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03 ー slowly ー
8-1
しおりを挟む微妙な言い方をされ、班長はソファの隣に少し間を置いて座る。
距離はあるのに、海は身体を固くして、端に寄ろうとする。
「そんなに緊張しないでいいから」
緊張させているのは自分が動いたからで、それを少し申し訳なく思う。
仲直りした夜、躊躇いながらも、手を伸ばして、そっと触れて来た冷たい指先。
その精一杯の勇気を嬉しく、愛おしく思い、もっとそうして欲しいと思った。
今はその指も微かに強張って、けれど何でもない振りでソファの上に置かれている。
細い肩も首筋も、曲線が無いみたいに張り詰めている。
屋上にいる時は、並んで座っていてもこんな感じじゃないのに。
そんなに怖がらなくてもいい。
少しずつ慣れていってくれれば。
その練習の為に、家に来てもらっている部分もあるのだから。
「こうやって、うちでゆっくりしてもらうのも、久し振りだね」
「……ああ……、そう、だっけ……」
「この前に来てもらった時は、君は……ちょっと変だった」
「うん……」
海は下を向いて、その時のことを思う。
悩んでいた頃だ。
あの時は、実体の無い「心」というものに酷く不安を感じて、たまらなくなって逃げ出してしまった。
手を伸ばせば、掴めるものが、いつでもそこにあったのに、ただ怖がっていた。
簡単な事だ。
けれど、その簡単な事が、俺にはわからない。
あとになってみれば、どうしてそこで悩むのか、どうしてそこでそんな風に間違えるのか、馬鹿みたいに思うだろう。
けれどその時は本当に分からなくて、本当に悩んで、混乱していた。
知らない事が、知ってはいけないもの、恐ろしいものに思えて、手を出しかねる。
何が正解かも分からない。これから何が起きるのか知らない。
それが自分一人の事ではないから余計に、全てを迷わせる。
どうしたらいいのか、教えてもらえれば、その通りにするだろう。
分からない事は、分からないから、知らないから恐ろしいのだ。
だから。
少しずつ、知っていければ、教えてもらえれば、怖くなくなるのだろうかと思ったから……
今日、またこの部屋に来てみたのだ。
何も分からなくても別に構わないと思っていた。
自分の事も分からないのに、他の事を知る気も無かった。
何も無くたって、ただ生きて、何処かで死んでは行けるだろう。
今まで、習慣のようにそう思っていた事への、少しの変化が起きた。
それは大きな冒険心であり、探究心のようでもあった。
ここに来たら、
この人の傍にいたら、
自分はどうなるだろう。
変わるだろうか。
変わらないだろうか。
変化する事は、こわい。
小さな変化でも、
自分にとって無くても良かった事が起きるのは、ただ不安と恐ろしさしか無い。
けれど、自分がどうなるか、興味がある。
この人は、きっと怖くないと思ったから、そんな気にもなったのかも知れない。
「もう二度と来てくれないかもってあの頃は思ってたから、今、嬉しいよ」
班長は隣で屈託なく笑う。
何の価値もない自分に、そんな事を言う人がいる。本当に不思議だった。
この人のこの変な、俺への興味のおかげで、少しだけ。
ほんの少しだけ、自分がここに生きていていいのかも知れない、と思えた。
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