海のこと

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04 ー touch ー

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それから、何度か会ったが、まだ、その言葉は出ない。

そもそも自分がほとんど喋らないせいだし、こちらから声を掛けることも、何か用事を思いつく事もなく、呼びかける機会がない。
傍にいれば、特に呼びかける必要もなく、ねえ、だの、アンタだのと言ってしまって
その度に、ふと言葉を止めて、彼が待ってくれるような瞬間があるのだけれど……

難しくて、俺は何も言えなくて、その人はいつも、うん、と言って微笑む。
わかってくれてるのだと思うと、申し訳ないような気持ちでいっぱいになって、また何も言えなくなる。


食事を終えて、一緒に、並んで雨の音をただ聞いている。

いつも色々と話しかけて来る人なのに、最近はこうして、ただ黙ってる事も多い。
疲れてるのだろうか。
眠るなら、ここで眠ってもいいのに、と様子を伺うと、そうでもなく、ただ黙ってじっと見つめて来たりする。
何を、どこをそんなに見て来るのか。

見られて恥ずかしく、視界から逸らしてココアを一口飲むと、「どうやって息するか、わかった?」と聞いて来た。

「息……」

「今、どうしてた?」

「気にしてなかった」

「じゃあ、5秒数えるから、その間飲み続けてて」

言われた通りにすると、飲みながら鼻で空気を吸ってる事に気づく。

「わかった……」

「鼻で呼吸するでしょう」

へへ、と照れくさそうに笑う。

「うん……」

向こうが照れくさそうにするので、こっちも何だか落ち着かなくなる。

「……練習、する?」

そうしてまた頬に手をかけて来る。

「仕事場では……しない……」

咄嗟に、首をすくめて顔を逸らす。

「じゃあ今晩」

「……」

「駄目?」

「……」

口の中を、触られる。
あれは……

背筋がぞくりと、おかしなものが走って、少し怖かった。

柔らかく、温かく、甘かったけれど、舌で一杯で逃げ場もなくて、どきどきと苦しくて。

手を繋いだり、唇が触れるだけとは違う。

自分の中に入り込まれるのは、怖くて、異常な感じがする。
自分の中に入って来られると、すぐいっぱいになってしまって
そこから逃げて、逃げて、自分の居る場所がなくなる。

俺は、自分が空っぽだって事を知っている。
その空っぽの中にほんの少し残ってるものを、これ以上失わないように、無くさないように、何も持ってなくても、絶対にゼロではなかったと思いながら、言い聞かせながら、それを守りながら、それだけで何とか日々を過ごして来た。

好きだ、と言いながら、その空っぽの中に押し寄せて来る。
覆い隠して、入り込んで来ようとする。
俺はいつも詰め込まれて、いっぱいになって、自分がいなくなってしまって
ほんの少し残っていた、自分の何かまで流されてしまいそうで、それが……

「嫌だ……」

自分の中に自分じゃないものが入って来て、自分の世界が壊れるのは、怖い。
全部失くなってしまいそうで、怖くなる。

彼は一瞬黙って、そう、ごめん、と小さく謝った。

「あ、や……」

そうじゃない。
謝らせる気はなかったのに……

けれども、何も言えなかった。
どう言っていいのかもわからない。
俺が口を開くといつも、こうやってわずらわせる。

もう何も言いたくない。
膝を抱えて、何も言わないで済むように顔を伏せた。

こんな事で、何も言わないで、何もしなくても良くなりたい。
いちいちごちゃごちゃ、悩んで、考えて、頭も心も、疲れる。

嫌の一言で、相手を謝らせて、嫌な気持ちにさせてしまう。
俺なんかの言葉で。

ごめんなさい、と聞こえないように言った。
雨の中に、消えてなくなりたい。
 
 
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