231 / 401
02 ー he ー
-
しおりを挟む逃げて来た帰り道。
沿道には、輝く街路樹。
季節のイルミネーションで輝く街の中を、ひっそりと影のように歩く。
どこかの神様の、なにか記念の日だという。
プレゼントを送りあって、家族と過ごす日。
リボンやベルが飾られた緑の木。
プレゼントの包みでディスプレーされた、ショップのショーウィンドウ。
集合住宅の窓にも、それぞれ、思い思いの飾り付けが施されていて、光るアイテムを置いたり、ステッカーを貼ったりしているのがわかる。
一年の終わりに良いプレゼントが届くようにと、迷信だけどささやかな目印。
楽しげで幸せそうな、温かい窓の明かり。カーテンに映る家族のシルエット。
立ち止まり、見上げると、窓辺には神様には全然関係ないような、子供に流行りのキャラクターまで置かれている。
あそこの子は、あれが欲しいんだろうな、と少し微笑む。
尞でも、この日の夕食にはいつも、何かお菓子が付いていて、いつも同室の子供に上げていた。
何だったかはよく覚えていないな。自分には関係のないものだし。
歩道のタイルの上にも、赤と緑の光が交互に、通り慣れた道をいつもとは違う装いで彩っている。
レーザー光線で描かれた星と雪のマークが、可愛らしく踊る。
かがんで手を置いてみると、光のイラストは手を通り過ぎて乱れ、そこにはただ冷たいタイルの感触しか無い。
形のない幻。
手の甲の上で再び星と雪は形作られて踊る。手を何度か振ってその形をまたぐちゃぐちゃに壊す。
このシーズンが終われば、こういう装置も撤去されて、これはただの白い路上のタイルに戻るのだろう。
何も無かったかのように消えるんだ。
さっき通った店のも、誰かの家の窓のも、全部、なくなるんだろ。
最初から無いのだから、当然だ。
タイルから手を離し、その場から離れ、また歩き出す。
公園を通り、いつもの点滅する街灯の下。
またここに逃げ込んで、ベンチの端っこに、力無くぺたんと腰掛ける。
白い息で見上げると、街灯は点滅を繰り返し、ふと消える。
辺りが静かに暗くなる。
行政でも、誰も来ないような場所の修理などは、後手後手にまわしているのだろう。
ふっとため息をついて見上げ、そのまま真っ暗な夜空を遠く見上げる。
暗闇に目が慣れて、小さな星が沢山見える。
手を伸ばす。
あれは幻ではなく、本当にある星だけれど、
やっぱり遠過ぎて手は届かない。
そこにあっても、見えていても、触れられないもの。
遥か遠く。
近づけない。
仕方ない、と自分に言い聞かせる。
手が届くものではないのだ。
俺などに。最初から。
真っ暗な中また俯いて、ポケットの中に突っ込んでいた手を出し、そっと広げる。
さっき、玄関先でほんの一瞬触れた指先が、まだ痺れるように重たい。
やっぱり、自分から手を伸ばす事は出来なかった。
怖くて。
あの部屋の、ソファの上でずっと茫然としていた。
どうしていいのか、どうしたらいいのか、分からなかった。
あれからずっと、考え続けて、怖れ続けて、また週末になって…
必死に、堪えて、着いて来て、あの部屋で…隣で…
傍に寄って、手を伸ばすのは、簡単な事のはずだ。
でもただそれだけの事が、出来ない。
重たく強ばる手。
隣にいるのに、遠い距離。
拒絶と恐怖。
簡単な事なのに。
ずっと心配してもらって、でもそれもつらくて、いたたまれなかった。
やっぱり、駄目だ。
俺は、駄目だ。
そっちには行かれない。
そんな事ばかり、ずっと思っていた。
自分は、あの人の親切に応えられない、それを受ける価値もない人間で
この世界のどこにも居場所は無くて
周りは全部夢のように自分を置いて通り過ぎて行く
そうやって毎日過ごしていて……
あのプラネタリウムで分かった。
全部、あれなのだ。俺の世界は。
目には見える。けれども、一生触れる事は出来ない。
何処にいても、誰といても。どんなに親切にしてもらっても。
そして俺はこうして、あの親切な人を跳ね除け続けて、距離を置いて、
これからもずっとそんな時間を過ごす。
……のか。
酷いな。何ていう無駄。
何ていう無意味な時間。
……あの人が、俺といる時間。
そんな事のために、かける時間。
どうやっても触れられないもの。
わからないもの。
心のありか。
神様がいるとかいないとか、いつかここで、そんな話をした。
いるとかいないとか。
いや、いないだろ。何処に居るんだ。
どうして、見えていないものを、恐れたり、信じたり、みんなするのだろう。
神様を信じられる人は、見えなくても、そこになくても、さわれなくても良いのだろうか。
在ると思うのだろうか。
在ると分かっているのだろうか。
それで良いのだろうか。
俺には分からない。
自分の中でしばらくの間ふわふわしていたものも、重力に押し潰されて何処かに消えた。
一体、何に揺さぶられていたんだろうな。
ありもしないものに。
きっと俺には、一生分からない。
分からないのなら、分からなくていい
分からないなら、無いのと一緒なのだから
俺の、人生だの、記憶だの、身内だの、知り合いだのも、無くてもやってこられた
それならばそれで、何にも触らず、関わり合わず、
そうやっていつかどこかで、
誰にも知られない所に消えて行くか、一生ひとりで、彷徨い続けるか。
それがいいんだ。そうわかった。
無くてもいいんだ 知らなくても
俺には、最初からそうなのだから。
どうせ人は最後には死んで、後には何も残らない。
全部そうやって通り過ぎるから。
人は生まれたら必ず死んで、いなくなるから
みんなそうだ
あの人もきっとそうだ
生まれて死んで、消えて行く
俺は……
触れられないままで、
わからないままで、いい。
全部。
一人のままで終わりたい。
それがきっといいんだ。
この手にはもうきっと何も掴めないまま。
それでいいと思ってたから。
なのに
どうして?
