海のこと

文字の大きさ
上 下
44 / 401
01 ー nothing ー

22-7

しおりを挟む
 
「あれがここで燃えるって事は、ここの大気にその塵が紛れるんだよな」

海は、上空を見上げたまま、誰に言うでもなく、ポツリと口を開く。
静かな声。

「大気に紛れて、気流に乗って、雲や雨になって、海や地面に落ちる。どんなものも、そうなる」

「…そうだな…」

「燃えて、煙や灰になって、戻る。…全部そうなるんだ」

彼は夜空を見上げ、見下ろし、空気を嗅ぐように、遠い目で辺りを見回した。

大気に混じっているかも知れない、失われたもの。
大気に混ざり、海に落ち、蒸発して雲となり、雨となって天から降る。
そして深く、その空気で呼吸する。

「雨が降る所で良かった」

君は隣でそう言った。

「うん…」

頷くしかなかった。

雨の日が好きで、その中を歩くのが好きで、空気が足りない、と苦しむ。
その無意識に、求める想いが全て現れていたように思えた。
 

見上げる横顔。

彼の記憶がないということに対して、どういう思いで世界を見ているのだろうと思っていた。
その思いは多分、たった一つ。

故郷。自分の身の置き場。自分の家。居場所。
帰りたい、帰れない、何処にあるのかもわからない、ただ一つの場所への遠い想い。
何処かにあるかも知れない、もう無いのかも知れない、行った記憶もない場所。

その面影を求めて、呼吸の出来る場所を世界中に探すのだろう。
自分のいられる場所、生きていける場所を…


「ああやって、いいな、パッと一瞬でも、光って消えるの」

小さな呟き。

「ああなればいい」

いつか、眩く輝いて消える。
あの衛星みたいに。

「だからそうなるのを待ってる」

待ってるんだ、と横顔のまま空を見上げる。


冷やりとした。
何の願望なんだ、それは。

いつだったか、前にも彼にこんな印象を持った気がする。
どうなってもいいのか、みたいな。


死と、崩壊と、喪失、消滅…
…憧れ。

見上げる横顔。


「海…」

「終わった」

ふう、とため息をついて、すっかり冷めたレモネードを一気に煽り、空のカップをごみ箱に捨てる。
 
借りたハンカチを差し出し、こちらが受け取るとすぐ手を引っ込めた。

「ありがとうございました。帰ります」

「えっ、あ…、駅まで帰れる?」

「橋まで真っ直ぐでしたよね。駅までの表示板通りに歩きます。飲み物、ご馳走様でした」

ひょこ、と頭を下げて、くるりと踵を返して歩いて行った。

後姿を見送り、缶コーヒーを飲み干しながら、しばらく佇んでいた。


複雑な思いが交錯する、奇妙な時間だった。

子供の頃の、懐かしい記憶。
悲しかったのと、幸せだったのと。
黙って傍にいるだけで、暖かく柔らかく、嬉しくなった思い出。
不思議な、ずっと忘れていたような感覚。

そして、少し怖かった。
彼の呟いていたこと。その想い。少し分かりかけたこと。

学生の頃、ボランティアをやっていた中で、身寄りのない人や、故郷を失った人、家のない人とも接した事はあった。そういう人は世の中に沢山いるのだろうと思う。

そういう人たちも、あの時は笑ってくれてはいたけど、彼のように、消えてしまったものたちと一緒に自分も消えてしまいたいと、そう思っていたのだろうか。
ぱっと、消えたいと。心のどこかで。


見上げると、雲が切れた隙間に一瞬だけ、猫の目のような月が出て、また薄い雲に覆われて見えなくなった。

パッと光って、消えたい。
そんな事を言った。

人工衛星は、時が来ればああやって燃やされるけど、月も星も、ああいうのは、雲の上でも、昼間の空でも、見られなくても、そこにある。いつもある。どこにでもある。
光りながら、ずっと、どこにも行かない。
消えたりしない。

そういうのもあるよ。
そういうのでいい。
だから、消えたいなんて思わなくていいんだ。
あの横顔に、ただそう言ってやりたかった。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

俺と父さんの話

五味ほたる
BL
「あ、ぁ、っ……、っ……」   父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。 「はあっ……はー……は……」  手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。 ■エロしかない話、トモとトモの話(https://www.alphapolis.co.jp/novel/828143553/192619023)のオメガバース派生。だいたい「父さん、父さん……っ」な感じです。前作を読んでなくても読めます。 ■2022.04.16 全10話を収録したものがKindle Unlimited読み放題で配信中です!全部エロです。ボリュームあります。 攻め×攻め(樹生×トモ兄)、3P、鼻血、不倫プレイ、ananの例の企画の話などなど。 Amazonで「五味ほたる」で検索すると出てきます。 購入していただけたら、私が日高屋の野菜炒め定食(600円)を食べられます。レビュー、★評価など大変励みになります!

身体検査が恥ずかしすぎる

Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。 しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。 ※注意:エロです

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

処理中です...