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03 ー slowly ー
13-2
しおりを挟む「ぎゃって。生きてますよ、お疲れ様です。すみません、ちょっとだけお邪魔します」
彼の声がする。班の周辺が少しざわつく。
何だ、突然どうした。何しに来た……。
全身が固まって、声の方を向けない。
「何なんすかそのカッコ」
その声に、え、と一瞬顔を上げる。
彼が、柔らかいグレーの、細身のスーツを着て、すらりと立っている。
「……」
いつもはカジュアルなジャケットやセーター、パーカーや、見慣れたジャージ姿……それでも、着崩す感じではなく、どこかキチンとした姿勢の良さがあって、自分とは全然違うなと思った。
けれども、そうしてスーツなど着られると、本当に、全く別の世界の人に思えた。
「何ってこういう格好もするんで、今の部署」
「なんかマトモ~」
「え、でもいいんじゃないですか。素敵ですよ」
「はは、僕もたまにはマトモな振りを……あ、どうも、ご無沙汰しています」
彼は後任の班長の姿を見つけて、挨拶をする。
「お疲れ様です。どうしました」
「すみません、ちょっと探しものしてまして、前のデスクに忘れたかと思って」
「何でしょう?見つけたらグループメールに上げときますけど」
「ファイルなんですけど、水色の……」
「おー、はんちょーじゃん。また飯食いに行こうよ」
「あまりゆっくり出来ないけど、食堂でよければ」
「この後喫煙室寄ります?」
「ごめん、今日まだ出掛ける所あって……あ、大丈夫なので、仕事続けてください。お騒がせしてすみません」
何だかんだ、彼の周りに人が寄って来て、賑やかになる。みんな、フロアが変わってから会えていなかったり、スーツ姿が珍しかったりで、遠くから手を振ってる人もいた。
「……」
海はそれを見ない振りで、黙って作業を続けた。
沢山の人に囲まれてニコニコしている彼を、少し前まではこの作業所の中で班長としてやっていて、見慣れていたはずのその姿を、どうしてか、今は見ていられなかった。
格好のせいじゃなく、いつも会って、食事をしたり、部屋で話をしたり、公園を送ってくれたりする人とは、別の人の様に思えた。
どうしてだろう。
あれが元々の、普段のあの人だ。
自分だってそういう姿を今まで見て来たのに。
楽しそうなみんなの笑い声がうるさくて、一人になりたくて、見ていたくなくて、モニターだけに集中する。
忘れ物でも探し物でも何でもいいから、もう、さっさと自分のフロアに戻ってくれと思った。
何の感情だろう。
何だろう、これ。
それが何だか嫌だった。
変なの。
変な感じ。
こんなの今まで無かった。無かったから、わからない。
肩が冷えて、急に冷たくなって、上着が欲しいと思った。
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