海のこと

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02 ー he ー

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始業の前に、異動を聞いた班のメンバーがざわざわと集まって来る。

「はんちょー、出世なのか」

「いえ、そうでも。フロアは変わるけど、気が向いたら遊びに来てください」

「みんなで食堂通うからおごってよ」

「食堂勤務じゃないから、来てくれてもどうにもならないよ。あ、でも回数券買ってくれるなら考えてもいいですよ」

「えー。じゃあ自腹で奢って」

「煙草一本ならいいよ」

「おれ吸わないし。ケチ」

「ケチって。煙草、高いんだけどな」

「喫煙者の価値観おかしいよ」

「いいんだよ。俺らは喫煙室で会おうぜ班長」

「ああ、そうだな、君達はまたそっちでよろしく……まあ、そういう事で、今月いっぱいで皆さんとはお別れになります。至らない班長でしたが、今まで色々とありがとうございました。後任につきましては、追って連絡します」

「え、本当にマジなんですか」

「それがマジなんで……僕も残念です。今月は残りの日全部、お昼ご一緒します」

「奢り?」

「全く奢りませんけど」

「ちょっと、こういう時は普通私達が奢る側でしょ」

「えっそりゃそうだけど、毎日は無理」

「ああ、いいですって、いつもと同じで、本当に……。ええと、皆さんには、業務でも、その他の時間でも、色々お世話になりました。残り短いですが、もう少しの間よろしくお願いします」

海は、ただ呆然と班長の挨拶を聞いていた。
班長は話しながら一瞬こちらを見て、また違うメンバーに視線を移す。
話している途中も何度か脇道に逸れるようなやりとりがあり、ガヤガヤと賑やかに簡単な挨拶が済んで、いつものように通常業務が始まる。
昼は、また違う班の何人かが話を聞いてやって来て、毎日結構な人数でぞろぞろと食事に出掛けていたようだった。

他班の人にも声をかけられて、顔見知りが随分と多いことに改めて驚いていた。
俺は、あんな人の時間を奪ってたんだな。
本当に、何であれだけの人数相手にしてて、あの人は俺なんかに構ってたんだろう。
やっぱり離れて良かったのだ。

その日の仕事の帰りに公園でひとり、例のベンチに座ってぼうっとしていた。
そこにそうしていると、今にもあの人が向こうから走って来るような気がした。そういう事が今まで何度もあった。
けれど、その夜はそんな事もなく、また夜に凍えて、これ以上仕事は休めない、と、ふらふらしながら引き上げた。
一体何をしに来たんだろう、と思った。

その後、あの辺のみんなで集まって、どこか近所の店で食事会をしたようだった。
最終日は有志から小ぶりの花束を渡されて、えっ辞めるって勘違いしてる?と慌てて、笑われていた。
翌月から彼は居なくなって、作業中にすれ違う事も、稼働時間帯が変わったのか、駅で会う事ももう無くなった。
新しい班長がまたどこかから異動してきて、生活も業務も、完全に以前のペースに戻った。
 
 
  
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