海のこと

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03 ー slowly ー

16-1

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酒のせいか、額に少しの熱を感じる。

黒い髪に触れ、後頭部に手を回して、頬をかすめ、唇を寄せる。
あくまで軽く、触れる。

「ん」

びくりとして、少し、避けられる。それを追ってまた触れる。
唇を寄せて、何度も触れる。
その唇に……。

「……ん、んん?……あの……」

顔を俯け、困ったように伏せられる目。

「これ、何、してるの」

「なにって……」

彼はさっぱり理解していない様子だった。

ただ、口と口を直接付ける事に戸惑って、触れ合わせた場所を気にして何度かぬぐっている。

「何故口を付ける」

「知らないのか」

「何を?知らない」

「嘘でしょ……」

再び口をついて出てしまう。

海はただ困っていて、口元に手を置いたまま首を傾げている。

「写真とか映画でも、一度も見た事ない?」

「分かんない。映画も見ない。知ってるだろ、俺映画館駄目なの」

びっくりした。

この男は、想像以上に奥手なのか、箱入りなのか、何なのか。

「うーん……?君……って……」

「何……」

「いや……まあ、なんだ。これは……挨拶……か……?」

ぐるぐる考え、それこそ映画で出て来るような言葉が浮かぶ。
いや全く、今のこれは、そういう事じゃないんだけど……

「フーン。挨拶……」

海は一旦微妙な表情で納得し、「でも、仕事では、してるとこ見ないな」とか言う。

「ハッ?」

仕事でしないよ!!!!!!

頭の中で、職場のオッサンやら何やらが互いにそうなってるのを一瞬想像し、吹き出してしまう。

「しない、しない!あのさぁ……」

駄目だ、この子は、何なんだ。本気なのか。いや、冗談があまり出ない奴なのは知ってるけど、やっぱり酒のせいなのか。天然なのか。困惑気味な顔を見て余計に笑いが止まらない。

「まあ、まあ、いいや……また今度、話そ」

何とか笑いが収まり、改めてもう一度、そっとオデコを突き合わせ、鼻先を寄せる。
 

「じゃあ、オヤスミナサイ、の……」

「待て、普通はするの、しないの、挨拶」

まだ言ってる。
海は相変わらず?マークがそのまま顔に出ているような困惑した顔をしている。

「相手によるかな。……でも、仕事では、しない」

そしてまた、笑ってしまいそうになってこらえる。
目の前の、ちょっとした酔っ払いが真面目に聞いてくるから、僕も真面目に返事をした。

「大事な人としか」


「……大事な……」

一言で、海はまた緊張して、フイと下を向いてしまう。

しばらく黙って、それからやっと、緊張を誤魔化すように、口を開いた。

「……そうなのか……確かに、仕事だと相手の選り好みになるから、無理だろうな……」

「ふ」

違うっての。
仕事から離れなよ。選り好んでるオッサン達が浮かんでまた笑っちゃうから。

「海、こっち見て」

「……」
 
 
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