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01 ー nothing ー
22-7
しおりを挟む「あれがここで燃えるって事は、ここの大気にその塵が紛れるんだよな」
海は、上空を見上げたまま、誰に言うでもなく、ポツリと口を開く。
静かな声。
「大気に紛れて、気流に乗って、雲や雨になって、海や地面に落ちる。どんなものも、そうなる」
「…そうだな…」
「燃えて、煙や灰になって、戻る。…全部そうなるんだ」
彼は夜空を見上げ、見下ろし、空気を嗅ぐように、遠い目で辺りを見回した。
大気に混じっているかも知れない、失われたもの。
大気に混ざり、海に落ち、蒸発して雲となり、雨となって天から降る。
そして深く、その空気で呼吸する。
「雨が降る所で良かった」
君は隣でそう言った。
「うん…」
頷くしかなかった。
雨の日が好きで、その中を歩くのが好きで、空気が足りない、と苦しむ。
その無意識に、求める想いが全て現れていたように思えた。
見上げる横顔。
彼の記憶がないということに対して、どういう思いで世界を見ているのだろうと思っていた。
その思いは多分、たった一つ。
故郷。自分の身の置き場。自分の家。居場所。
帰りたい、帰れない、何処にあるのかもわからない、ただ一つの場所への遠い想い。
何処かにあるかも知れない、もう無いのかも知れない、行った記憶もない場所。
その面影を求めて、呼吸の出来る場所を世界中に探すのだろう。
自分のいられる場所、生きていける場所を…
「ああやって、いいな、パッと一瞬でも、光って消えるの」
小さな呟き。
「ああなればいい」
いつか、眩く輝いて消える。
あの衛星みたいに。
「だからそうなるのを待ってる」
待ってるんだ、と横顔のまま空を見上げる。
冷やりとした。
何の願望なんだ、それは。
いつだったか、前にも彼にこんな印象を持った気がする。
どうなってもいいのか、みたいな。
死と、崩壊と、喪失、消滅…
…憧れ。
見上げる横顔。
「海…」
「終わった」
ふう、とため息をついて、すっかり冷めたレモネードを一気に煽り、空のカップをごみ箱に捨てる。
借りたハンカチを差し出し、こちらが受け取るとすぐ手を引っ込めた。
「ありがとうございました。帰ります」
「えっ、あ…、駅まで帰れる?」
「橋まで真っ直ぐでしたよね。駅までの表示板通りに歩きます。飲み物、ご馳走様でした」
ひょこ、と頭を下げて、くるりと踵を返して歩いて行った。
後姿を見送り、缶コーヒーを飲み干しながら、暫く佇んでいた。
複雑な思いが交錯する、奇妙な時間だった。
子供の頃の、懐かしい記憶。
悲しかったのと、幸せだったのと。
黙って傍にいるだけで、暖かく柔らかく、嬉しくなった思い出。
不思議な、ずっと忘れていたような感覚。
そして、少し怖かった。
彼の呟いていたこと。その想い。少し分かりかけたこと。
学生の頃、ボランティアをやっていた中で、身寄りのない人や、故郷を失った人、家のない人とも接した事はあった。そういう人は世の中に沢山いるのだろうと思う。
そういう人たちも、あの時は笑ってくれてはいたけど、彼のように、消えてしまったものたちと一緒に自分も消えてしまいたいと、そう思っていたのだろうか。
ぱっと、消えたいと。心のどこかで。
見上げると、雲が切れた隙間に一瞬だけ、猫の目のような月が出て、また薄い雲に覆われて見えなくなった。
パッと光って、消えたい。
そんな事を言った。
人工衛星は、時が来ればああやって燃やされるけど、月も星も、ああいうのは、雲の上でも、昼間の空でも、見られなくても、そこにある。いつもある。どこにでもある。
光りながら、ずっと、どこにも行かない。
消えたりしない。
そういうのもあるよ。
そういうのでいい。
だから、消えたいなんて思わなくていいんだ。
あの横顔に、ただそう言ってやりたかった。
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