海のこと

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04 ー touch ー

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荷物をローテーブルの上にどさりと置いて、はー、とやっとソファに身体を投げ出す。疲れた。腹減った。
洗面所の方から間抜けな電子音が聞こえる。鏡の所の照明にでも当ててるのか。
遊んでないで、いいから早くこっちおいで。

コートを脱いで戻って来た海の髪は少し濡れて、でもあちこち跳ねていた。
洗面所で直してたのか、と理解する。

なんだ、ずっとフード被ってると思ったら、髪の毛なんか気にしてたのか。
そんなのいいのに。

まだそんなに親しくなかった頃は、艶々としてトリュフチョコみたいだと思った事もあったけれど、熱を出した時に寝起きのひどい状態はもう見てるし、どんな変ちくりんな髪型だって、今ここに君がいてくれることが嬉しいんだから。

「海こっち来て座んな。お疲れ様」

「うん」

海はぺこりと隣で頭を下げ、距離を置いてソファにトスンと腰掛ける。
ごく普通に、隣にそうして座るのが、何だかホッとする。

「君も疲れたろ」

隣に投げ出された彼の手に手を重ね、指を絡めて、握る。

「んっ」

「結構歩いたから、今日は冷たくないね、手」

「運動、したから」

僕の手の下で、少し強張っている手。あんなにぐいぐい引っ張ってくれたのに、ここに来てまた緊張している。

本当に、何で急に、自ら手を出して、ここまで連れて来てくれたんだろうか。別に車で帰っても良かったのに、ずっと前に立って導いてくれた。

今まで手を繋ぐのも恥ずかしがってるようだったのに、彼の気分は本当にわからない。
けれど、こうやってずっと手を繋いで来てくれたから、僕はすっかり充電されて、元気になったよ。

「うん、引っ張ってくれてどうもありがとう。助かったよ。今日は朝から何も食ってなかったからホントやばかった」

「そうなのか」

横顔で少し微笑む。

「君はどう?あれからちゃんと食事した?」

「あれから……え……っと……」

海は握られた手を気にしながら少し考えて、昨夜から何か口にしただろうか、と思い返す。
そう言われれば、今朝ここに来た帰りに、パン屋に寄ろうと思って……思っただけで、帰って寝て、あとはあちこちうろつき回ってただけか。昨日は、置き去りにされてから、荷物を置いて、公園で……

「……煙草……?」

「えー?」

煙草?だけ?
相変わらずでちょっと呆れてしまう。それ食べものじゃないし。

「っていうか、煙草吸うようになったの?」

「う、うん」

「うーん。そうかぁ。あまりお勧めはしないな」

「あんただって吸ってるだろ」

「そうなんだけど、僕としては、君を健康にするためにめし食わせてるつもりだからさ」

「もう健康だ」

「うっそだろ」

「本当だ。最近、検査の数値が、少し良くなってるって言われた」

「検査……?あ、血液検査の?まじか」

定期検診を免除される代わりに行かされているという採血検査。今も通っているのか。

「うん。多少の改善が見られるって書いてあった」

「本当かい。やった。努力の甲斐があった」

「大袈裟だな」

「大袈裟なものか」

彼にはいつも迷惑そうにされてるけれど、頑張って食事させて良かった。僕がいる事で彼のためになったことがあったのだ。身体は正直にちゃんと反応している。こんなに嬉しいことはなかった。

「よっしゃ、じゃあ今日もちゃんと食おうぜ」

そう言って立ち上がると、料理と言うほどでもない、温めるだけのターキーを焼き、添えてあるソースで盛り付けるだけの遅い夕食を用意した。
スープを温めるのと、サラダを皿に取り分けるのは海がやってくれて、二人で子供用シャンパンを開けて、互いの健康に乾杯した。
インスタントで簡単なディナーだけれど、鳥はほろほろと柔らかく美味しく、海も口に合ったようで、中に詰まってた野菜もきちんと一緒に食べてくれた。
そのあと、パンケーキミックスを使って薄めに焼いたものに、苺に砂糖とレモン汁を入れてレンジで温めただけのベリージャムを作って挟み、何層にも重ねたケーキを作った。この苺のソースが海に大好評で、それだけをずっと食べていたそうな様子だった。
二人とも何も食べてないだけの事はあって、海に持って帰らせるように分けたもの以外は残らず平らげたという感じだった。

二人で食器を洗い片付け、食後の紅茶を飲んで、海がそろそろ帰る、と立ち上がる。

「そっか……」

そう、明日も仕事なんだよな。これが昨日だったら、泊まって行ってもらおうと思っていたのに。
残念だけど仕方ない。もうずいぶん遅くなってしまった。
 
 
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