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02 ー he ー
22-2
しおりを挟む出られない。
放っておいて欲しい。
1時間後、またかかって来た。
出られない。
電話が鳴り止む。
少ししてメールが来た。
見たくない。
電話も、メールも、教えるのではなかった。
けれど、ずっと黙っていたら、駅のトイレの時のように過剰に心配されて、挙句に家まで訪ねて来られかねない。
会いたくない。
何かリアクションしないといけない。
無題のメールを、思い切って開いてみる。
画像がついていた。
(……犬……?)
茶色と白の、やたらと嬉しそうな、耳の大きな犬の笑顔が、ぱっと目に飛び込んで来た。
彼らしき手が、エプロンみたいな白い毛の胸元を撫でている。
『今朝走ってたらどこからか着いて来て、脱走した飼い主の所まで一緒に走った』とあって、
その後に、ちゃんとご飯食べてください、とあった。
それだけだった。
用件でも、問合せでもない、
何でもない彼からのメール。
緊張していた気持ちが、一気に、溶けるように緩んだ。
犬の笑顔に釣られて、少し微笑む。
彼の気遣い。彼の労り。
その優しい手。
心が震えるのが鬱陶しくて、かわいい、とだけ書いて、返信した。
その写真と、その手と、その文字を見つめながらぱたりとベッドに横たわり、そのままいつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると洗濯は終わっていて、乾燥した衣服はまだ暖かかった。
数十分程度の睡眠だったが、何だかスッキリして、何か食べるものを買いに出る気になった。
コートを袋に入れ、洗った服を着て、ふらふら街を歩く。
クリーニング店へ預けた帰りにマーケットに寄り、いつものように適当な菓子パンを手に取ったが、くどくど注意された事を思い出し、ベーカリーの卵サンドイッチを買って帰る。
証拠写真を撮って、「タンパク質?」と書いてメールしてみた。
画像添付のメールは仕事でやった事はある。ちゃんと出来ただろうかと思っていると、さっきの犬の、また違う笑顔の写真と、親指を立てた絵文字がすぐ帰って来た。
また犬に釣られて笑顔になる。
メールを閉じてため息をひとつ。
ホッとする。
短い一言でも、言いたい事が分かって貰えて、少しだけ安心した。
あの人の友人として、こういう感じでもいいのだと言って貰えたような気がした。
窓を開けると、建物の隙間から、もう夜の気配を帯びた夕空が見える。
サイドテーブルに置いた透明な飴玉の包みを手に取り、その空にかざしてみると、昇りかけの、オレンジ色の月みたいだった。
大事だから、と言われたあの時の声がする。
大事だから、元気になってよ、と。
あの犬は、何だかあの人に似ているように思えた。
耳を立てて、世界中の全部が楽しそうな、嬉しそうな笑顔。
あの人は怖くない。
怖くないから……大丈夫……
買って来たパンとジュースで夕食を済ませ、またベッドに倒れ込み、目を閉じた。
会わなくても、詰め込まれなくても、それだけでもう一杯一杯だった。
一杯の隅っこで、また、ふわふわとしたものが心に湧き上がる。
……それが何だか分かったら、色々な怖い事が、怖くなくなる日が来るんだろうか。
それとも、今よりもっと、怖くなってしまうのだろうか。
夜になって、「体調どうですか」とメールが来た。
明日、会えそうだったら会いたい、無理ならまた今度で、と続けてあった。
これは、問合せのメール。
犬の笑顔が目の裏に浮かんで、
ウトウトしながら、その問合せへの返事を打って、送った。
たぶん、大丈夫、です。
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