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02 ー he ー
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しおりを挟む海は、翌週末も、一人でプラネタリウムを観て帰った。
班長も、一人で来ていた。
後ろの離れた席にいて、上演が終わると、前方の座席を少し振り向いて、先に出て行った。
そしてまたどちらからともなく、互いに電車の時間や、乗車する車両をずらして帰った。
仕事場ではその事に触れる事もなく、話す事もない。
昼休みも海は屋上でひとりの時間を過ごす。
誰も来ない。
いつも通りの静かな時間。
眩しく、透明に輝く青空。
遠い、少し冷たい、それでも綺麗な空。光。
いつも通りの空を見上げて、ぬるくなったココアを飲んだ。
次の週末は、以前に班長と人工衛星の流星を見た、あの高層ビルの展望台に一人で寄った。
寒くて人の少ない屋上庭園は、少しあの公園に似ていた。
あの日は曇っていたけれど、今日はキレイに晴れていて、月が煌々と輝いている。
この界隈で一番高い塔。周りに建物の光も影もないと、ここが月の光に一番高く照らされて、月の光だけで夜は充分明るいのだということが分かる。
冷たい風のなか、ガーデンベンチに腰掛ける。
自動販売機は故障していて、温かい飲み物も買えなかった。
寒くて、ポケットに手を突っ込んだまま、夜空を見上げる。
小さく点在する星がもっと見えるように、遠くに目を凝らす。
プラネタリウムの映像と違って、綺麗にも、鮮明にも見えない夜空。認識できる星の数も全然違う。
でも、ここの空は映像ではなく、本物の空だ。本物の星だ。
ここから見ると小さいけれど、宇宙船に乗ってもっと銀河の近くまで行けばきっと、目も潰れるほどの光がそこにある。
先週、プラネタリウムに行った時は、光の速さと距離についての話をしていて、強く惹きつけられた。
光は一年間に9兆4600億km進む。それが一光年という単位。一年かけて光が届く距離。
9兆4600億km離れた所にある星の光は、一光年遠くから届いた、一年前の光だという事。
不思議な話だ。
今見ているあの光は一年前の光であり、今その星が消えても、その最後の光がここに届くのは、消えた一年後だというのか。
夜空に目が慣れてくると、真っ黒な中に、明るさの違うたくさんの星が瞬いている。
あれらの星は遥か遠くにあって、光がここに届くまでには、何年も何十年もかかる。
今見ている光も、何十年、何百年、何千年、何万年もかけて届いた光だとすると、あの星は遥か昔にとっくに消えていて、今はもう無くなってしまっているのかも知れない。
その光が、今やっとここに届いて、ここの空で光っているのだ。
この世にはもう無いかも知れない光を見上げ、冷たい風に吹かれながらボンヤリと考える。
何万年も昔が見える。不思議だ。
月ですら、今届いているのは1秒前の光。太陽だと8分前の光だという。
あの光は過去。
過去が今、目に見えてる。
目に見える過去。
自分の過去の事も、こんなふうに、目に見ることが出来ればいいのに。どうしてこうなったのか、わかればいいのに。
光っていなくても、遠くても、せめてちゃんと過去があったんだと分かれば、こんな気持ちで生きていなくてもいいのに。
あれは過去だけど、あそこにある、本物の光。
立ち上がり、フェンスの方へ歩く。垣根の隙間から鉄柵に手を伸ばしてグッと掴む。冷たい感触。
それからプランターに足を掛け、冷たい風の吹く空に向かって伸び上がる。
あそこに、ある。
少しでも近くに行けるなら、と、柵のもっと上、もっと上を掴もうとする。
過去が見えたら。
あの時、ああいう時、かつて自分がどう考え、どう反応していたか分かっていたら。
そうしたら、それを参考に次はもう少し修正して、きっともう少し上手に、今のようには、こんな気持ちには、ならないように出来たのだろうに。
そうしたら、きっと、もっとちゃんとした自分でいて、もっとこの心も、気持ちも、もっと……
あそこに行きたい。あれを掴みたい。
掴めたなら、あの光を、過去を……
「お客様……!」
警備員がすぐに気がついて駆け寄って来た。
「お客様、そちらは危険ですので、お戻りください」
丁寧だが緊張した声で呼び掛けられ、はっと気がついて、驚いて、手を離して降りる。
「すみません……」
「まもなく閉園時間となります。本日のご来場ありがとうございました」
素直に下りて戻ったのを見て、警備員は少し安心したように、屋内へ続くドアを示す。
「お気をつけて」
海は、青い顔で会釈を返し、大人しく高速エレベーターで地上に降りる。
ビルの外は寒く、ここでも上と同じように冷たい風が吹いていた。
星から遠い地上に降りてしまった。
たかだか50階で、星の光に、過去に手が届くはずもなかったが。
冷え切った身体で電車に乗り込み、寒い部屋に帰宅する。
手が氷のようだった。
いつも、手が冷たいねと言って触れて来たあの班長は、今日はプラネタリウムに行っただろうか。そうして、今日自分がいない事に気付いただろうか。
それでどうなるものでも無い。いないだけの事だ。
あの人の世界には、俺がいなくても何も関係無い。
遠い所できらきらと輝いて、手も届かない。
世界はいつもそうやって回っている。自分を置いて。
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