どうして、好きだなんて言った?
俺には分からないのに
いつかみんな消えるかも知れないのに
最後にはいなくなるのに
隣にいるのに、何処までも遠くて、届かない。
届かなくて、分からなくて、苦しい。
あの人といると
寂しい
苦しい
何も無いみたいに遠くて
ただそれだけだった
寂しくて、
苦しくて、
不安になって、
もう一緒にいたくないと思った
ずっとそう思っていて、離れた場所にいる人を、とうとう意識の外に追い出した。
これで一人だ。
ひとりでいい。
ここから逃げたい
この人から
逃げたい
苦しみたくない
これ以上
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
恋をするなら、キミとがいい
若松だんご
BL
「シズルって、女みたいだよな」
中学の時、そう言って自分を笑っていたのは、幼馴染で友達だと思っていた相手、井高翔太(イダカ ショウタ)。
なんだよ。幼馴染なんだから、そういう噂とかを、一番に怒ってくれてもいいのに。お前が、一番に笑うのかよ。
それまで、「ショウタくん」と呼んでいた相手。その相手の裏切りに、志弦は傷つき、彼とは違う高校に進学し、彼とは違う東京の大学に進学した。学ぶ学部だって、ヤツとか被らせない。
これで、実家に帰らない限り、アイツと人生が交差することはない。
そう思っていたのに。
「今日から、よろしくお願いしまっす!」
志弦のバイト先に入ってきた、同じ大学の工学部の後輩、氷鷹陽翔(ヒダカ ハルト)。
似てるけど、名前も違う。年齢だって。顔だって。
「イダカ」と「ヒダカ」。全然違う。なのに。
――どうしようもなく、アイツを思い出してしまう。
氷鷹の持つ明るさのせいか。それとも、その強引なまでにこっちを引っ張ってく性格のせいか。
離れたい。だけど、状況が志弦を離してくれなくて。
「俺、佐波先輩に何かしましたか?」
志弦の態度に不審がる氷鷹。でも、「なぜ」も「どうして」も説明できなくて。
「ゴメン。キミは悪くない。悪くないんだけど……」
氷鷹と仲良くやることはできない。どうしても過去を思い出して、苦しいんだ。
そんな志弦の態度に、めげることなく距離を縮めてくる氷鷹。
「俺、ちょっくら役所行って、名前、変えてきます! ついでにその〝イダカ〟ってヤツも殴ってきていいっすか?」
志弦のために。志弦と仲良くなりたいから。
そんな氷鷹の態度に、硬く閉じこもっていた志弦の心はほぐれてゆき――。
「オレ、氷鷹に会えてよかったよ」
過去のことは彼に出会うために、彼を大事に思えるようになるために用意されてた、ただのステップ。
そう思えるようになった志弦は、氷鷹の差し出す手を、自ら掴む。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
俺と父さんの話
五味ほたる
BL
「あ、ぁ、っ……、っ……」
父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。
「はあっ……はー……は……」
手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。
■エロしかない話、トモとトモの話(https://www.alphapolis.co.jp/novel/828143553/192619023)のオメガバース派生。だいたい「父さん、父さん……っ」な感じです。前作を読んでなくても読めます。
■2022.04.16
全10話を収録したものがKindle Unlimited読み放題で配信中です!全部エロです。ボリュームあります。
攻め×攻め(樹生×トモ兄)、3P、鼻血、不倫プレイ、ananの例の企画の話などなど。
Amazonで「五味ほたる」で検索すると出てきます。
購入していただけたら、私が日高屋の野菜炒め定食(600円)を食べられます。レビュー、★評価など大変励みになります!
身体検査が恥ずかしすぎる
Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。
しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。
※注意:エロです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる