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03 ー slowly ー
3-2
しおりを挟む何でもいい、か。
メールで「教えて」って言われた時は、ちょっとゾクゾクするほど感動したのにな。
本当は、単に、何ごとにも関心ないんだろうなぁ。
もっと、知りたいと、教えてと、思って欲しいんだけどな。
僕の事や、色々な事に。
「アドレス帳には何て入れてくれてるの」
「班長」
「あー」
なんだ、やっぱりなぁ。興味なさそう。
もう班長でもないのにな。
食事を終えて、包みを始末しながら、海がぽつりと呟く。
「いいんだ。あんたが嫌なら、俺はもう聞かない。悪かったな」
そう言って少し微笑んで、缶を傾ける。
「え、いや……」
驚いた。そんな風に思ってくれていたのか。
「いやいやいやいや、そうじゃない、教えたくない訳じゃないよ。違うよ」
冗談のつもりが、余計な気遣いをさせた事に、急に慌ててしまう。
無理なものは無理だから、とか言っていたっけ。
そうだ。君は、思いのほか優しいんだ。
「何だ。そうなのか」
ほっとしたような声。
「そうだよ、もちろんさ。んー……そうだなあ……」
焦って、こっちも少し考える。
名前を聞き出そうとかなりしつこく追い掛け回した自分と比べると、君は断ればすぐ引いてくれる。
やっぱり優しい。
聞かれてすぐに答えられなかった理由の半分は、名前を持たない彼への遠慮もあった。
フルネーム。
ファーストとミドルと、ファミリーネーム。
ファミリーネームなんて。
君には、家族の話も意識的に避けているというのに。
けれど、君の声で、僕の名前を呼んでみてもらいたい、とも、少しだけ思う。
というか、僕の名を呼んで欲しい、と思う。
一人で悩む時も、泣きたい時も、そういう時があれば、いつでも。
昼食を終え、海の、昼寝用の目覚ましアラームが、午後の予鈴のように鳴った。
座り込んでいた埃を払う。
どうしようかとしばらく考えて、屋内に入るドアをくぐりながらふと思いつく。
「名前、つけてよ、僕に」
「え……」
「君が呼びたい僕の名前を、考えてよ」
ほかの作業員だって、親しい者同士は番号ではなく名前を教えあったり、ニックネームで呼びあったりしている。
海っていう、多分ここでは僕しか知らない名前。
自分にもそういうのがあったらいいなと思った。
君と僕しか知らない、僕の名前。
仕事場では人に見られるのが嫌だという。それなら呼んでもばれないように。
「……」
海は瞬きを何度か。びっくりした感じでこちらを見る。
「俺が、あんたの名前をつける……」
「そう。君が呼びたい名前を、好きなように」
「いいの、そんなの……」
声がちょっと嬉しそうだ。
「うん。いいのを頼むよ」
「わかった。考える」
頷いて、そのまま黙り込んで歩く。
黙っているけど、下を向いて、何となく楽しげに。
何か考えながらゆらゆらと後からついてくる。
エレベーターを呼んで、待っている間も何だか真剣に考えている様子が微笑ましい。
そうだな。
そうやって少しは、僕の事も考えてくれると嬉しい。
そうしたら、万が一気に入らないおかしな名前でも、君がそんな風に楽しそうに考えて、君のその声で呼んでくれるなら、必ず応えるから。
「じゃあ、また、後でな。帰りに」
「うん」
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