海のこと

02 ー he ー

26-1

　
翌週、彼は一日休み、次の日から通常業務をこなしていた。
青白いような、熱のあるような、変に紅潮した顔をしていて、心配でつい目で追ってしまう。
海は視線に気がつくと顔を逸らし、その後ずっと下を向いて黙々と作業に没頭していた。


あの日、夜に電話をかけたが、出なかった。メールにも反応は無かった。
雨の中を走って行ったから、そのまま寝込んでしまったのか、それとも怒っているから返事をくれないのかは分からない。
どっちにせよ、僕はただ反省するしか無かった。


衝動で君を抱き締めた。
自分は荷物以下の存在で、それくらい本当に自分をどうでもいいと思っている事。だから自分に対して色々と鈍感な事。そしてその自覚も全然無い事。
放っておいたら本当に、黙って勝手に死んでしまいそうな事。
蝉の話や、神様の話の事……。

自己犠牲という言葉が一瞬よぎった。
あの神様は、皆の罪を背負ったのだと言う。老若男女、人類全員の罪も、子供のまま死んだ姉の何らかの罪も、裏切り者の罪さえも。
では海は誰の罪を背負って、全部奪われて、傷だらけの手をして生きて来たのか。それでもなお無言で、自分は濡れながら他人に傘をさすのか。
それは誰のためでもなく、自分がここにいる事を、自分の存在を感じていないから、自分はいいんだ、いないからいいんだ、と、君は多分ずっとそうだったのだ、と気付く。

憐れみと愛しさが一気にごちゃごちゃになって抱き締めた。そうしてやるしか無かった。
いつも、君の存在を確かめるために、その、生きている、ここにある体温を感じるために、君の手を握ってきた。
君はここにいる。ここにいて欲しいと強く思った。
そしてただ驚かせ、怯えさせてしまい、君は雨の中逃げて行ってしまった。

昼休みも、屋上に寄っていいかメールをしたけれど、やっぱり返事は無かった。
いつもならそれでも様子を見に行くのに、それも結局無理を強いる事になるのかと色々考え過ぎてしまって行けなかった。

食事が速く終わっても会いに行けず、持て余した時間を、喫煙所で潰す。