海のこと

03 ー slowly ー

-

　
ベッドに腰掛け、しばらくボーっとして、携帯端末を手に取り、時間を見る。
それからその中の写真を開いて何となく眺める。

写真が増えた。
笑ってる犬。余所見してる猫。どこかの空。知らない人達。桜の花弁。
燕の子。

指先で、ふと唇に触れる。
鳥の餌やりみたいに、あの人はして来たんだった。
近過ぎる挨拶。
近過ぎて、必死に息を止めて我慢した。

足りなかったから……って思ったことを、見透かされたのか。
そんな事しなくてもいいのに。もうとっくに俺は、いっぱいになってた。
それとも、この餌やりの写真の雛みたいに、こんな必死な顔していたのだろうか。

そうだったらちょっと恥ずかしいな……と雛鳥の写真をスライドさせると、花の写真が出て来た。
あの、虹みたいな色の、丸い花の塊。なんて言ったっけ。
保存日は去年の今頃の時期になってる。

あ、と小さく声が出た。
もしかして、今咲いてるのかも知れない。

急に見に行きたくなった。

「すごい」

あの人に言われて、こうして写真を撮って、残しておいて、良かった。
時間が経っても、こういうのを見れば、こうして気がついて、また見に行こうと思える、そういう事が出来る。
忘れていても……。

あの人は、思い出し方を知っている。前に、そう思ったことがあった。
すごいな。
あの人が言っていたのは、こういう事か。


立ち上がり、外出着に着替える。
咲いているだろうか。あの、公園の緑の上に落ちて来た虹の色。
美しい色。


少し肌寒いから、レインコートを着て、外に出た。
寝起きの髪がぐしゃぐしゃだ。
でもいい。こんな強い雨の日に、出歩く人はそんなにいない。
いたって、互いに傘を持って歩いているから、そのぶん距離が出来てそんなに近くならない。
みんな足元を気にして、他人なんか見てないし。
雨の日がいいと思う理由はいくつもあるな、と少し笑う。

それから、虹とあの花のおかげで、この灰色の雨の季節にも美しい彩りがあると知った。
あの人は、色々の事を教えてくれる。


ブーツも履いて、大きなコウモリ傘に隠れて。レインコートを着て。
もっと土砂降りになったって平気だ。花を見に行こう。