海のこと

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02 ー he ー

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「こんばんは」

ぴくりとして、ドアを見上げる。

「海。どうしたの。何のメールなの?これ。何かあった?」

頭の上、ドアの向こうで声がする。
走ってきた息が少し荒い。

「ごめん、帰る途中のメールだったから、戻った方が速いと思って」

やばい走ったら余計酒回った、と少し笑っている。

ドッと涙が溢れる。
走って来なくていい。戻って来なくてもいい。
どうして、そんな事をする。俺なんかに。

「ちょっと、出られる?」

「……」

「顔、見せて」

「……」

身体が動かなくて、ドアを背にしてうずくまったまま、その声に息を殺す。

「さっきのメール何?そんなに何度も謝られるような事あったっけ…。いいよ別に。そんなのどうせ、多分僕のせいだろ」

違う。違う。

「ごめんな。何かよく覚えてないけど、怒らせてたっけ、そういえば。何だっけな。ああ……そうだ。無駄な時間だって、言ってたね」

「え」

違う。それはあんたのことじゃない。それは、俺が。

「そうだな。君はいつも迷惑そうだったし……君の時間を随分邪魔してしまった。ストレスもかけてしまっていたし、僕といる時間は、無駄でしかなかったんだろうな……。でも、あんなにハッキリ言われて、アレは流石にこたえたな」

ハハ、と少し笑い声。

「確かにな、こんな、いちいち戻ってきたりして鬱陶しいね。……酔ってからんで、僕は……、あー、ほんとに駄目だ。ごめんな」

違う。違う。そんな事。そうじゃない。あんたの事じゃない。あんたが謝る事なんて何も無いんだ。

「じゃあもう、帰るね。おやすみ。……ほんと、元気でいてな」

駄目だ、薬のお礼だってまだ言えてないのに。俺が馬鹿だから。俺が、何も見てなかったから。

「あっ……の……」

思い余ってドアを開ける。違う、あんたは悪くない。俺が。



「わ」

驚いた顔。


「え、どうして、何でそんなに、泣いてんの」

班長はただビックリしていた。
さっき別れ際、クソ野郎って睨んでたのに、何でそうなったのか。

驚かれて、はっとして慌てて引っ込もうとするのを、咄嗟にドアをガッと掴んで無理に開く。
海は何とか逆らって閉じようとしたが、当然のように力負けして、開いた勢いでバランスを崩し、通路によろけ出てしまう。


「どうしたの……」

「……」

引っ張り出されたような形のまま、背後でドアはパタンと閉じ、薄暗い通路に立ちすくむ。

「顔、見えないから、もう少しこっちに来て……」

ぐちゃぐちゃに泣いて、ただ下を向いている男に話しかける。

「困ったな。……せめて何のごめんなさいだったか、教えて」

「……俺がっ……」

「あ、うん」

「俺が、どうしようもないから……」

「ん?」

「迷惑ばっかりかけて……」

「え、そんな事ないって……」

「気、遣わせて、時間取らせて」

「いや」

「あんたの時間を、俺なんかに費やしてたら、駄目だって」

「え?……え?あ?」


班長は、そこでやっと、誰の何が無駄だと言ってたのかを、なんとなく理解した。

「あ、ああ……、そう……か……」

こんな所に来てていいの、とか、何で俺と帰るの、とか急に意味不明に言っていたのは……


何だ。
そうか、……そうだったのか……。
 

急に安堵が胸に広がる。

時間の無駄という言い方。
自分と一緒にいる事がそれほどまでに嫌なのかと、もう最悪に拒絶されたかと思っていた。
あれだ。君のいつもの「俺の事なんか」だったんだ。……そうか……。

「なんだ……」

つまりは、全然、君も僕の事を思ってそうしてたって訳……か……。


何でちゃんと言ってくれないのか。何で黙って傘を置いて行くのか。
クソ野郎って追い返しておいて、一人でぼろぼろ涙を流してるのか。


何も変わってない。
逆の事ばっかり言って、ただの分かりにくい、いつもの君のままだった。

馬鹿だな……
 
 
 
 
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