てきました……」

ジジも不愉快だったのだろう。

「そうだなぁ。嫌な予感しかしないな。2、3日は滞在しようと思っていたけど、早めに旅を続けようか?」

「「はい!」」

ジジとアンナは嬉しそうに返事するのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


キースは驚きで扉の前で呆然としていた。

(代官である俺の誘いを断ったのか!)

キースは代官と言うだけではない、ベルタ伯爵家まで侮辱された気がした。信じられないと思い振り返ると、宿の主人と兵士が笑いを堪えていた。それを見てキースは恥ずかしくなり、今度は怒りではなく、恥ずかしさで顔が赤くなる。

「キース様、今回のことは明らかにキース様に非があります。これ以上ベルタ伯爵家の一員として恥ずかしいことはしないで下さい!」

執事のアルフレッドは笑うことなく真剣な表情で話した。執事から笑われることはなかったが、冒険者風情に代官である自分がやり込められたことが納得できなかった。

キースは嫡男でなかったので、普段はベルタ伯爵家の立場を利用することはなかった。しかし、女性を手に入れるためには利用できることはなんでも利用してきた。伯爵家の名前を使って女性を手に入れたこともある。多少強引でも金を握らせて相手を納得させたこともあった。

町で気に入った女性を何人かメイドとして雇って、実質的には妾同然の扱いもしていた。それでも、それなりに相手は納得させているし、最終的にはお互いに納得させているつもりだったのである。

成人してすぐにこの町に来て1年が経とうとしている。代官としての仕事はそれなりに評価されているが、キースが女性にだらしないことを町で知らない者はいなかった。

「確かに失礼なことをした。しかし、あれほど拒絶するのは少し怪しくないか?」

キースはあれほどの女性たちと何とかして知り合いになりたいと必死に考えた。そして代官として多少強引でも理由を付けて、あの連中と知り合おうと思って話をする。

「そうでしょうか。確かに代官を相手にしても恐れることは御座いませんでした。しかし、冒険者活動をあまりしていないと言っておりましたので、もしかしてどこかの貴族家の者かもしれません。そうだとすると、相手の対応は不自然でもありません。キース様の失礼な態度にお怒りになられ、拒絶するようにされたのも納得できます」

キースは執事が予想以上に優秀だと初めて気付いた。父から押し付けられた執事だが、手ごわいと思いながらも反論する。

「どちらにしても明確な証拠はない。私は代官として怪しいと思ったのだ。しかし、これ以上は強引に追及するのは無理だろう」

アルフレッドはキースがそれなりに冷静に判断してくれたとホッとする。しかし、キースは諦めなかった。

「彼らも夕食に来るだろう。その時に再度謝罪をしながら相手の情報を探ろう!」

「しかし、これ以上は相手の機嫌を損ねる可能性も御座います」

キースが予想以上に執着するのでアルフレッドは止めようとする。

「そうかもしれぬが、代官が謝罪して機嫌を損ねることはあるまい。貴族家の者なら何故身分を隠す。そうでないなら、それこそ何のためにこの町に来たのだ。代官としてもう少し相手の情報を知りたいのだ」

アルフレッドもそこまで代官の職務だと言われては止めようがなかった。

「わかりました。しかし、決してこれ以上失礼なことはしないようにしてください。相手によってはベルタ伯爵家として非常にまずくなります」

「わかった」

アルフレッドはそこまで話すのが限界であった。後は相手に失礼なことをしたら止めるしかないと考えるのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


地図スキルで確認していたが、少年代官は1階の食堂に移動したようだった。

「あの少年代官、食堂で待ち構えているな……」

「それなら今日は食堂に行くのは止めましょう!」

俺が少年代官の所在を話すと、アンナが提案する。

「仕方ありませんね。この町の料理を覚えられると思ったのですが……」

ジジは本当に料理が好きになり、色々な町での料理を覚えたがっているのだ。

「きれいなお店で食べられると思ったのに~!」

ピピも残念そうである。

「明日バルドーさんに相談しようか。何とかなるようなら、もう1泊して料理を楽しむ。ダメなら旅に出るというのはどうだい?」

何とかジジの希望を叶えてやりたい。それにジジが新しい料理を覚えてくれたら、いつでも俺は食べられるようになるのだ。

「はい、それがいいです!」

「私はテンマ様がお決めになったことに従います」

ジジは喜び、アンナが反対しなかった。明日バルドーさんに相談してから決めることにするのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


宿の食堂には店が閉まるまで代官のキースが居座っていた。

宿の主は代官がずっと居ることで、客が落ち着けなくなりすぐに帰ってしまい、落ち込んでいた。

アルフレッドはここまでキースがあの人達に執着するのは、唯一の欠点である女性にだらしない部分だと確信していた。

そして、その唯一の欠点があまりにも酷すぎるため、ベルタ伯爵家から追い出されそうなことをキースは知らない。

アルフレッドはキースの欠点以外の能力を惜しいと思い、前の主であるベルント侯爵と同じ失敗しないと心に誓うのであった。
しおりを挟む
感想 437

あなたにおすすめの小説

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。