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03 ー slowly ー
11-3
しおりを挟む無になって、閉じこもって、周りを遮断する——————
僕は、いま、ただの乗客のひとりになっているのか?
壁みたいに。空気みたいに。
でも、無理でしょ。
こうしてオデコをくっ付けてるのに、どんなに目を閉じたって、僕は君の世界から締め出せないよ。
前髪が互いに絡み合う。彼の髪が自分の額に触れて、くすぐったい。
それでも君は頑張って目を閉じて。腕組みをして。
閉じた瞼の、睫毛が重なって濃い。
少し眉をしかめ、不機嫌そうな唇が開く。
「何分、我慢すればいいんだ。通勤の間位なら出来る。そうしたら、俺の勝ちなのか」
何だそれ。
何も賭けてないのに、勝ちとか負けとか、そういう事じゃない。
しかも通勤時間って、何分どころじゃなくかなり長いぞ。
「言ったな。いいよ。通勤と同じ時間、こうやっていられれば、君の勝ちで」
「わかった。負けない」
「ただし、目を開けて」
「……」
「こっち見て」
「……」
「そうしたら、通勤時間の半分でいいよ」
「……わかった……」
やっと、ゆっくりと瞼が開く。
夜空のような瞳が現れる。
夜が。闇が。
いや。
青みがかった白目の部分の中、黒く広がる虹彩の奥、ブラックホールみたいな、瞳孔。
宇宙だ。
しかめ面してたくせに、表情豊かな、全てを吸い込んでしまうような目。
額をつけたまま、じっと見つめ合う。
早咲きの桜の樹の下で、近過ぎるニラメッコの勝負。
「目、開けたぞ。時間半分だからな」
何の負けず嫌いなのか、さっきまでとは逆で、目を逸らしたら負けとばかりに向きになってガッツリ目を合わせて来る。不良同士が喧嘩する時みたい。
あんなに近い近いって言ってたのに、どういう事。
近過ぎてもう訳が分かってないんだ。きっと焦点も合ってないだろう。
こっちはいくらでも、別に接触が苦手でもないし、本当に通勤時間分かかったって負ける気はしない。長距離走者の忍耐を舐めてはいけないのだ。
君はむっと口を結んで、腕組みをして。ドングリ目を見開いて。
そんなんじゃすぐ目カラッカラになっちゃうぞ。
夜の散歩して、一緒に花見がしたかっただけで、こんなつもりじゃなかったのに、何やってんだろう。
ああ、でも、前にも一度、ここで君と花見をしたっけ……
あれは、6月。
雨の中。
あの時も全然、思ったようなデートにはなってくれなくて。
樹の下で、同じ傘の中。
なのに、君に背を向けて、振り返ることも出来ず、どんな顔をしているのかも見えなかった。
でも、今日は、こうして向かい合って、こんなに近くに顔を寄せ、見つめ合えている。
夜。桜の散る樹の下で二人、顔を寄せて。
……この状況で、何故か爛々と睨まれているんだけれども。
好きな人に。
「ふっ……」
笑えてくる。
君とはいつも上手い事行かなくて、こんな風におかしな状況になる。
面白くて、珍しくて、何でもない事だって全部が初めての変な事態になって。
でも、こういうのが、君といる事だ。
こんなの、君とだからこうなるんだ。
だから君といるんだ。
急に、身体中に、可笑しくて、幸せな気分が湧き上がって来る。
「海」
「何」
「好きだよ」
「!」
近過ぎて茫洋としていた黒い目の焦点がみるみる合って、海は急に弱くもがき始める。
そしてそのままずるっと下に逃げて、樹の根元にぺたんと座り込んだ。
「まっ、ま……っ」
「負けだな、君の」
海はそこにあった空気が急に無くなったみたいに喘いでいる。
勝つ気も無かったけど、たった一言であっという間に勝ってしまった。
分からないと言っていた言葉に、君はどうしてそんな反応をするんだろ。不思議だね。
「まっ……、待って……」
「待つよ」
待つのは慣れてるからね、と笑いかけると、海は脱力したようにへたり込んでこっちを見上げる。
「アンタ、そういうの、やめろよ」
「楽しくなっちゃった」
「……何だよ、いつも……」
「アハハ、ごめん」
しょうもないニラメッコしながら、
しょうもないけど、やっぱり好きだなあと思った。
いつもこうして変わった状況になって、頭だけで色々考えてしまうけれども、動いてみれば、間違いのない反応が返ってくる。
それを言葉で聞きたくて、何とか言わせようとしたけれど……
笑ってしまう。
君の口から聞けないのなら、僕が言い倒せばいい。簡単だ。それだけだ。
明かりが無いなら自分で灯せと、神様も言ってた。
口にしづらい特別な言葉ではなく、日常にして、君も言いやすいように。
「好きだよ」
「……もう、いいって……」
海はへたり込んだまま、少し赤くなった額に手をやって俯く。
はらはら舞う花弁が、街灯に照らされながら、彼の上に落ちる。
まだ少し肌寒い、夜の並木道。
降り積もる花弁は、黒い上着に星を散らすように、彼を包み、薄桃色に染めて行く。
背中にも、髪にも。
ハート型の花弁が沢山。
その背中を、肩を、払ってあげる気もなかった。
それは、君がそのまま、全身でラブレターになったみたいだったから。
言えなくても、いい。
その花弁はそのままで。
手を取って、へたり込んでしまった君を助け起こす。
君が握っていた花弁がくっついて、僕の掌に移る。
「くれるの?」
薄桃色のラブレターを、僕は彼から受け取って微笑んだ。
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